老後を健康に過ごすには、どんな工夫をしたらいいのか。脳神経外科医の石川久さんは「認知症を予防するために血管をケアする必要がある。
食事の量や質だけでなく、食べ方に注意することが老後の健康に大きく関わっている」という――。
※本稿は、石川久『100歳まで冴える脳習慣10 1万人を診た脳の名医が実践』(主婦と生活社)の一部を再編集したものです。
■認知症のカギは「血管ケア」にある
認知症を予防することは、今や人類共通の課題であり、世界中の研究者が認知症予防の研究に取り組んでいます。
さまざまな知見が蓄積されてきていますが、おおまかにいって「食習慣」「運動習慣」「社会的活動」の善し悪しが発症に関係するといわれています。たしかにその通りなのですが、多くの方の脳を診てきて強く思うのは、「認知症のカギは血管ケアにある」ということです。
「脳血管型」の場合、因果関係がはっきりしているのが「動脈硬化」が大きなリスク因子であることです。動脈硬化は、よく知られているように、高血糖、高コレステロール、高血圧など、いわゆる「生活習慣病」によって進行します。
動脈硬化が進むと、血管壁にコレステロールなどのかたまりがたまって、血管が硬く、狭くなり、血流も悪くなります。そのかたまりが血栓となって血管を塞ぐと脳梗塞が起こります。このような血管の異変は、短期間で進むものではなく、動脈硬化を招くような状態が長期にわたって日常的に続いた結果、引き起こされます。
脳ドックなどで画像検査をすると、50代くらいから、症状がなくても脳にポツポツと小さな脳梗塞が見られる人が増えてきます。ですから、脳の血管をケアするには、やはり40代くらいから、動脈硬化予防を心がけることが何より重要なのです。

■注目されている「高血糖の悪影響」
一方「アルツハイマー型」の予防には、原因とされているアミロイドβやタウたんぱくなどの老廃物を増やさない、あるいは減らすことが目的になってきます。
ですが、そもそも、脳にはこのような老廃物を排出する仕組みが備わっています。その仕組みがなんらかの理由で滞ると「アルツハイマー型」の発症リスクが高まると考えられています。
そのメカニズムについては、まだ明らかになっていないところもありますが、さまざまな調査や研究でリスク因子とされているのは、やはり高血糖、高コレステロール、高血圧などの生活習慣病です。なかでも、近年、発症に大きく関係するとして注目されているのが、高血糖の悪影響です。
福岡県の久山(ひさやま)町では、長期にわたる住民の追跡調査によって、さまざまな因子と認知症発症の関係について研究が進められています。このなかで、「脳血管型」の発症については高血圧の影響が大きかったのに対し、「アルツハイマー型」では高血糖が大きな危険因子になっていました。
また、糖尿病ではない人の発症率を1とすると、境界型糖尿病の人はその1.35倍、糖尿病の人は1.74倍と、高血糖であるほど発症率が高いことが報告されています。
■「血糖値スパイク」は認知症リスクを高める
さらに、食後に血糖値が急上昇する、いわゆる「血糖値スパイク」が大きいほど、「アルツハイマー型」の発症率が高まるという相関関係もわかってきています。
市区町村や企業などの健康診断の際には、前夜から絶食して測る「空腹時血糖値」を測るのが一般的です。ところが、空腹時には正常でも、食後に一気に高血糖になる「血糖値スパイク」という現象が起こる場合があります。
これは、インスリンという血糖値を下げるホルモンの分泌が衰え始めているために起こるもので、「隠れ糖尿病」ともいえる状態です。
じつは、この「血糖値スパイク」がある人ほど、「アルツハイマー型」になりやすいとされているのです。
ではなぜ、高血糖状態がそれほど発症率に影響するのでしょうか。現在、その理由として注目されているのが、「糖化」です。糖化とは、体内に糖が多すぎると、たんぱく質や脂肪と結びついて、細胞を変質させてしまう現象です。
アミロイドβは糖化によって凝集しやすくなるとされ、それも「アルツハイマー型」の発症リスクを高める原因になっていると考えられています。糖化が起こると、AGEs(糖化最終生成物)と呼ばれる物質が増えるのですが、ある研究では、「アルツハイマー型」の患者の前頭葉には、健常な高齢者に比べ、3倍以上のAGEsが蓄積していたと報告されています。
■食べ方を変えるだけでも予防効果がある
血糖値スパイクと「アルツハイマー型」発症の関係については、糖化とは別の仕組みも関係しているとされています。
じつは、インスリンを処理する「インスリン分解酵素」は、アミロイドβを分解する働きも持っています。血糖値が急上昇すると、血糖値を下げようとして、すい臓ではあわててインスリンを大量に分泌します。すると、インスリン分解酵素は、そのインスリンを処理するのに手いっぱいになって、アミロイドβの分解が進まなくなってしまうのです。
「アルツハイマー型」にしても「脳血管型」にしても、共通しているのは、予防のためには血糖やコレステロール、血圧のコントロールが重要だということです。そのためには、「食生活と運動習慣を改善しましょう」という話になるわけですが、特に、「アルツハイマー型」の大きなリスク要因の一つである糖尿病を防ぐためにも、まず食事のとり方からスタートすることをおすすめします。

