優れた能力を獲得するにはどうすればいいか。ペンシルベニア大学ウォートン校教授で組織心理学者のアダム・グラントさんは「ある研究では、担任が経験の浅い教諭から経験豊富な教諭へと変わった場合、児童の20代になった時の年収が1000ドル以上増加することが推算された。
そうした子供たちは、いわゆる『心の力』に対して高い評価を得ていた」という――。
※本稿は、アダム・グラント(著)、楠木建(監訳)『HIDDEN POTENTIAL 可能性の科学――あなたの限界は、まだ先にある』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■優秀さと先天的な能力に強い関連性はない
1980年代の終わり、テネシー州は大胆な実験を行なった。
79もの学校――その大半は貧困地区の学校――から、無作為に選んだ幼稚園から小学校3年生までの1万1千人を超える児童を、様々なクラスに割り当てた。
当初の目的は、小規模のクラスのほうが学びにより適しているのかどうかを調べることであった。しかし、経済学者のラジ・チェティはある事実に気づいた。
児童と教師が無作為にクラスへ割り当てられるのであれば、そのデータを分析することで、クラス間の差異を生み出す他の要因もまた特定できるのではないか、と。
チェティは世界で最も影響力のある経済学者の一人であり、マッカーサー・フェロー・プログラムを獲得した研究者でもある。そして、優秀さと先天的な能力とは、一般に期待されるほど強い関連性がないことを、彼の研究は示唆している。
テネシーでの実験は、驚くべき結果を示した。幼稚園のクラスの先生を見るだけで、児童の将来の成功を予測できることを、チェティは発見したのである。
幼稚園の時の担任がたまたま経験豊富な先生だった子どもは、25歳になるまでに、同級生たちを大きく上回る収入を得るようになった。

■なぜ幼稚園の先生がそれほどまでに重要なのか
チェティと同僚研究者らは、担任が経験の浅い教諭から経験豊富な教諭へと変わった場合、児童の20代になった時の年収が1千ドル以上増加すると推算した。
また、児童二十人のクラスにつき、平均以上の経験を持つ教師が一人いるだけで、その子どもの生涯所得が32万ドル増加するであろうという(※1)。
幼稚園教育が重要である理由は多々あるが、受け持つ先生の経験値が児童の20年後の収入にそれほど明確な影響をもたらすとは、私は考えてもいなかった。ほとんどの大人は、5歳の頃のことなど、自分自身のことですら、おぼろげにしか思い出せない。
なぜ幼稚園の先生がそれほどまでに重要なのか。多くの人がまず思い浮かべる答えは、経験豊かな先生であれば、子どもたちの言葉や数を理解する力(認知スキル)を効果的に伸ばしてくれるから、というものだろう。
確かに、質の高い早期教育は、その後の学習の確かな土台を築く。実際、ある研究では、経験豊富な先生が担任であった子どもたちのほうが、幼稚園を修了する時点での算数や読みのテストで好成績を収めたことが明らかになっている。
しかし、興味深いことに、その後の数年間で、彼らと他の子どもたちとの間の学力差は、次第に縮まっていくのである。
■将来を左右するような「特別な力」の正体
では、幼稚園の頃の担任が経験豊かな先生だった子どもたちが、その後、学力的には他の子どもたちと差がなくなったにもかかわらず、成人期に至るまで持ち続けていた、彼らの将来を左右するような「何か特別な力」とは一体何だったのか。
その謎を解き明かすため、チェティのチームは、別の可能性のある要因へと目を向けたのである。そこで、小学4年生と中学2年生の時、担任教師に子どもたちの他の資質を評価してもらった。
例えば、次のような性格特性である。
・積極性:どれくらい自発的に質問や発言をしたか。また、情報を得るために自主的に本を読み、授業外でも教師と関わって学ぼうとしたか。

