高市首相による、台湾有事が「存立危機事態になりうる」との発言で、中国が強く反発している。台湾有事が起こったら、日本はどんな立場に置かれるのか。
元海上自衛隊幹部でYouTuberのオオカミ少佐による『元海上自衛隊幹部が教える 国を守る地政学入門』(河出書房新社)より、紹介する――。(第1回)
■米シンクタンクによる「台湾有事」の結果
台湾有事は事実上の「日本有事」と考えて差し支えありません。
防衛や安全保障問題においては世界一とも評されるアメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が、中国による台湾への軍事侵攻をシミュレーションした結果を2023年に公表しています。
このようなシミュレーションは「図上演習」とも呼ばれ、自衛隊や諸外国の軍隊でもよく行なわれるものです。
しかし、自衛隊が「こういう事態が起きたら、それぞれどう対処するべきか」という各級の指揮官や幕僚の判断力を鍛えることを重視し、1本のシナリオを通して行なうのに対し、CSISは台湾侵攻の成否を分ける要素が何かを洗い出すために、24種類の異なるシナリオを用意してシミュレーションを行ないました。
中国の勝利条件は台湾制圧、日・米・台はこれを阻止できれば勝利となります。24種類のシミュレーションでは、24回中22回は甚大な被害を出しながらも日・米・台が勝利しました。
中国が敗北した22通りのシナリオのなかで、中国がもっともうまく事を進めたものですら、占領できたのは台湾の4分の1に届かない面積でした。
■中国が勝利する2つのケース
「ほとんど勝っているからヨシ!」ではなく、「なぜ、2回負けてしまったのか」という原因を洗い出すのがこのシミュレーションの目的です。
中国が勝利した2つのシナリオは、ほかの22のシナリオとどこが違っていたのでしょうか。
その1つは「アメリカが台湾有事に軍事介入しなかった」。もう1つは「日本が米軍に基地使用を認めない中立の立場をとった」というものでした。

なぜ、この2つのケースでは台湾が負けてしまうのでしょうか。
世界各国の軍事力と防衛経済にかんする詳細なデータをまとめた年次報告書「ミリタリーバランス2024」をもとに作成された令和6年度版の防衛白書によれば、中国と台湾の戦力差は正規軍のみの戦力で中国204万人に対し、台湾は17万人。海上・航空戦力でも大きく水を空けられています。
台湾は中国と海を隔てているため、中国としては戦いのキモとなる陸上戦力を台湾に侵攻させ、なおかつ上陸した陸上戦力を維持するために、海上交通路による補給線を維持する必要があります。
これは中国には著しく不利な要素で、この補給の限界が「送りこめる陸上戦力の限界」ですから、中国としても台湾侵攻に使える陸上戦力は全体の一部になります。
■やっぱり台湾単独では勝てない
一般に、民間人が侵攻軍に味方しない敵対的な国の領土を制圧するためには、人口50人あたり1人の兵士が必要といわれるので、人口2300万人以上の台湾に対しては40万~50万人もの陸上戦力が必要です。
中国ならこの戦力を用意することは可能ですが、実際に上陸させ、なおかつ補給を継続するとなると、現実的に送りこめる戦力の数は10万人程度にとどまるでしょう。
台湾は中国に対して少ない戦力で防衛可能ということにはなりますが、それでも戦力差があまりに大きすぎるため、単独で戦った場合の勝ち目は非常に薄くなります。
ちなみに、ウクライナはGDP(国内総生産)比で10倍の差があるロシア相手に、アメリカを中心とする西側諸国の直接的な軍事支援を受けることなく、兵器供与や資金といった一部の支援のみでもちこたえていますが、この“ウクライナモデル”は台湾有事では有効でないと見られています。
1949年当時は独力で中国をはじき返した台湾ですが、現在は戦力差が開きすぎているため、アメリカの軍事介入なくして領土を守ることは難しいのです。
※1949年当時=1949年10月25~27日に発生した、台湾海峡の金門島をめぐる戦いのことを指す。国共内戦に勝利した中華人民共和国(共産党)が台湾に逃げた中華民国(国民党)を追撃したが、わずか2kmの海に阻まれ、上陸部隊がたった3日間の戦闘で壊滅したことで、今に至るまで台湾が金門島を保持している。