いくつか例を挙げると、
●ゆっくりと時間をかけて、よく噛んで食べる

●昼食だけダイエット食にする

●もう一口食べようかどうかと迷ったら食べない

●ご飯の量を、一口分減らす
などポイントを絞って実践すると無理なく続けやすいと思います。
■「早食い」を避けることの重要性
ご飯を一口分といっても、エネルギー量にすれば、30kcalほど。1日3食、ひと口ずつ減らせば、それだけで1日に100kcalを減らすことができます。
もちろん、お代わりをしていた方は、それをやめるだけで、1食で150kcal分の減量になり、その分、血糖値の上昇を抑えられます。食事を減らすと、食間にお腹がすきますが、そのときは少しだけ間食を食べるとよいと思います。
極端な飢餓状態になってから次の食事を食べると、そこで血糖値が急上昇してしまうからです。一般にはダイエットのためには、「間食を控えて」といわれますし、もちろん、食べすぎるとてきめんに肥満のもとになります。でも、血糖値の上昇と下降をおだやかにするために、食間に少量をタイミングよく食べるのは、一つの血糖コントロールの知恵です。
ここで挙げた血糖値対策のなかでも、私が特に効果的だと思うのは「ゆっくりと時間をかけて、よく噛んで食べる」こと。つまり、早食いを避けることです。
■「自分だけ先に食べ終わる」という人は要注意
その理由にも脳の働きが関係しています。脳の視床下部には、満腹になったことを感知して食欲を抑える指令を出す「満腹中枢」があります。
早食いをすると、その満腹中枢に「もう十分に食べた」という情報が伝達される前に、どんどん箸が進み、結果的に食べすぎてしまいます。
また、容易に想像できるように、早食いすると血糖値は急上昇します。すると、すい臓はインスリンを大量に出そうとがんばるわけですが、それが食事の度に起こると、すい臓は疲弊してしまいます。その結果、インスリンを出す力が弱まって、糖尿病を招くことにもなります。ですから、時間をかけて食べることは、一時的な血糖値スパイクを防ぐだけでなく、糖尿病を遠ざけるためにも大切なのです。
さらに、よく噛めば、その咀嚼(そしゃく)の刺激によって、ヒスタミンという神経伝達物質が増え、そのことも満腹中枢を刺激して満腹感につながります。家族や友人と食事をしていると、自分だけ先に食べ終わってしまうという方は要注意です。
■50代前半でも「脳のトラブル」は起きている
「認知症を防ぐ血管ケアは40代くらいから」とよく言われていますが、実際にはその年代では、認知症はまだ遠い話に感じるでしょう。
認知症のリスク要因である血糖値や血圧が高くても自覚症状はまったくありませんし、なかなか本気で生活習慣を変えようという気持ちにはならないかもしれません。さらに、40代、50代にとって食生活の改善が難しいのは、その世代は子どもが育ち盛りで、家庭の食事がどうしても肉も脂もたっぷりの子ども向きの献立になってしまいがちだということです。
ですが、50代前半でも脳の血流低下が現れ始める人が多いのを目の当たりにしていると、早めに脳のメンテナンスを始めることの大切さを実感します。ですから、子どもにはしっかり肉を食べてもらっても、親は量を減らすとか、肉の代わりに野菜を多くとるなど、早い時期から意識して食事をすることが、脳を長持ちさせるためには何より有効だと思います。

また、後期高齢者、75歳以上くらいになると、消化機能や食欲が落ちて、逆に肉不足、たんぱく質不足が問題になってきます。それでも、60代くらいまでは、糖や脂をとりすぎないよう気を付けたいものです。
国が生活習慣病予防を目的に行っている「特定健診」の対象者は、40歳から74歳までですが、それも理にかなっているといえるでしょう。

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石川 久(いしかわ・ひさし)

脳神経外科医

1970年生まれ。東京都出身。学習院大学法学部を卒業後、製薬会社に入社。その後退職し、近畿大学医学部を卒業。帝京大学医学部脳神経外科、脳神経センター大田記念病院などを経て、現在は国際医療福祉大学三田病院脳神経外科に勤務。2024年に放映されたドラマ「アンメット ある脳外科医の日記」の医療監修を務めた。著書に『1日1問解くだけで脳がぐんぐん冴えてくるドクターズドリル』(アスコム)、『100歳まで冴える脳習慣10 1万人を診た脳の名医が実践』(主婦と生活社)などがある。

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(脳神経外科医 石川 久)
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