■日本シリーズより盛り上がったワールドシリーズ
高市早苗新首相は、10月28日、トランプ米大統領との会談前の式典で、開始が遅れた理由を「トランプ大統領の部屋で野球を見ておりました。1対0でドジャースが勝ってます」と話し、報道陣の笑いをとった。ワールドシリーズ第3戦のことだ。
日米それぞれの野球の頂上決戦、日本シリーズとワールドシリーズは、10月下旬から始まり、ほぼ同じ日程で行われた。日本の野球ファンは、午前中はワールドシリーズ、夜は日本シリーズを観戦したが、圧倒的に盛り上がったのは、高市首相の発言が象徴するようにワールドシリーズだった。
日本シリーズが、盛り上がりに欠けていたわけではない。今や巨人を抜いて日本一の人気球団になった阪神と、パの覇者ソフトバンク、ともに勝率6割を超す強豪チームの激突である。
筆者は福岡、甲子園両球場で観戦したが、福岡のみずほPayPayドームは、虎のユニフォームを着た阪神ファンが肩で風を切って歩き、かつて見たこともないような大応援団が気勢を上げた。まさに「猛虎襲来」だった。
甲子園では、阪神ファンが寒風の中、ビールや酎ハイのカップを次々に空にして気勢を上げていた。結果はソフトバンクの4勝1敗とあっけなかったが、観客席はすさまじい盛り上がりではあった。
ソフトバンクが優勝した翌日の11月1日、福岡、関西のローカル局は、詳細に試合の模様を伝えたが、午前8時からの全国ネットの朝のニュースショーは「ワールドシリーズ一色」になった。
■日本国民の2人に1人が見た
現在のMLBの公式戦は延長戦に入ると無死二塁からの「タイブレーク」になるが、ポストシーズンからはその規定はない。
互いに3勝3敗で迎えた最終の第7戦、ドジャースの先発は中3日で大谷翔平、ブルージェイズは216勝のレジェンド、41歳のマックス・シャーザー。9回1死までブルージェイズは5―4とリードしていたが、ドジャースのミゲル・ロハスのソロホームランが出て同点に追いつく。
そして、前日6回96球を投げて勝利投手になった山本由伸が延長10回1死からマウンドに上がる。延長11回表、ドジャースのウィル・スミスが決勝ホームラン。その裏、山本は1死一、三塁のピンチとなるが、最後は併殺で切り抜け、シリーズ3勝目をあげ、文句なしのMVPに選ばれた。
MLBの発表では、ワールドシリーズ7戦の米国とカナダを合わせた視聴者数は2430万人で、2016年以降では最多を記録し、前年より46%増となった。
日本ではどうだったか。今年のワールドシリーズは、地上波ではNHKとフジテレビ系が放映した。ビデオリサーチが11月1日に出した発表によれば、計5試合のうち、いずれかの試合の生中継をリアルタイム視聴した人は全国で推計5656万2000人だった。日本人の2人に1人が見ていた計算だ。
■普段野球に関心がない層も取り込む
これは、日本球界にとって衝撃的なことではないか。
ワールドシリーズの劇的な最終戦は地上波での中継がなく、視聴できないファンからブーイングが上がった。BS放送はNHK ONEでの再放送もないために、NHKにはクレームの声が寄せられたという。
今回、ワールドシリーズがこれほどに注目を集めたのは、言うまでもなく大谷翔平の活躍が最大の原因だが、今年はそれに加え、山本由伸、佐々木朗希も含めた「日本人選手3兄弟」の活躍が大きかった。
山本は、シリーズ2勝に加え、第3戦での「延長18回ブルペン待機」、第7戦の延長10回からの緊急登板と獅子奮迅の活躍で、大会MVPに輝いた。
佐々木朗希は、9月まではワールドシリーズのロースターに名前が載ることはないと考えられたが、奇跡的に調子を取り戻し、リリーフ投手として戦列に復帰。ポストシーズンでドジャースの救援陣が崩壊状態になる中、文字通り「救世主」の活躍だった。
「日本人3兄弟」の末っ子、佐々木朗希の復活が、日本人の「判官びいき」(弱者の立場にあるものに同情する気持ち)を刺激したと言う見方もできるだろう。
筆者の知人は、スポーツジムで70~80歳くらいの年配者が、口々にワールドシリーズの話題を口にしていて驚いた、と連絡してきた。「野球わかるの? みたいなおばあちゃんが山本のことを褒めていたし、お年寄りが“トイレに立つ暇もなかった”と言っていた」とのことだ。
■フジの取材パス剥奪はなんだったのか
2024年、NPBはフジテレビの日本シリーズの取材パスを取り上げた。日本シリーズの期間中にワールドシリーズのダイジェスト放送をしたからだ。
