毎日元気に過ごすために必要な睡眠時間はどれくらいか。秋田大学大学院医学系研究科の三島和夫教授は「年を取ると必要な睡眠時間は短くなる。
60代になって毎日7時間眠るのはほとんど無理だ」という――。
※本稿は、三島和夫監修、伊藤和弘著『一流の研究者たちが教える 快眠の科学』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■「夜明け前に起きてしまう」という悩み
昔から「高齢者は朝が早い」ことがよく知られている。夜が明ける前に目が覚めて、そのまま眠れなくなってしまう人も珍しくない。また、トイレなどで夜中に何回も目を覚ますようになり、「朝までぐっすり眠る」ことは難しくなってくる。
若いときはあんなに早起きがつらかったのに、加齢によってなぜこのような変化が起こるのだろうか。それ以外にも、眠りが浅いように感じたり、夜早くに眠くなったりと、年を取ると睡眠が変化してくる。
できれば、朝までぐっすりと眠れた「若い頃の睡眠」に戻りたい、と思う人も少なくないはずだ。
■日本大学が2559人の睡眠を調査した結果
不眠症(睡眠障害)には、眠るまでに時間がかかる「入眠障害」、深夜に目が覚めてしまう「中途覚醒」、必要以上に早く目覚める「早朝覚醒」、しっかり眠ったはずなのに満足感がない「熟眠障害」などがある。年を取ると、このうち、入眠困難が減り、代わりに中途覚醒や早朝覚醒が増えていく。
若い頃は、忙しさからか、睡眠不足に悩まされることが多かった。睡眠時間を削って仕事をしていると、次第に夜遅くになってもなかなか寝付けなくなってくることがあった。
ところが年を取ると、夜は早くに眠くなる一方で、夜中に何回も目が覚めたり、朝早く目が覚めたりすることに悩む人が増えてくる。
毎晩トイレで目が覚めるのは当たり前。何回か目が覚めて、夜明け前にはもう眠れなくなってしまう。といって暗いうちから起き出す気にもなれず、布団の中で悶々として朝を待つことになる。実際、2559人を対象にした日本大学の調査から、高齢者は中途覚醒が多いことが確認されている。週に3回以上中途覚醒がある人は40~50代が12.7%に対し、60歳以上は21.2%と倍近くに増えていた(*1)。
若い頃は、いったん眠ってしまえば、朝まで一度も目を覚まさずに眠り続けることも多かった。疲れているときは、目覚まし時計が鳴っても、それを切って二度寝してしまうことだって珍しくなかった。なぜ年を取ると睡眠が浅くなり、必要以上に早く目が覚めてしまうのだろうか。

参考文献

*1:女性心身医学 2014;19(1):103-9.
■若い頃より眠れなくなるのは当然
睡眠学のエキスパートである秋田大学大学院教授の三島和夫氏は「肌や目と同じように、加齢によって睡眠も変化します。その理由はいくつかあります」と話す。
睡眠には多くの役割があるが、中でも重要なのは日中の心身の疲れを回復する「休養」だ。

年を取ると一般に日中の活動量は若い頃より少なくなり、疲れを回復するためにたくさん眠る必要がなくなっていく。そのため、朝早く目が覚めるようになる。
加齢に伴って、深い睡眠が減るとともに、トータルの睡眠時間も減ることが分かっている。約3600人を対象にした疫学研究によると、25歳の平均睡眠時間は7時間、40歳は6時間半、65歳は6時間、80歳は5時間半となっている(*2)。「毎日8時間眠れるのはせいぜい中学生くらいまで。70代以降はがんばっても6時間くらいしか眠れなくなります」(三島氏)
■高齢者がどんどん「朝型」になっていくワケ
人間の体内時計は「24時間よりも少し長い」ことはよく知られている。かつて25時間程度と思われていたこともあったが、実際はそこまで長くない。三島氏が国立精神・神経医療研究センター在籍時に行った研究によると、日本人の体内時計は平均すると24時間10分というサイクルだった(*3)。
それでも24時間より長いので、放っておくと少しずつ就寝時刻や起床時刻が後ろにずれて遅くなっていく。それをリセットするのが太陽光だ。午前中に太陽の光が目に入ると体内時計がリセットされる作用があるため、体内時計が後ろにずれていくのを防ぐことができる。
早寝早起きを定着させるには「起きたら朝日を浴びること」と言われるのはそのためだ。
体内時計の周期は生まれつき決まっているが、光をうまく利用すれば、もともと夜型の人も、朝型の生活に適応することが可能だ。
ところが高齢者の場合、この「朝日を浴びる」行為によって、体内時計がどんどん朝型にシフトしてしまう。朝のかなり早い時間から光が目に入る日が続くと、夜も早くに眠くなっていくのだ。
夜に部屋の照明やテレビ、スマホなどの光が目に入ると、朝とは逆に体内時計を遅らせる作用がある。しかし早く布団に入ると、その機会が減っていくので、翌朝早くに目が覚め、朝日を浴びる時間も早くなる。こうして体内時計がどんどん朝型に進んでしまう。
「若者の場合、夜遅くまで起きてパソコンやスマホの光を見ることが多く、体内時計が夜型にシフトしがちで、朝起きられなくなります。寝坊して朝日に当たらなくなると、ますます夜型が進んでいくでしょう。高齢者では、その逆のパターンで朝型が進んでいくわけです」(三島氏)

参考文献

*2:Sleep. 2004;27(7):1255-73.

