※本稿は、たろちん『毎日酒を飲みながらゲーム実況してたら膵臓が爆発して何度も死にかけた話』(太田出版)の一部を再編集したものです。
■医者がパチンコを打つ幻覚が見えていた
転院して1~2週間は鎮静剤の影響でほとんど眠っていた。実際には筆談で「部屋が暑い」ということを伝えたり、一時的に呼吸器を外した際は「妻にはちゃんと状況が伝わってますか」とわりとちゃんとしゃべったりしていたらしいのだけど、ところどころ断片的な記憶があるだけでほとんど覚えていない。
というと、ちょっと違うかもしれない。正確には、結構はっきりとした記憶がある。ただ、その記憶に夢や幻覚の類いが明らかに混ざっていて、現実との境目がよくわからないのだ。
例えば当時の僕には頻繁に病室を替えられていたという記憶がある。仕切りのない広いフロアの中にポツンとベッドが置かれていたかと思ったら、翌日にはホテルのスイートルームのような個室になっており、また翌日には病院に併設されたパチンコ屋の隅に移動させられ、医師たちが休憩中にジャグラーに夢中になっているのを「お医者さんも結構ギャンブルとか好きなんだなあ」とぼんやり眺めていた記憶がある。
もちろんそんなわけはなく、現実にはずっと同じICUのベッドに寝たきりだったわけだけど、それは後からちゃんとした頭で思い返してやっと理解できたことだ。当時は真剣に「ころころ病室を替えるのやめてほしい」と思っていた。
■「今日は何月何日ですか」に答えられない
鎮痛・鎮静には医療用麻薬の類いも使われていたそうで、おそらくそれらの影響もあったのだと思う。そうした患者はせん妄が出やすくなるそうで、僕もよく「今どこにいるかわかりますか?」「今日は何日ですか?」といったアホほど簡単な質問をされていた。
僕にも意識ははっきりしているという自覚があるので「ナメてるのか? 大卒だぞ?」という気持ちで自信満々に答えようとするのだけど、驚いたことにそういう簡単なことが結構わからなかったりする。わからないはずがないということがわかるだけに、わからないことにびっくりするのだ。
例えば「今どこにいますか?」と言われて僕は「そういえばどこの何病院にいるのかわからないな……」と考える。そうすると看護師さんが「病院ですよ」と言う。僕は「それはわかっとるわ! 簡単すぎか!」と思う。全然俺の頭はっきりしとるやんと思う。
で、「今日は11月3日ですよ」と言われて「なるほど、完全に理解した」と病室にかけられたカレンダーを見ると、そこに書いてある数字と「11月3日」という概念が結びつかない。「いや、11月3日がわからんわけない」と思って何度もカレンダーの数字を凝視するのだけど、脳に謎のエラーみたいなものが出てその情報を処理できなくなるのだ。
「カレンダーの1段目の3という数字が今日のことだ。覚えた。
■病室の時計はすべて針が曲がって見えた
もっと直接的ですぐには幻覚だと気付けない幻覚もあった。当時、病室のベッドから見える時計がすべて長針も短針もグニャグニャに曲がっていて、ものすごく時間が見づらかった。ダリの「記憶の固執」という絵がわかる人はそれを想像してほしい。
僕は長い間、「この病院の医者はアート好きかなんかでそういうクセ時計を置いているんだな」と解釈していたのだけど、実際には僕の視界がずっとグニャグニャに歪んでいただけだった。
夢を見ている最中はどんなに無茶苦茶な設定・展開も自然に受け入れてしまうように、幻覚を見ている最中はそれが幻覚であることに気付けない。相当にクスリでキマった状態で寝てるのか起きてるのかもわからない日々を過ごしていたんだと思う。
それでも表向きのやりとりは比較的まともだったらしく、医師からせん妄と判定されたことは1回もなかった。泥酔しても顔や仕草にまったく出ない人がいるけど、そんな感じかもしれない。私の認知としてはもうベロベロでした。
■「病院を抜け出して風俗に行った」と思い込んでいた
酒はやってもドラッグの類いは一切やらなかった僕にとって、極限状態での幻覚体験というのはかなり強烈だった。せっかくなのでその中でも特に印象的だった幻覚を3つほど紹介してみたい。
とにもかくにも鎮静化の処置を受けた僕はようやく痛みから解放された。こんなに苦しい思いをしたんだから少しは羽を伸ばしたい。というわけで病院を抜け出して馴染みの街・池袋に繰り出すことにした(という幻覚です)。
まず思ったのは「お風呂に入りたい」ということだった。しかし、病気のダメージはまだ残っており1人で銭湯やサウナに行くのはしんどい。そこで思い出したのが「池袋には女性が体を洗ってくれるタイプのメンズエステ(正確には洗体エステというらしい)がある」ということだった(妻へ僕は行ったことないです)。
ちなみにこの手のお店は表向きはあくまで「洗体」をしてくれるだけなのだけど、実際にはいろいろうまいことなってムフフなサービスが行われる場合もあるらしい。
■病院での実体験と記憶が混同した?
