人生後半戦になると、下り坂をただ受け入れるしかないのか。作家の楠木新さんは「野村克也監督が、スポーツ選手が30代で直面する“老い”の問題に指針を示している。
これは人生後半戦、あるいは定年後の会社員にも示唆に富む教えだ」という――。(第2回/全5回)
※本稿は、楠木新『定年後、その後』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■人生後半戦は3段階
他球団を戦力外になった選手に活躍の場を与え、再活躍させることで「野村再生工場」の異名をとったプロ野球の野村克也監督は「プロ野球選手の寿命は長くても15年から20年なのだから、第二の人生に備え、野球を通じて自分を磨かないといけない」と語っている。
さらに野村監督は、年齢による選手生活の変化についても触れて、プロ野球選手の18歳から26歳は「がむしゃら時代」、27歳から30歳は「知恵の時代」、31歳以上は「人間性を問われる時代」と年代別に整理をした。そして、年齢に応じて自分を変えて、得意なことをやるべきだと強調している。
年齢は異なってくるかもしれないが、これは会社員でも同じではないだろうか。
スポーツ選手が30代で直面する老いの問題は、会社員も向き合わなければならない課題である。定年して70歳くらいになって本格的な老いに直面した場合には、従来の「努力して成長する」という考え方だけではうまくいかない。年齢に応じた対応が求められるのだ。
■「死ぬこと」から逆算して人生を考え始める
私はこの20年間、組織で働いている会社員を中心に多くの人から話を聞いてきた。
野球選手の現役時代を3段階に分ける野村監督の真似をするわけではないが、私も人生後半戦(45歳以降)は、3つの段階に分かれると考えている。①45歳から59歳、②60歳から74歳、③75歳以降である。

そもそも人生後半戦とはどういうことか。何歳からと定義すればよいのか。私は、死ぬことから逆算して人生を考え始める「40代半ば以降」からだと考えている。
それまでの人生は、右肩上がりで成長するイメージだ。しかし親との死別や介護の心配が増すことなどで自らの後半生を意識するようになる。それが40代半ば以降ではないだろうか。また、若い時とは違って体力の衰えを自覚し始め、会社内でのポジションにおいても先が見えてくる。
■「現役」から「黄金時代」へ
①第1期「現役バリバリの時代」(45~59歳)
まず第1期の45歳から59歳までは「現役バリバリの時代」。なんだかんだいっても、仕事中心に働かなければならない。もちろん趣味を楽しむこともあるだろうが、時間的にも労力的にも人間関係的にも、仕事を頑張ることが求められる。
②第2期「黄金時代」(60~74歳)
続いて第2期の60歳から74歳までは、「黄金時代」と呼ぶべき人生最高の時期である。
第1期に比べて総じて仕事は楽になり、自身の自由時間も増えて、家族に対する扶養(ふよう)義務も以前よりは軽くなる人が多い。
取材する側から見ていると、この時期を楽しまないなら、いつ楽しむのだという期間である。
■定年後の働き方は「大半が継続雇用」
第3期の説明をする前に、定年後の働き方について少し考えてみたい。60歳の定年後に雇用延長で働く、再就職や独立・起業をするなど、働き方は人それぞれだ。ただ実際には、会社員のほとんどが雇用延長という道を選んでいる。
60歳定年企業における定年到達者の動向を見ると、実に87.4%が「継続雇用者」である。「継続雇用を希望しない定年退職者」は12.5%に過ぎない。なお残りの0.1%は「継続雇用を希望したが継続雇用されなかった者」である(出典:厚生労働省 令和5年「高年齢者雇用状況等報告」)。
60歳まで働いて再雇用された場合は、仕事の負担は軽くなる場合が多い。給与が下がったり、かつての部下が上司になったり、責任ある仕事を任せてもらえないことをストレスに感じる人も少なくないだろう。
■時間は取り戻せない
実際に雇用延長を選択した人に取材をすると、「定年前と同じ仕事をしているのに給与額が4割ダウンするのは納得できない」「電話番や単純作業なので過去に蓄積した能力が活かせない」「かつての部下からあごで使われるのはたまらない」と憤る人もいた。
一方では、「好きな仕事を続けることができて嬉しい」と語る人もいれば、「役職を離れたので時間や業績に追われなくなった」「周囲の評価を気にしなくて済む」と、雇用延長による働き方の変化を歓迎している声もある。
たとえ給与が定年前に比べて大幅に下がったとしても、子どもが独立して教育費を払い終えたり、住宅ローンの支払いが終了するなど、支出も減っている人が多いからだろう。

以前よりは減少しても一定の収入があるうえ、年金の支給もまもなく始まる。仕事の負担は減り、その分自由時間が増えるこの時期は、自身の黄金時代にできるチャンスがあると考えてよいのではないか。
老親の介護を抱えて大変な思いをしている人もいるだろうが、この時期を充実して楽しく過ごさないと、後でリカバーしようと思っても時間は取り戻せない、というのが取材してきた私自身の実感である。
■75歳からは「プラチナの時代」
③第3期「プラチナの時代」(75歳~)
第3期である75歳以降は「プラチナの時代」とも呼ぶべき時期で、「黄金時代」の15年間を経て、さらに充実した人生を重ねていける可能性を秘めている。
世の中でいう隠居や道楽といった、誰にも煩わされずに自分の楽しみを追求する生き方も可能になる。
しかしながら、この年齢になると、心身の老いとまったく無関係に過ごすことは困難である。大病を抱えたり、認知症の足音が聞こえたり、自立した生活が徐々に難しくなってくる時期でもある。
■60代後半までと70歳以降は「明らかに違う」
実際に自分が70歳を過ぎた頃に、実は「黄金時代」というべき60歳から74歳までは、さらに2つの時期に分けられると思い至った。つまり60代後半までと、70歳以降とは明らかに異なるのだ。
定年から10年も経つと、会社員時代に付き合っていた人間関係がなくなってくる。それに伴い、現役時代の匂いもほとんど消えてくるのだ。
また、肉体的にも「老い」という現象が本格的に始まるのは、70歳くらいからだろう。
この点については個人差が大きく、60代で大変な病気を経験する人もいる。しかし多くの70代は、「70歳あたりを機に老いを実感し始めた」という表現に納得している。
■70代に入ると健康や病気の話題が増えてくる
私の場合でいえば、70歳直前でリウマチになった。初めは手首が痛くてたまらず、パソコンの使いすぎによる腱鞘炎かと思って整形外科に通った。しかし診断がつくまで多くの時間を要した。
この時に自らの老いをはっきりと自覚したのである。とにかく70代に入ると、周囲でも急に健康や病気の話題が増えてくる。
また先輩方から次のような声を多く聞く。70代になってから海外旅行に行く意欲がなくなった。国内旅行でも体力が回復するまでの日数が長くなった。朝のビュッフェが食べ切れない。飲み会に行っても二次会に参加すると翌朝の疲れがひどい。
初めて電車で席を譲られた――。
70代にもなると気力や体力の衰えが顕著で、60代前半のように前向きに幅広く活動することが徐々に難しくなってくるという。
「再生工場」と呼ばれた野村監督が指摘したように、年の重ね方に応じて自身に合った暮らし方を見つけていくことこそが、人生後半戦を充実させるポイントだと感じてならない。

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楠木 新(くすのき・あらた)

作家

1954年神戸市生まれ。1979年京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長等を経験。47歳の時にうつ状態になったことを契機に、50歳から勤務と並行して「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年に定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。著書には、『定年後』『定年準備』『転身力』(共に中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『定年後、その後』(プレジデント社)など多数。

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(作家 楠木 新)
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