■史上最長の政府機関閉鎖
10月から続いた米政府機関閉鎖で、職員たちは日銭を稼ぐ副業探しに奔走した。
米ワシントン・ポスト紙によると、11月12日時点で65万人の連邦職員が一時帰休、すなわち強制的な無給休暇の状態に。さらに、エッセンシャルワーカー(必須労働者)に位置づけられる60万人の人々は、無給休暇さえ許されず、給料なしで働き続けた。
米運輸保安庁(TSA)職員では一定の欠勤者が出たことで、米国各地の空港の保安検査場では、旅行者の大規模な行列が発生。農場ローンなどの連邦給付サービスも停止し、国立公園は閉鎖が続くなど、市民に幅広い影響が及んだ。
今回の閉鎖は10月1日に始まった。ドナルド・トランプ大統領率いる共和党と民主党議会との予算をめぐる対立により、下院では共和党の資金延長案を民主党が繰り返し否決。事態は膠着状態に陥っていた。
■再開法案に仕込まれた罠
こうした中、11月12日に下院が政府再開法案を可決し、トランプ大統領が同日夜に署名。史上最長の43日間に及んだ閉鎖は終結した。
ただし、国民生活を最優先にした閉鎖解消とは言い切れない。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、上院指導部は法案に密かに無関係の条項を挿入。2021年1月6日の連邦議会襲撃事件の捜査で電話記録を押収された共和党上院議員が、政府を相手取って最低50万ドル(約7700万円)を請求できる内容だった。
下院議員からは超党派で激しい批判が噴出したが、条項を削除すれば法案は上院に戻り、閉鎖がさらに長引く。このため、やむなく可決に至った。
保守派共和党議員のチップ・ロイ氏は同紙に対し「なぜこれが法案に入ったのか、私の理解を超えている。だから人々はこの街(首都ワシントン)をこれほど低く評価するのだ」と憤る。
■農務省の科学者がコンサートの物販係に
政府職員といえば、かつては安定した職業の代名詞だった。だが、いまや正反対の状況にある。党派の対立のあおりを受け、もっとも困窮したのが、国民生活の基礎を支える政府職員たちだ。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、連邦職員は何とか生活を成り立たせるべく、さまざまな副業を試みた。
もともとトランプ政権は今年初め、広範囲にわたり人員削減策と早期退職制度を行使し、連邦政府の人員削減に動き出した。
同紙によると、農務省の科学者シャロン・ペローン氏は、4月に早期退職制度の対象となって以来、4つの副業を掛け持ちしているという。
週末にはすでに経験のあった地元農産市場でのチーズ販売のシフトを増やしたほか、コンサートに駆けつけてはグッズ販売を手伝い、さらにアラスカ農業のハンドブックを執筆し、時間があればグラフィックデザインも手がけている。デザインの顧客は主に、同じく副業を始めようとしている他の連邦職員たちだ。
36歳の彼女は9月末に政府からの給与が打ち切られるまでに、副業で約4000ドル(約62万円)を貯めたという。同紙に対し「脳のいろいろな部分を使えました」と語る。先週、土壌科学の博士号を活用した新しいフルタイムの仕事を始めた。
同紙はまた、米政府が出資する国際放送局ボイス・オブ・アメリカを3月に解雇されたグー・ボー氏の例も紹介している。解雇翌日、彼女はペットケアプラットフォームのRoverに、犬の散歩と猫の餌やりの職を求めて登録した。良い日で約50ドル(約7740円)を稼ぐという。
「その収入だけで生活するのは無理です」とボー氏は語る。それでも「外出して歩いたり社交したりできるので素晴らしい」と前向きだ。
■航空管制官がフード配送の仕事を兼業
単発作業プラットフォームのインディード・フレックスが10月、閉鎖の影響を受けたアメリカの成人1000人を対象に行った調査では、30%がウーバーなど単発仕事のアプリを使い、当座の収入を得ていることが分かった。連邦政府専門メディアのフェデラル・ニュース・ネットワークなどが報じている。
空の安全を守る航空管制官たちも、副業を強いられた。
ロイター通信によると、政府閉鎖により給与の全額を受け取れなかった航空管制官たちは、数百人が副業に就いた。全米航空管制官協会(NATCA)の幹部が明らかにした。
航空管制官と訓練生たちは、レストランでの配膳係や、フード配達アプリ・ドアダッシュへの登録、ウーバーの運転、買い物代行サービスのインスタカートでの作業、そして週末の家庭教師のアルバイトなど、各種の副業に登録している。
エッセンシャルワーカーとされる航空管制官と訓練生、そしてTSA職員たちは、給与が支給されなくとも働き続ける義務がある。約1万3000人の航空管制官と5万人のTSA職員が、無給労働を強いられた。
特に弱い立場にあるのが、若い管制官たちだ。連邦航空局(FAA)アカデミーを卒業したばかりで、アメリカ全土の新しい配属先へと引っ越し、訓練中でまだ貯蓄もない職員にとって、経済的負担は一層深刻だという。