・向社会性:どれくらい親しく同級生と交流し、共同作業が行なえたか。

・自己統制力:どれほど効果的に授業に集中し、衝動を抑えて授業を妨害しないでいられたか。

・意志力:困難な問題にどれくらい挑戦し、与えられた以上の課題をこなし、障害を乗り越えたか。
幼稚園時代に経験豊かな先生のもとで学んだ子どもたちは、小学校4年生になった時点で、すべての性格特性(積極性、他者と協力する力、自分を律する力、困難に立ち向かう意志の強さ)について、担任教師から、より高い評価を得ていた。そして驚くべきことに、中学2年生になってもなお、その評価は同様に高かった。
※1 100万を超える子どもたちを対象とした、ある注目すべき研究がある。経済学者ラジ・チェティと彼の共同研究者たちは、1年間にわたる学力テストの得点を基準として、児童の学力の進捗を詳細に追跡した。その結果、経験豊かな教師ほど、生徒たちに対してより大きな好影響をもたらすことを発見したのである。具体的には、小学3年生から中学2年生の間に優れた担任教師から指導を受けた児童生徒は、将来、大学へ進学し、より多くの収入を得て、老後のための貯蓄もより多くなる確率が高いことが示された。
逆に、優れた教師が学校を去った場合、翌年にはその生徒たちの成績は悪化し、結果として大学へ進学する確率も低下した。教師の質は、とりわけ女子生徒の将来の成功に大きな影響を与え、例えば、よい担任教師に巡り会うことで、未成年での妊娠の確率が下がるといった効果も確認されている。さらに衝撃的なのは、成績が下位5パーセントである生徒たちを担当している教師を、平均的なレベルの教師に代えるだけで、クラス全体の生涯にわたる総収入が、実に140万ドルも増加すると推定されたことである。教師の待遇改善や質の向上の重要性を訴える際、この研究結果は極めて有力な論拠となるであろう。
■小学4年生の将来の経済力を予測する方法
つまり、積極性や向社会性、自己統制力、意志力といった、いわゆる「心の力」は、算数や読解といった知識や技能よりも、遥かに長い期間にわたり、そして結果としてより深く、子どもたちの内に定着していたのである。
チェティと彼の研究チームの分析によれば、これらの心の力に対する評価から予測される小学4年生の将来の収入は、標準的な学力テストの算数や読解の成績から予測される収入よりも、実に2.4倍も多いという衝撃的な結果が示された。
なんと驚くべき結果だろうか。小学4年生の将来の経済力を予測したければ、算数や読解の成績よりも、むしろ児童の行動パターンを担任教師がどう客観的に判断するかに注目すればよいのである。
しかも、多くの人が生得的なものと見なしていたこれらの資質は、幼稚園で身につけたものだったのだ。先天的な能力の有無にかかわらず、数十年後の成功につながる資質を習得することには、特別な意味があるのである。
■人間性とは「習得可能なスキル」である
アリストテレスはその著作の中で、自制心や他者への配慮といった資質を、人格を形成する上で重要な「性格の徳」(virtue of character)と呼んだ。
彼によれば、そうした徳は純粋な意志の力によって培われ、倫理的な行動の礎となる。
私もかつては、人格とは道徳的規範に従うか否かという、意志の強さの問題であると考えていた。
しかし、私の仕事は、哲学者が好んで議論するような抽象的な概念を、科学的な手法で検証し、必要とあればその理解を改めることである。
そこで過去二十年間にわたり、様々な証拠を丹念に集めた結果、自身の従来の考え方を見直さざるを得なくなった。
そして今、私は、人格や性格といった「心の力」とは単に意志の強さの問題ではなく、むしろ習得し向上させることが可能な一つの「スキル」、つまり「性格スキル」(Character Skills)であると考えるに至っている。
人格や性格というものは、単に道徳的な信条を持っているか否かだけで決まるものではない。むしろ、後天的に獲得される一種の「能力」であり、自らが信じる道徳的な生き方を実践するために、学び、そして磨き上げていくものなのである。
「性格スキル」を身につけることによって、例えば、先延ばし癖のある人間が、大切な人たちのために約束の期日をしっかりと守れるようになり、内気で引っ込み思案な人間が、社会の不平等に対して声を上げる勇気を持つようになり、クラスの腕白ないじめっ子でさえ、大事な試合を前にすれば仲間との無益な争いを自ら制することができるようになるのだ。
これらの人間的な成長に不可欠なスキルを、優れた幼稚園の先生は愛情を持って育み、優れたコーチは粘り強く育成していくのである。

----------

アダム・グラント
ペンシルベニア大学ウォートン校教授、組織心理学者

1981年生まれ。同大学史上最年少の終身教授となる。「世界で最も影響力のある経営思想家10人」の一人と目され、『フォーチュン』誌の「世界で最も優秀な40歳以下の教授40人」に選ばれるなど受賞歴多数。Google、ピクサー、ゴールドマンサックス、国際連合など一流企業や組織でコンサルティングおよび講演活動も精力的に行なう。
動機づけや意義に関する先駆的な研究は、世界中の人々が自らの可能性を解き放つための助けとなる。2021年ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した「停滞感」に関する記事は大反響を呼び、年間で最も読まれた記事となる。
GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』 『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』 『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』(以上、三笠書房)など、著作はいずれも世界で数百万部を売り上げるベストセラーとなり、TEDトークは3000万回以上、再生されている。元ジュニアオリンピックの飛び込み選手。

----------
----------

楠木 建(くすのき・けん)

一橋大学ビジネススクール特任教授

1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など。

----------

(ペンシルベニア大学ウォートン校教授、組織心理学者 アダム・グラント、一橋大学ビジネススクール特任教授 楠木 建)
編集部おすすめ