「牛丼にゴキブリが入っていた」など、食品の異物混入事件はネットでも炎上しがちだ。弁護士の能勢章さんは「クレームを受けたら、販売店は冷静に対処して調査し、相手の行為が社会的に不当でないか見極めなければならない」という――。

※本稿は、能勢章『「度が過ぎたクレーム」から従業員を守る カスハラ対策の基本と実践』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■スーパーの商品に異物が混入していた例
私が実際に弁護士として関わった事例をもとに、「スーパーマーケットの商品に異物が入っていた」ケースにおいて、どういう流れで、どのように行動すべきかを具体的に解説します。
顧客Xが、Yスーパーマーケット(以下、「Yスーパー」と言います)で購入した冷凍コロッケに石のようなものが混入されていたとして、Yスーパーを訪問し、従業員に対して「Yスーパーで購入した冷凍コロッケを食べたら、石のようなものが混入していた。責任者を出せ」と詰問しました。
Yスーパーの店長は、顧客Xから冷凍コロッケに入っていたという石のようなものと残りの冷凍コロッケ(袋あり)を預かり、後日、顧客Xに回答するとしました。冷凍コロッケの袋のロット番号から、確かにYスーパーに納入されたものに間違いなく、しかも、ポイントカードの履歴から、顧客Xの妻がその冷凍コロッケを1週間前に購入したことも判明しました。
この事案において、Yスーパーの店長(現場責任者)としては、顧客Xに5W1Hで聴取することになります。
5W1Hとは、「いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」で構成される思考方式です。これを利用すると、事実を漏れ落ちなく確認でき、理解も深まります。
具体的には、「どのような問題が発生したのか」と「顧客がどのような要求を行っているのか」の2つについて、5W1Hで確認することになります。
預かった冷凍食品の袋に印字されたロット番号、顧客の購入履歴、レシートなどから、店長としては、顧客Xが本当にその冷凍食品を購入したのかを調査することが必要です。
■購入したことは事実、次に確認することは…
本件では、ロット番号からYスーパーに納入されたものであること、ポイントカードの履歴から冷凍コロッケを購入したことがそれぞれ判明しました。
そうなると、異物が本当に冷凍コロッケに混入されていたのかどうかを調査することになります。
なお、仮にYスーパーで購入した商品でないことが明らかな場合(たとえば、ロット番号からYスーパーに納入されたものではないなど)には、Yスーパーの責任はないことになります。その場合に店長が「ロット番号から当店で販売した商品ではないことがわかりました」と説明しても納得せずに執拗にクレームを言い続ける場合には、その時点でカスハラと認定できます。
■「明日までに結論を出せ」「誠意を見せろ」
店長が「メーカーに異物の混入に対して調査してもらうため、お時間をいただけますか」と伝えたところ、顧客Xは「いつどのような対応をしてくれるのか。こちらも忙しいので、明日10時までに結論を出してほしい」と言いました。
これに対して、店長が「もう少し時間がほしい」と懇願しても、顧客Xはそれに応じませんでした。
そのため、店長としてはやむを得ず明日ひとまず電話連絡させてもらうと告げました。顧客Xは、何度も「誠意を見せろ」と言うものの具体的な要求はなく、どうやら慰謝料がほしい様子でした。
企業に落ち度があるか否かを調査するためには時間がかかることから、発生した問題の程度と顧客の要求を比較することになります。顧客Xの要求としては、慰謝料がほしい様子はあるものの、要求内容としてはっきりしていないため、比較のしようがありません。そのため、発生した問題の程度と顧客の要求とを比較したとしても、どちらが過剰なのか不明ということになります。
■顧客の行為は社会通念上、不相当ではないか?
そのために異物の混入についての調査はメーカーに依頼しつつも、顧客Xの行為が社会通念上不相当な手段と言えないかを検討することになります。
顧客Xは「責任者を出せ」「明日10時までに結論を出してほしい」などと無茶な要求をするものの、それに執拗にこだわっているとまでは言えず、また、怒鳴りつけたりしているわけではないため、この段階では、社会通念上不相当と判断するのは困難と言えます。
店長は翌日顧客Xに電話し、「メーカーに依頼するため、1週間程度調査に時間がかかる」と伝えました。これに対して顧客Xは怒りながら、「それなら1週間後に回答すると一筆書け」と言いました。
これに対して、店長は「それは勘弁してください」と言って何とか逃れました。
顧客Xは、「1週間後に回答すると一筆書け」と義務のないことを命令しているわけですが、店長が拒否するとそれ以上は強く要求していません。そのため、この時点でも、社会通念上不相当な手段とまでは言えません。
■店長は食品メーカーの回答を顧客に説明したが…
1週間後メーカーからの検査結果が判明しました。検査結果によると、冷凍コロッケを製造する工場においては、最終工程でX線検査機によって検査することになっており、石などの異物がある場合には、X線検査機に引っかかって、自動的にコンベアから排除されるとのことでした。そのため、冷凍コロッケに石のような異物が混入することはあり得ないということでした。
店長が、検査結果を報告書にまとめて、顧客Xに説明しましたが、顧客Xはまったく納得していませんでした。顧客Xは「検査なんて関係ない。こんなことで時間を使いたくない。
もし石の破片が腹に入っていたらどうしてくれる。腹の具合が悪い。保健所にも連絡してもいいのか」と言いました。その後も顧客Xは何度も店舗を訪問し、執拗に同じクレームを言い続けました。店長は何度も同じ説明をしたものの、顧客Xは納得しませんでした。
メーカーの検査によれば、X線検査機で石のような異物が排除される以上、工場の出荷までに石のような異物が混入する可能性がおそらくないと言えます。そこから顧客Xが購入するまでの間に、石のような異物が混入された可能性も極めて少ないと言えるのですが、だからといってまったくないとまでは言えません。そのため、社会通念上不当な手段がないか否かを検討することになります。
■執拗にクレームを言い続けた時点でカスハラ
店長としては、メーカーの検査結果を示して合理的に説明したものの、顧客Xは納得しません。顧客Xはその後も何度も店舗を訪問し、執拗に同じクレームを続けました。現場責任者としては、その度に毎回同じ説明をしたものの、顧客Xは納得しませんでした。
「現場責任者が何度も合理的に説明しているものの、それに納得せずに執拗に同じクレームを言い続けた」わけですから、社会通念上不相当と言えます。
そのため、この時点において、カスハラと認定してよいでしょう。カスハラ加害者となった以上、もはや顧客として扱う必要はなくなりました。
店長としては終着地点を見極めることになりますが、どんなに合理的な説明をしても、顧客Xが納得せず、同じクレームを言い続けるわけですから「議論が平行線」の状態になっています。そのため、店長としては「もうこれ以上お話しすることはありません」と言って打ち切るか、または、次第に収束するのを待つかのいずれかになるかと思います。

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能勢 章(のせ・あきら)

弁護士

能勢総合法律事務所代表弁護士、「カスハラドットコム」運営者。コンプライアンス系の法律事務所に所属した後、2012年に独立して能勢総合法律事務所を設立。「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉がない時代から企業から多くの依頼を受け、度が過ぎたカスハラへの対応に従事。基本方針策定から現場での運用までの実務をカバー。

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(弁護士 能勢 章)
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