■週60時間勤務の後に配車アプリ
米NBCニュースによると、メリーランド州アンドルーズ空軍基地の航空管制専門家ジャック・クリス氏は、政府機関閉鎖が始まってすぐ、ドアダッシュの配達員として働き始めた。
クリス氏は、平日は午前8時から午後4時まで航空管制業務に当たり、その後は娘をバスケットボールの練習から迎えに行くまでの時間を生かし、ドアダッシュのフード配達をこなす。週末には8時間から9時間、配達の仕事をしているという。
ロイター通信は、航空管制官と訓練生が週6日、計60時間勤務を強いられていると報じている。NATCAのニック・ダニエルズ会長は、給与の未払いが空の安全に悪影響を及ぼしかねないと指摘する。貴重な休暇を副業に充てざるを得ないため、高い緊張感と注意力を要求される航空管制業務への影響が懸念されている。
影響は一般市民にも及んだ。人員不足のなか病欠が増加したことで、空の便に深刻な遅延が生じている。ロイターによると、10月19日(日曜日)には8800便が遅延した。運輸長官ショーン・ダフィー氏は、この日の遅延の44%が航空管制官の欠勤によるものだったと明らかにした。閉鎖前の平均は5%だった。
28年間勤務した元航空管制官のスティーブン・エイブラハム氏は、NBCニュースに対し管制の仕事の厳しさを説明する。「管制官はBクラスの仕事をすることは許されません。
■弁護士が街角で開いたホットドッグ店
一方、副業を通じて長年の夢を叶えた職員もいる。
米NPRによると、通常は国税庁(IRS)で税法規制を担当している弁護士のアイザック・スタイン氏は、首都ワシントンの自宅近くの路上で、スーツとネクタイ姿でホットドッグスタンド「シスターズ・ドッグス」を開業した。
「ホットドッグを売るのは最高に楽しい」とスタイン氏は語る。親しみにくい弁護士職のイメージを覆し、地域社会に笑いをもたらすことも狙いのひとつだ。
価格はホットドッグと飲み物で10ドル(約1550円)と、相場よりわずかに高め。「首都で一番正直なぼったくり」を自認するスタンドで市民の笑いを誘う。
メニューはシンプルながら、遊び心に満ちている。マスタードとザワークラウト(キャベツの塩漬け)を使ったシンプルなメニューが「正しいホットドッグ」。ほかの具材のバリエーションは「間違ったホットドッグ」として売られ、「罰金」という名の追加料金が1ドルかかる。
スタイン氏にとって、街のホットドッグ店になることは子供の頃からの夢だった。
1日約50個のホットドッグを販売するスタイン氏は、できるだけ早くIRSの仕事に戻りたいと考えている。とはいえ、「これは絶対にやめません。週末のプロジェクトとして、おそらく一生続けると思います」。夢だった職業を満喫している。
■「不安を感じる」趣味で稼ぐも表情は冴えない
やむなく趣味で生計を立てるようになった職員はほかにもいる。胸中は複雑だ。
アトランタの地元局11アライブによると、ヴィ・レ氏は疾病対策センター(CDC)で8年間、行動科学者として暴力予防の研究に従事してきた。引退まで働くつもりだったが、今年初めの人員削減で職を失った。
そこで、趣味で手がけていた花の配送事業「ザ・フローラル・ファクター」を本格稼働させることを思いつく。今では結婚式やパーティー、出張フラワー教室の予約を取り、収入を徐々に立て直そうとしている。
だが、本業を捨てなければならなかったダメージは大きい。「心が痛み、不安を感じます。人生もキャリアも、これ(研究)のための訓練に費やしてきたのですから」とレ氏は語る。
■党派の対立で国民生活が破綻した
副業に手を出す職員が急増するなか、倫理規定への準拠も課題となった。
フェデラル・ニュース・ネットワークによると、連邦職員は一般的に副業が認められているが、公務と利益相反しない場合に限られる。多くの省庁では、副業を始める前に所属省庁の倫理担当官に相談するよう職員に勧めている。
しかし、倫理担当官さえ閉鎖中は一時帰休に付されている可能性があり、事前に副業の承認を得るのは難しい。国防総省は一時帰休ガイダンスで、閉鎖が明けてから事後的に相談するよう指示している。
43日間の閉鎖期間中、アメリカの労働者や市民が不便を強いられた。
二大政党が激しく対立した結果、国民の安全を守るエッセンシャルワーカーがあおりを受け、欠航や空港の行列などで市民生活も混乱に陥った形だ。
予算を成立させないほどの激しい対立は、果たして国民のための政治と言えるのか。つなぎ予算案に混じり、賠償金の請求状況を密かに盛り込んだ行為は正しかったのか。政治のあり方が問われる史上最長の政府機関閉鎖となった。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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