*3:Biol Psychiatry. 2013;73(1):63-9.
■なぜ年を重ねると眠りが浅く感じるのか
「昔より眠りが浅くなっているように感じる」――。年齢を重ねると、こうした悩みを持つ人が増えてくる。眠りが浅く感じるのはなぜか。「体内時計」によって人間がどのようなメカニズムで「眠くなる」のかを見てみていこう。


就寝する時刻の2時間ほど前になると、まず脳の松果体から「メラトニン」という眠気を誘うホルモンが分泌され始める。すると脳の覚醒度が下がって眠気を感じるようになり、脈拍や呼吸を調整している自律神経も副交感神経が優位になって休息モードに入る。
続いて体内の熱が手足から出ていく「熱放散」という現象が起こる。眠くなると手が温かくなるのはそのためで、これによって「深部体温」(脳や内臓など体の内部の体温のこと)が低くなる。
「脳の温度は夕方過ぎから眠りに入る5時間~2時間前くらいに最も高くなり、就寝前の2時間ほどで一気に下がります。深部体温をグラフにしたときに、この落ち込みが大きいほど深い睡眠が増えることが分かっています」(三島氏)
ここに、高齢者の睡眠が浅くなる理由がある。年を取ると自律神経の機能が低下してくるため、就寝前の放熱もうまくいかなくなってくるのだ。
「昼間の体温は、若者も高齢者もあまり変わりませんが、夜間の体温の落ち方は高齢者のほうが少ないのです。脳の温度が高いと、深いノンレム睡眠は出にくくなります」と三島氏は説明する。
「徐波睡眠」と呼ばれる最も深いノンレム睡眠は、睡眠の前半にまとめて出る。高齢者はこの徐波睡眠が少なくなるのだ。一方、睡眠の後半に出る浅いノンレム睡眠は若者も高齢者もあまり変わらない。

■わずかな刺激でも目が覚めやすくなる
さらに、同じ深さの睡眠であっても、高齢者はわずかな刺激でも目が覚めやすくなるという。
「同じ深さで眠っていて、若者なら眠り続けられる軽い尿意やちょっとした物音でも高齢者は目を覚ましてしまいます。加齢とともに『覚醒閾値(かくせいいきち)』が下がるためです」(三島氏)
音、光、痛みなどの刺激は脳の視床から大脳皮質に上がっていくが、睡眠中はその刺激が脳に上がらないようにフィルターがかかる。年を取るとそのフィルターの機能が下がり、刺激が大脳皮質に届きやすくなるので、目が覚めてしまうのではないか、と考えられている。
以上のような理由で、年を取ると深い睡眠が出にくくなり、しかも刺激に対して目を覚ましやすくなる。その結果、中途覚醒や早朝覚醒に悩まされるようになるわけだ。
■「眠れないから飲む」はNG
深い睡眠が減る理由のひとつに、ライフスタイルの変化もある。高齢者は日中眠くなりやすく、昼寝をする人が多い。
20分程度の短い昼寝は脳の疲れを取るのにいいが、長い昼寝をすると眠気が解消されてしまい、夜に深い睡眠が出にくくなってしまう。
晩酌の習慣で睡眠の質を悪くしている人も多い。早い時間から晩酌をして、午後9時くらいに寝落ちしてしまい、夜中の12時の前に目が覚めてベッドに移動して、そこから二度寝をしても、夜明け前に目が覚めてしまっても不思議はない。
「アルコールは確かに寝付きを良くしますが、徐波睡眠が減って睡眠の質が悪くなることが分かっています」と三島氏は注意する。

なお、三島氏は、晩酌を楽しむこと自体は酒量さえ気をつければ問題ないと話す。しかし、眠れないから飲む、いわゆる「寝酒」は良くないと指摘する。次第に酒量が増えていってアルコール依存症になるリスクが高くなるからだ。
■60代以降は6時間から6時間半も眠れば十分
中途覚醒や早朝覚醒は、睡眠時無呼吸症候群やうつ病などが原因で起こることもある。過活動膀胱など泌尿器系の病気で夜間頻尿になり、夜中のトイレが増えることもある。そのような場合は、まずこうした病気の治療が先決だ。
このほか、高齢者に多いのが、認知症によって生活リズムが不規則になり、昼夜が逆転してしまうことだ。
「特にアルツハイマー型認知症では、日中に起きている力が弱くなることが分かっています。ヒスタミンやノルアドレナリンという目を覚まさせるホルモンがうまく作られなくなることで、日中の眠気が強くなり、夜の睡眠の質が悪くなります。その結果、昼はうつらうつらとして、夜は睡眠が分断されて徘徊したりするようになります」(三島氏)
年を取ると必要な睡眠時間が短くなることを忘れてはいけない。三島氏も、「60代になって毎日7時間眠るのはほとんど無理だと思います。6時間から6時間半も眠れば十分だと思います。夜の9時や10時に眠ってしまえば、どうしたって明け方までに目が覚めてしまうでしょう。それは、電気の照明がなかった江戸時代の眠り方ですよ」と話す。

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三島 和夫(みしま・かずお)

秋田大学大学院医学系研究科 精神科学講座 教授

1987年、秋田大学医学部卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、米スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部長などを経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事。『朝型勤務がダメな理由』(日経ナショナルジオグラフィック社)、『かつてないほど頭が冴える! 睡眠と覚醒 最強の習慣』(青春出版社)など著書多数。

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伊藤 和弘(いとう・かずひろ)

フリーライター

1967年生まれ。新潟大学法学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、93年に独立。医療・健康、マンガ・文芸の分野を中心に「日経Gooday」「NIKKEI プラス1」「好書好日」などに執筆。著書に『男こそアンチエイジング』(日経BP)、『疲れをとるなら帰りの電車で寝るのをやめなさい』(同・共著)、『「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか? 1959―2009』(星海社新書)がある。

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(秋田大学大学院医学系研究科 精神科学講座 教授 三島 和夫、フリーライター 伊藤 和弘)
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