■働く男性の「骨」が危ない:見過ごされるリスク
骨粗鬆症と聞けば、多くの人は高齢女性の病気だと考えるでしょう。しかし、骨がもろくなって起きる骨折の約40%は男性に発生しています。日本における推計1590万人の骨粗鬆症患者のうち約410万人、全体の4分の1が男性であることはあまり知られていません。
深刻なのは、股関節を骨折した男性は、同じ年齢の女性より1年以内に亡くなる確率が高いという事実です。実際、大腿骨骨折の患者の10%が骨折後1年で死亡するとされ、骨折後1年の死亡リスクは非骨折者に比べて男性で3.7倍、女性で2.9倍に高まることが報告されています。
それなのに骨の検査を受ける男性はほとんどいません。健康診断でコレステロール値や肝機能、血圧は定期的に測っても、骨の健康状態を調べる人はまれです。
と、ここまで読んだ男性読者の中には、「自分はまだ若いから、さすがに大丈夫」と思っている人が多いに違いありません。しかし、骨の衰えは30代を超えた「中年」に入ると、いつのまにか確実に進行します。長時間労働がじわじわと体を蝕むのと似ており、骨粗鬆症は決してひとごとではないのです。
再雇用や転職などで65~70歳まで働く人も増えている現代の男性にとって、骨粗鬆症は単なる骨折の問題ではありません。
予期せぬ理由で股関節を一度骨折すれば、数カ月間の休職を余儀なくされ、早期退職に追い込まれることもあります。国民生活基礎調査によれば、介護が必要となる大きな原因の一つが「骨折・転倒」であり、健康寿命と平均寿命の間には男性で約9年もの差があるのです。
何より重要なのは骨の問題の大半は予防できるということです。だからこそ、若い世代にも下記の内容をしっかり知ってほしいです。
■いつの間にか進む骨の劣化
骨は石のように固まったものではありません。血液や皮膚と同じように新陳代謝を繰り返す、生きた組織です。破骨細胞が古い骨を壊し、骨芽細胞がそこに新しい骨を築く。この骨のリモデリングにより、数年で全身の骨が入れ替わります。骨の強度がピークを迎えるのは18歳から20歳ごろ。そこから緩やかに、骨を作る細胞の働きが鈍る一方で、骨を壊す細胞は働き続けます。
女性の場合、閉経後のホルモン減少がこの過程を劇的に加速させるため、60代から骨粗鬆症が急増します。
テストステロンという男性ホルモンは、自信や活力の源と思われがちですが、実は骨の形成にも欠かせません。40代半ばから徐々に減っていくこのホルモンが低下すると、骨は主要な守り手を失います。
糖尿病、脂肪肝、関節リウマチといった慢性疾患は、テストステロンをさらに減らします。喫煙、お酒の飲み過ぎ、長期的なストレスも同様です。また、男性特有の病気、前立腺がんの標準的な治療法であるホルモン療法が、骨量の減少を急速に進めてしまうことも問題です。
一方で、テストステロンを補充すれば骨が丈夫になると考えがちですが、最近の研究では、補充療法を受けた男性の骨折リスクが43%も増えたことが報告されています。体は単純な足し算では動かないのです。
ここで現代のオフィスワークと人間の体の矛盾が浮き彫りになります。人間の体は本来、体を動かし、外で太陽の光を浴び、物理的な負荷を受けつつ生きるように進化してきました。ところが今では、空調の効いた室内でパソコン画面を見つめ、カフェインで覚醒し、ストレスホルモンを常に高いレベルに保っています。
■男性がはまる骨にまつわる落とし穴
長い間、体重の重い男性は骨粗鬆症にならないと信じられてきました。体重が重ければ骨への負担が増え、骨も強くなるという理屈です。しかし最近の研究はこの常識を覆しました。内臓脂肪は炎症を引き起こす物質を分泌し、骨を作る細胞を弱めることが分かったのです。体が大きいからといって、骨が強いとは一概に言えないのです。
特に中高年男性に増えているのが、骨の量ではなく骨質が低下して折れやすくなるタイプの骨粗鬆症です。主な原因は糖尿病や慢性腎臓病などの生活習慣病。骨を鉄筋コンクリートのビルにたとえると、鉄筋がコラーゲン、固められるコンクリートがカルシウムです。
そのコラーゲンが生活習慣病によって糖化や酸化で弾力性を失い、骨がガラスのようにもろくなるのです。骨の強さは70%が骨量、30%が骨質で決まるとされており、男性の骨粗鬆症は折れてわかることが多いのが特徴です。
働き盛りの男性は、栄養不足に陥りやすい環境にあります。
そして運動不足。日本のオフィスワーカーは1日平均9時間以上座っています。歩く、階段を上る、荷物を運ぶといった体重を支える動作がなければ、骨は「密度を維持する必要がある」という信号を受け取れません。NASAの宇宙飛行士の研究では、無重力状態で数週間過ごしただけで、測定できるほどの骨量減少が起きることが示されています。どこへ行くにも車を使い、夕方はソファでゴロゴロする男性にも、同じ原理が当てはまるのです。
■転倒が引き起こす悪循環