振り返ってみて、この事件がいかに卑小な出来事だったかを痛感する。
多くの放送局は、今や日本シリーズの倍近い視聴率がとれるコンテンツの放映権が獲得できるのなら、NPBを「出禁」になっても構わない、と考え始めているのではないか。
現在のメジャーリーグブームは、大谷翔平を頂点とする日本人選手の活躍によってもたらされたかのように見えている。いわばMLBに「神風」が吹いているかのようだが、実際には、その背景にMLBサイドの緻密なマーケティング戦略が存在する。
2025年からMLBは公式サイト「MLB.com」とMLBアプリにおいて、英語版、スペイン語版に続く、公式な第3言語として、日本語版を開始した。これまでもMLB.JPという日本語公式サイトがあったが、コンテンツがかなり充実した。記事やデジタル機能の拡充だけでなく、日本語オリジナルコンテンツや、アメリカで展開されている企画のローカライズも展開している。
■日本プロ野球に浸透するMLB
今年3月、東京ドームで行われたMLBの開幕戦「MLB東京シリーズ」カブス対ドジャース戦は空前の観客動員となったが、この折の東京ドームは、入場ゲートも、スコアボードも、場内の装飾も、場内アナウンスもすべてメジャーリーグスタイルになった。観客に「メジャーリーグ観戦の醍醐味を味わってほしい」とのことだった。
これに先立って行われた巨人、阪神とのプレシーズンマッチでも、MLB公式サイトはMLB公式戦で使用する「スタットキャスト」のデータを公開し、日本では見たこともない岡本和真や佐藤輝明の打球速度、角度などの詳細なデータを公開した。
さらに、福岡ソフトバンクホークスは、6月3日~15日の交流戦期間中、MLBと日本野球がコラボしたイベント「AMERICAN BASEBALL EXPERIENCE」を開催した。
みずほPayPayドームのゲート前には、菊池雄星や鈴木誠也など日本人メジャーリーガーの写真が並べられたフォトスポットが設けられた。MLB関連グッズのブースも設けられ、大谷翔平グッズなどに多くのお客が集まっていた。試合のスコアボードやアナウンスもMLBスタイルだった。
ソフトバンクは2018年に、世界最大級のオフィシャルスポーツライセンスマーチャンダイズ企業であるFanatics Inc.の日本法人ファナティクス・ジャパン合同会社とパートナーシップ契約を締結し、MLB、NFLなどの関連グッズの販売を始めている。
ホークスの本拠地で、MLB関連のコラボイベントが行われたのは偶然ではなく、ソフトバンクグループが、今も明確にMLB志向を持っていることを物語っている。
■経済格差は10倍以上に
ソフトバンクは2005年にNPBに参入したが、孫正義オーナーはNPBのビジネスモデルをMLBのスタイルに変革すべく機構改革を促した。特に放映権はNPBが一括でマネジメントすべきだとしたが、セ・リーグ側の反対にあって頓挫した。しかしパ・リーグの放映権を統括するパ・リーグTVを設立し現在に至っている。
イベントを見るに、ソフトバンクは今もMLBとNPBの包括的な提携に強い意欲を持っていると考えるべきだろう。
ミクロの視点で見れば、今のMLBブームは「大谷翔平」「日本人選手3兄弟」ブームだが、マクロの視点で見れば、メジャーリーグが日本のプロ野球市場を飲み込もうとしている図式が見えてくる。
MLBは北米ではNFL(アメフト)、NBA(バスケットボール)などに比して劣勢だ。それだけに日本など東アジアマーケットへの進出は、組織の命運をかけたビジネス展開になっている。
日本とアメリカのプロ野球の経済格差は、年商ベースで「10倍以上」に広がっている。大谷翔平が契約した10年7億ドル(約1050億円)の契約は、NPB全選手の年俸総額(約500億円)の倍以上だ。
IT戦略、放映権、ライセンスなど「球場の外」でのビジネスで、日米球団には天と地ほどの差がある。これは球団の問題というより、NPB、MLBという機構の体質の問題でもある。
日本プロ野球は「業界内」の序列争いに汲々とするのではなく、機構全体を含めたビジネスモデルの変革に、今日から着手すべきである。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)

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