■“トランプ関税”の影響を受けるヨーロッパの自動車大手
トランプ政権は、2025年9月16日、日本から輸入する自動車や自動車部品の関税を現行の27.5%から15%に引き下げた。合わせて軽減措置を適用し、8月7日にさかのぼって取り過ぎた関税を還付する。
ラトニック米商務長官が、「日本には15%の関税が適用される。世界のほぼすべての国よりも低い水準だ」と強調するように、交渉国の中では、日本の税率は低い水準にあるが、EUもまた、7月の交渉で乗用車とその部品の対米輸出関税を27.5%から15%に引き下げることで合意している。
ただ、EUの場合、米国で人気のピックアップトラックは引き下げの対象外で、25%のままで据え置かれ、部品に使う鉄鋼やアルミニウムに対する50%関税の扱いもいまだ決まっていない状況にある。そのため、全体で見れば高関税は変わらず、EUにとって大きな負担となっている。
実際、欧州自動車大手5社の2025年1~6月期決算は、全社ともに最終損益が前年同期比で減益もしくは赤字に転落し、総崩れとなっている。
■日本の自動車大手の影響は“2.6兆円”
減少幅が最も大きいのは、メルセデス・ベンツグループで、最終損益が前年同期比56%減の26億8800万ユーロで、フォルクスワーゲン(VW・40億500万ユーロ・前年同期比37%減)やBMW(40億1500万ユーロ・前年同期比29%減)がこれに続く。VWは関税で生じた追加コストが13億ユーロに上る。
ルノーとステランティスに至っては、どちらも赤字に転落し、それぞれ111億4300万ユーロと22億5600万ユーロの赤字を計上している。
日本の場合、既存税率が15%以上のトラックや部品などは免除し上乗せしない方針であるが、税率15%という数値は、トランプ政権の発足前の2.5%に比べれば、依然として高い水準であることに相違ない。
日本自動車工業会の調べでは、2024年における日本から米国への自動車輸出は137万台に上る。2025年も同等の台数が輸出されることになれば、15%の関税がこれに課されることから、今回の追加関税の影響は極めて大きいことになる。
日本の自動車メーカー大手7社が、2025年8月に発表した2026年3月期通期の関税影響額は、合計で2兆6833億円に達する(日産自動車は業績予想を未定としたため除く)。営業利益の合計を単純計算すれば、36%も押し下げることになる。
■“打ち手”を実行しているのはトヨタと三菱だけ
この状況をいかにして打開するかは、各社の経営戦略次第ということになるが、すでに打ち手を実行しているのは、トヨタ自動車(トヨタ)と三菱自動車工業(三菱自動車)のみである。
トヨタは、7社の中でも関税影響が1兆4000億円と最も高い水準にあるが、原価低減に自信を持っていることから、当初は価格を変更しない意向を示していた。しかし、2025年7月に車両販売価格を平均270ドル(約4万円)引き上げている。
トヨタは、引き上げの理由を車の機能向上に伴う価格改定であり、市場の動向や競合他社の価格戦略を踏まえて判断したとしているが、今後も顧客が受け入れられる適切なタイミングがあれば価格改定を行うとの意向を示している。
なぜなら、トヨタの見積もりでは、今回の価格改定による増収効果は3700億円で、関税影響額である1兆4000億円とは大幅に乖離(かいり)しているからである。
三菱自動車は、2025年6月に3車種で平均2.1%の値上げに踏み切ったが、2025年4~6月期の関税影響額が144億円に上り、北米地域の営業損益が30億円の赤字に達することになった。
■ホンダ・日産・マツダは値上げに踏み切れていない
トヨタや三菱自動車とは異なり、値上げに踏み切っていないのが、本田技研工業(ホンダ)や日産自動車(日産)、マツダ株式会社(マツダ)である。ホンダは今後慎重に判断するとの意向を、日産は機会があれば改訂するとの方針を、マツダは競合他社の動向を見ながら対応するとの考えをそれぞれ示している。
値上げに踏み切ることで価格競争力を失い、販売台数が減少することになれば、損失が増えることになるため、販売戦略を大幅に転換することは、企業にとって難しい意思決定となる。
それゆえ、自動車メーカー各社には、ブランド価値やこれまでのリテンション施策などを考慮して、値上げの水準がどこまで消費者に受け入れられるか、“価格センシティビティ(価格感応度)”を慎重に見極めることが求められる。
しかしながら、消費者が、「これなら高くても買えなくない」と感じる、最も受け入れられやすい価格とされる“理想価格”を見つけ出すことは、今後ますます難しくなることが予想される。
なぜなら、米国市場ではすでに駆け込み需要により需要を先食いしていることや、トランプ政権の政策変更が見通せないことからくる地政学リスクの高さなどが内在するからである。
■“コスト削減で対応できる”トヨタの強さ
トヨタには、原価低減能力が長年、組織的に培われてきたことから、値上げで回収できない分はコスト削減で補うことが可能との見方もできる。実際、原価低減効果や収益性に応じた車両構成の見直しなどにより、営業利益ベースで8995億円の押し上げを見込んでいる。
すでにトヨタは、在庫を減らして工場の生産性を高める取り組みに着手している。これまでに国内外にある10カ所の工場で、開発や生産、販売部門が一体となって部品の重複や需要を洗い出し、部品の種類を最大8割減らしている。
「AREA(エリア)35」と呼ばれるこの活動の目的は、車1台に使われる約3万点の部品について、類似品の絞り込みや選別などで在庫を適正化して、工場内で“35%”の余剰スペースを作り出すことで生産効率を高めることにある。
エリア35は、現場で「年間1000万台を生産している資産が有効に活用されているか」との問題意識から生まれた生産効率化活動であることから、開発や調達、生産、販売などの各部署から集結した約40人が中枢となって機能する。
■「生産体制の見直し」も対応済み
この活動は、単純に部品を減らせばよいというものではなく、ニーズを正しく把握することで部品の種類や仕様を適正化していくことが求められる。現場で本当に必要な部品を見つけ出すことができれば、新たなスペースを創出して、開発や生産効率の向上につなげることが可能となる。
実際、これまでの実績では、部品の種類を最大8割減らしたことにより、スペースを平均で35%創出して国内で年間8万台の生産可能台数を上乗せすることに成功している。
2023年に開始したこの取り組みはこれまで、国内を中心に展開してきたが、今後は国内でさらに横展開を図るとともに、米国のテキサス工場やカナダ、さらにはチェコなど18工場に広げていく意向である。
他方で、トヨタは、現地の需要に応じながら高関税に対応した生産体制をとる動きも示している。具体的には、米国におけるレクサスの生産拠点を2カ所から1カ所に減らし、空いた生産ラインで、価格競争が激しいハイブリッド車(HV)の現地生産を増やす意向である。
減らしたレクサスの生産については一部を日本からの輸出に切り替える。その背景には、レクサスのような高級車は高価格でも売れることから、日本からの輸出に切替えても採算が確保できるとの判断がある。
■トヨタの真価が問われる
高関税の影響により、すでに米国市場では資材価格や人件費が高騰していることから、工場の新設は収益の圧迫に直結する。高関税に対応した生産体制に柔軟に切り替えることで需要の高い車種の現地生産を増やし投資コストを抑えるとの戦略は、まさにトヨタにしかできない真骨頂とも言えよう。
今回のトランプ政権が課した高関税に対してトヨタは、車両販売価格の引き上げ、原価低減策、生産体制の見直しという3つの打ち手を展開することで対処し、年間販売台数1000万台の死守に余念がない。
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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)
淑徳大学経営学部教授
淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。
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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)