外交日程を無難に乗り切り、政権支持率も8割超の高市早苗首相ですが、その経済政策には、危なっかしいところがあります。その筆頭に挙げられるのは、いわゆるサナエノミクスによって、長期金利が今後急上昇する可能性があることです。「責任ある積極財政(政府が財政支出を活発化させ、国民生活をより広範囲に支えること」を標榜していますが、さじ加減を間違うと、とんでもないことが起こる可能性があります。
■金融危機の記憶
その「とんでもないこと」を説明する前に、以前、日本経済に起きた「事件」を簡単に解説します。
私はこの時期になると必ず思い出すことがあります。若い読者の皆さんは知らないと思いますが、1997年11月に日本は戦後初めての金融危機を経験しました。
90年代初頭にバブルが崩壊し、株価が大幅下落しました。89年暮れに3万8915円の当時の最高値から翌90年に入ると、瞬く間に2万円台まで下落。一方、土地バブルの崩壊はその後しばらくしておきましたが、それにより銀行は大量の不良債権を抱えたのです。
バブルの頃に各銀行ともに他行とのし烈な競争の中で大量融資を行ったのですが、それが焦げ付いたのです。バブル期に私は銀行員でしたが、普段は不動産の価値の70%程度しか担保として認めないのが、120%まで担保価値を認め、それも地価が右肩上がりで上がる中での貸出しですから、多額のというより過剰な融資を行ったのです。
その不動産価格が落ちると、当然不良債権の山が発生しました。
当時の銀行をはじめ証券会社、生保は大蔵省による「護送船団方式」で守られて事業をしていましたから、それだけ大量の不良債権を処理することを想定しておらず、またその手段もありませんでした。
それが97年11月にとうとう噴出したのです。
3日に中堅証券会社だった三洋証券が、17日に都市銀行のひとつだった北海道拓殖銀行が破綻、勤労感謝の日を含めた3連休の途中に日経新聞が4大証券の一角の山一証券の破綻をスクープし、連休明けに破綻、11月の最終週には、仙台の地方銀行が破綻しました。
翌年には、名門銀行だった日本長期信用銀行や日本債券信用銀行が相次いで破綻、他にも中小の金融機関が次々と破綻していったのです。
その後、りそな銀行に2兆円の公的資金が注入されるまで金融危機は続きましたが、金融危機の間のみならず、その後の日本経済が長期にわたって低迷したことはご存じの通りです。
■苛烈な貸し渋りが発生
金融危機の状況の中で、銀行にはもうひとつ頭の痛い問題がありました。それは銀行の「自己資本比率規制」です。自己資本比率は、企業の健全性を表す指標のひとつで「自己資本÷資産」で計算します。
つまり、「資産」を賄っている資金のうち、返済不要の「自己資本」が何%あるかを示すもので、企業経営でもとても重要な指標です。自己資本は、主に株主が出資してくれたお金と、利益の蓄積です。
銀行にも、企業とは少し計算方式は違いますが、国際的に活動する銀行にはバーゼルに本部がある国際決済銀行(BIS)の規制が、それ以外の国内だけで活動する銀行には金融庁からの自己資本比率の規制が課せられています。
銀行の自己資本比率規制に関しても、基本的な考え方は同じで、資産をまかなっている資金源のうち、返済不要の自己資本が何%あるかというものです。
銀行にとって資産の多くは「貸し出し」です。
先ほどの金融危機時には、当然、不良債権が多く出るので、損失が多く出て、自己資本がどんどん減少していきます。先にも説明したように、自己資本比率は「自己資本÷資産」で計算するので、不良債権などにより自己資本がどんどん棄損していくと、自己資本比率の維持ができず銀行業務の継続が難しくなります。
銀行としては、是が非でも自己資本比率を維持するべく、自己資本が減少していく中、それを超える勢いで資産、とくに貸し出しを減少させました。「貸し渋り」でとどまらず、「貸しはがし」が起こったのです。当時、私はコンサルタントとして独立してすぐの時でしたが、98年初頭に、顧客の一社がある大手行の貸しはがしであえなく倒産しました。利益は出ていましたが、バブル期に借りた額が大きく、貸しはがしで黒字倒産したのです。
■怖い長期金利の上昇
ここまでは過去の話です。
高市早苗氏が首相に就任して以降、不気味なことが起こっています。長期金利の上昇です。
図表1にあるように、今年1月には1.2%台だった10年国債の利回りが、このところ大幅に上昇しています。アベノミクスの時期には、「イールド・カーブ・コントロール」の名のもとに、マイナスから0%台で推移していたので、現在の数値はとても高い。
10年国債の利回りは、企業への長期での貸し出しや固定金利の住宅ローンのベースとなる金利です。この金利が上がると、国民生活にどんな影響が出るのか。
まず、長期貸し出しや固定の住宅ローン金利が上がることとなります。高市首相は「責任ある積極財政(財政支出を活発化)」を唱えていますが、積極財政は、それでなくても国債発行額が多いわが国では高い確率で長期金利の上昇をもたらします。
長期金利上昇により、まず、借り入れの多い企業の経営がしんどくなります。先にも説明したように、アベノミクスの頃には、10年国債利回りはほぼゼロでしたから、企業も借入金利をかなり低く抑えられたのです。先日も、ある顧客企業の社長と話していたら、「最近、長期の借り換えをおこなったら、金利が倍になった」と言っていました。
表には貸出約定金利、つまり、銀行から借りる際の金利の水準も出ています。
また、サナエノミクスは拡張的な財政を行う予定で、これではインフレは収まりません。日銀としては、12月あるいは来年1月の政策決定会合で、政策金利(短期金利)を上昇させざるを得ないでしょう。そうなれば、企業の金利負担とともに、変動金利で住宅ローンを借りている人たちへの負担も当然増えます。
■銀行の自己資本比率規制の問題も
そして、もっと憂慮すべきことがあります。
先に、銀行の自己資本比率規制の説明をし、そのために以前、貸し渋り、貸しはがしが起こったと説明しましたが、長期金利の上昇は、銀行にも大きな問題を生む可能性があります。それは、国債金利の上昇が、国債を大量に保有する銀行の含み損を拡大することとなるということです。
銀行は大量の国債を抱えていますが、詳しい説明は避けますが、金利が上昇すれば保有する既発の国債の価格が下がります。金利が大幅に上がれば、多額の含み損を抱えることとなるのです。
その結果、銀行の自己資本は実質的に大幅に低下する可能性があり、先にも話した理屈により、貸し出しを大幅に減少させる可能性があるのです。
■人手不足倒産の次は貸し渋り倒産
今でも、ホテルや飲食業の一部は、十分な人手を確保できず収益の伸び悩みに直面しています。中には、廃業・倒産しているところもあります。
それに続いて、貸し渋り倒産が起これば、景気は一気に冷え込みます。人手不足は、それである程度解消するかもしれませんが、それでは本末転倒です。景気が下向きになれば、まじめに働く人々の給与やボーナスにも悪影響が出るのは必至です。バブル後には法人だけでなく個人への貸し渋りや貸しはがしも起こりました。今度もそうならないとは誰も言えません。銀行からの露骨な「取り立て」攻勢にあい、生活が崩壊する人も出てくるかもしれません。
高市政権は、トランプ大統領との約束で今年度中の防衛費の増額を決めています。ガソリンの暫定税率の廃止も決めています。
いずれにしても、積極財政を推し進めるつもりです。「責任ある」と言っていますが、本当に金融市場、そして、その延長上に生きる庶民の生活まで目配せできているかは不明です。
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小宮 一慶(こみや・かずよし)
小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。
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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)

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