ここで見過ごせないデータがあります。2024年に国際骨粗鬆症誌に発表された解析によれば、過去1年間に転倒した経験のある人は、男女とも骨折リスクが大幅に上昇することが明らかになりました。
さらに注目すべきは、転倒歴による骨折リスクの増加が、女性より男性のほうが高いという点です。骨粗鬆症性骨折のリスクは、転倒歴のある男性で1.53倍、女性で1.32倍に上昇しました。そして転倒の回数が増えるごとに、骨折リスクはさらに高まっていくのです。
つまり、骨密度が正常範囲でも、転倒してしまえば骨折のリスクは跳ね上がるということ。特に男性は、一度転倒すると女性以上に危険な状態に陥りやすいのです。高齢になると筋力が低下しバランス感覚が衰えることで、転倒の危険性そのものが上昇します。転倒を防ぐための運動、特にバランス感覚を養うトレーニングの重要性が、ここからも浮かび上がります。
■骨の強さを保つには
ただし、明るい材料もあります。骨は適度な刺激に驚くほどよく反応します。短い時間の運動、たとえば会議しながら歩く、立って仕事する、週末に山を歩くといったことでも、骨の中でセンサーの働きをする細胞が「強くなれ」という指令を周囲の骨の組織に送ります。また、週に2、3回の筋トレは、1年で骨密度を最大10%高めることができます。
「強くなれ」という指令を骨に送ります。週に2、3回の筋トレは、1年で骨密度を最大10パーセント高めることができます。始めるのに遅すぎることはありません。70代の男性でさえ、効果が現れるのです。
また、最近の研究では単にビタミンDを補充するだけでは骨折を防げませんでしたが、カルシウムと定期的な運動を組み合わせると、よりはっきりした効果が期待できると考えられます。男性にとって大切なのは、難しい理論より実践できる目標です。
1日700から1200ミリグラムのカルシウムを、できるだけ食事から摂ること。イワシ、豆腐、ゴマ、ほうれん草、牛乳、豆乳などが有効です。太陽の光をほとんど浴びない人だけ、ビタミンDのサプリメント(冬は1日800から1000IU)を検討しましょう。納豆などの発酵食品に多く含まれるビタミンK2も見逃せません。カルシウムを血管ではなく骨に届ける働きがあるからです。
ただし、栄養素は材料にすぎません。無理しすぎないように注意が必要ですが、運動こそが骨を作り上げます。負荷をかける運動(筋トレ、スクワット、腕立て伏せ)、物理的な刺激を与える運動(ウォーキング、軽いジョギング)、バランスを鍛える運動(太極拳、片足立ち、かかと落とし)の3つを組み合わせることで、骨の密度、体の安定性、転びにくさという、健康な老後への三重の保険が手に入ります。
時間が取れない方には、「かかと落とし」は特に効果的です。かかとを上げてつま先立ちになり、すとんとかかとを落とす。これを何回か繰り返すだけで、骨への刺激が大きく、ふくらはぎの筋肉も鍛えられます。1日20分程度のウォーキングも、できれば日差しを浴びる昼間に行えば、体内でビタミンDが生成されてさらに効果的です。強さより続けることが大切です。毎日数分のできる範囲での運動でも、週末だけ無理に激しい運動するより効果がある場合もあります。
なお、骨が壊れるのを抑える薬や、骨を作る働きを促す薬は、今では標準的な治療法として確立され、手に入りやすくなっています。1、2年に一度の点滴で済む薬もあれば、年2回の注射で効果が続く薬もあります。ただし後者は、急に止めると骨量が一気に減って新たな骨折を起こす危険があるため、慎重に使う必要があります。
■男性も骨の強さに注目を
骨密度を測るDXA検査が特に推奨されるのは、70歳以上の男性、または50歳以上70歳未満で次のような危険因子を持つ人です。1日3単位以上の過度の飲酒(ビール350ml缶2本分、日本酒1合、焼酎1杯、ワイン2杯)、喫煙、家族に大腿骨近位部骨折の既往がある場合などです。心配な方は、40歳を過ぎたら一度は調べてみてもよいでしょう。
骨の健康は、数字で物事を考えるビジネスマンの思考にぴったり合います。売上や利益を追うように、体の状態も追えばいいのです。骨密度は、人生の後半戦における重要な業績指標なのです。
将来に投資するのと同じくらい真剣に、自分の骨という土台に投資すること。骨を守る「骨活」は、今日から、すぐに始められます。なぜなら最後に残る最大の財産は、あなたが作り上げたものではなく、あなたを支え続けてくれるものだからです。
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谷本 哲也(たにもと・てつや)
内科医
鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。
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(内科医 谷本 哲也)

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