するとなんということでしょう。現れた女性は早速私の私そのものへ手を伸ばし、握ったり転がしたりし始めたではありませんか。
というとめっちゃエッチな幻覚に聞こえるかもしれないが、これが全然気持ちよくない。っていうかすごい気持ち悪かった。なので「そういう性的なアレはいらないんで洗体だけやってください」と厳かに、丁重にお断りした。という幻覚。
現実では尿道にカテーテルをぶっ挿された状態で看護師さんに陰部を洗ってもらっていたのでこういう夢を見たのだと思う。僕はかなり後になるまで「俺1回病院抜け出してメンエス行っちゃったなあ……」と現実にあったことだと思い込んでいた。それもかなり鮮明な記憶として。実際におちんちんを洗われていたのが悪い。
退院後に配信でこの話をしたら「それでイッたらほんとに逝ってたんじゃねえか」と言われた。メンズエステならぬ三途エステじゃん、という小話。逝かなくてよかった~。
■「VR急性膵炎」の実況プレイだと“理解”
僕は15歳のころには学校にも行かずインターネットにどっぷりだった人間で、大学卒業後も社会に出ずに酒を飲みながらゲーム実況動画や配信といった反社会的行為に身を落としていた愚か者だ。そんな人間がインターネットのないICUに隔離されるとどうなるか。なんと「俺は今、入院というコンテンツを配信しているんだ」という幻覚を見るようになるのだ。
これも現実との境目がややこしい幻覚というか夢なのだけど、最初は「夢の中でだけネットがつながる」というような設定が生まれた。夢の中で「急性膵炎になったときに飲みたいものランキング20」みたいなクソブログを書いたりして、起きてから「あれ、ネットないからアップできないのか」と気付くなどしていた。どこに需要がある記事なのかわからないが、当時は水が飲めないことがつらすぎて四六時中飲み物のことばかり考えていたせいだろう。
そんな風に毎日夢の中でネットをしていたある日、唐突にこの状況がすべてネット配信されていることに気付いた。自分がPCやスマホで配信してるのではなく、映画の『トゥルーマン・ショー』のように第三者的に中継されてるイメージで、しかもそれはゲームプレイだという認識。「あ、そうか、俺『VR急性膵炎』の実況プレイしてるんだった」みたいな感じというか。
こうして書くとむちゃくちゃな設定だが、夢や幻覚なので理屈ではなく感覚として「理解」してしまったのだ。
このあたりはどこから夢でどこから現実だったか今でも定かでない。容態が悪くなったときも「そうそう、ここで高熱が出るんですよね」とか言って既プレイぶったり、初めての看護師さんが担当してくれたときに「新キャラとのフラグ立った」と思ったりして、着々と攻略が進んでいるかのような感覚を味わっていた。
そうすることで終わりの見えない治療が先に進んでいると思い込んだり、忍び寄る「死」というゲームオーバーをリアルに受け止めないように精神がストッパーをかけていたのかもしれない。
■ベッドの上に化け猫が見えて幻覚に気づく
夢と現実の区別がついていないときに自分がどんな風に振る舞っていたのかは正直まったくわからない。ひとつはっきり覚えているのは、ベッドの上に「化け猫」(『魔法陣グルグル』に出てくる「長い声のネコ」みたいなやつだった)が見えて、看護師さんに「そこ! そこ!」と指差したことだ。
もちろんそこには実際には何もおらず、自分もさすがに化け猫なんてものが見えるのはおかしい、と気付いた。看護師さんも困惑していて、そのとき明確に「あ、俺って今幻覚が見える状態なんだ」ということを自覚した。
自分の滑稽さに思わず笑ってしまったのだけど、看護師さんからしたら深夜に急に騒ぎ出したと思ったら笑い出す患者を見てだいぶやばい状態だと思ったんじゃないだろうか。まあ実際いろんな意味でやばい状態だったのだけど。
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たろちん(たろちん)
ゲーム実況者、ライター
1985年10月14日生まれ。本名は大井正太郎。2008年、ニコニコ動画で「たろちん」としてゲーム実況を開始。Webニュースサイト「ねとらぼ」のライター・編集者を経て、現在フリー。お酒をこよなく愛する人間だったが、2022年に「重症急性膵炎」を患い膵臓の3分の2が壊死。現在は生涯禁酒の身。noteでも闘病体験やその後の生活を綴っている。
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(ゲーム実況者、ライター たろちん)

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