■台湾有事における日本の大事な役割
ではもう1つのシナリオ、すなわち「日本の中立化」が、なぜ中国を勝たせてしまうのでしょうか。それは、日本の中立化はアメリカが台湾侵攻に際して軍事介入しないのとほぼイコールだからです。
米軍の本拠地はいうまでもなくアメリカ本土ですが、カリフォルニアのサンディエゴ海軍基地から台湾までは約1万1000kmの距離があり、時速30kmで海を渡ったとしても到着には約2週間かかる計算になります。往復すれば1カ月、もろもろの準備を入れると、もっと時間が必要です。
海上戦力は基地=港に依存するという特徴があります。そして、補給や乗員の休息といった兵站(へいたん)の限界によって、作戦海域で行動できる時間が決まります。
とくに実戦では一瞬にして弾薬が空(から)になるため、その都度、港に戻って再装填(さいそうてん)し、作戦海域にとんぼ返りすることをくり返さなければなりません。米本土と日本、どちらを兵站拠点にすべきかは明白でしょう。
そう聞くと、「いやいや、日本でわざわざやらなくても、台湾で補給すればいいでしょ!」と思うかもしれませんが、台湾はまさに敵の攻撃を受ける前線。そこを兵站拠点にすれば、補給中の脆弱(ぜいじゃく)な状態を狙われます。
■兵站拠点としての日本は絶妙な位置にある
艦艇にしろ、航空機にしろ、基地にいる間は全力を発揮できないので脆(もろ)いのです。おそらくは、乗員に満足な休息をとらせることすら難しいでしょう。

つまり、前線となるのは台湾ですが、この前線を支える後方の兵站拠点が必須であり、それが日本というわけです。
日本は台湾に近いため、往復が容易です。台湾海峡はもっとも狭いところで130kmほどの幅しかありません。
台湾は中国から短距離弾道ミサイルや航空爆撃など、ありとあらゆる攻撃にさらされる可能性がありますが、日本では場所によって違いはあれど、基本的に中距離弾道ミサイルか巡航ミサイルでしか攻撃されることはありません。
これらの攻撃手段は比較的コストが高く、中距離弾道ミサイルだと1発10億円以上しますし、生産にも時間がかかるので数をそろえること自体が困難です。投射される鉄量、すなわち攻撃される規模に大きな違いが出るということです。
このように、中国は兵站の拠点となる日本を攻撃することは可能でも、完全に破壊することは難しいといえます。
日本としては復旧も容易ですし、攻撃箇所を分散させることで一度に全滅するリスクも減らすことができます。
■80年前の教訓
日本はアメリカよりも台湾に近く、台湾よりも中国から遠いため、効率と安全両方を同時に満たす理想的な兵站拠点になれるということです。
逆にいえば、兵站拠点としてアメリカは遠すぎて効率が悪く、台湾は近すぎて危険ということでもあります。
80年前、日本がアメリカと戦ったときのことを思い出していただければわかりやすいでしょう。
太平洋戦争時、米軍は南方から島伝いに日本に迫せまってきました。
米本土、あるいはハワイからであっても、日本と距離がありすぎるために一気に戦力を送りこむことができなかったからです。
日本本土が本格的な空襲を受けるようになったのは、1944年7月のマリアナ諸島陥落後です。ここを拠点にB-29爆撃機が日本の本土を襲いました。
アメリカは味方であった中国に航空基地を設けることもできましたが、当時の中国は日本軍による攻撃を受けていたため安全ではなく、基地に対して補給を行なう手段は空路しかありませんでした。
航空機の輸送力は今も昔も船と比べて圧倒的に劣るので、戦略爆撃のような大規模作戦を行なうには弾薬や燃料などの補給が足りなくなってしまいます。
■重要なのは陸海空の通常戦力とその拠点
しかし、マリアナ諸島からB-29を飛ばせば、日本の主要都市のほとんどが行動半径に収まり(往復可能ということ)、なおかつ海路によってマリアナ諸島の航空基地に十分な補給が可能です。こうして、日本本土への本格的な空襲が始まったのです。
80年後の今ならB-29の行動半径を上回る長射程兵器、たとえば大陸間弾道ミサイルを使えば1万km以上も離れたところも攻撃可能ですが、これはあくまで核攻撃専用です。1発あたりのコストが高すぎるデメリットがあります。
台湾を助けるためには陸・海・空の通常戦力が必要ですから、時代が進み、兵器が進化しても変わりなく兵站拠点は必須です。
今ではグアムにも米軍基地は存在しますが、東アジア最大規模の米軍基地があるのは日本ですし、日本には米海軍の艦艇が入渠(にゅうきょ)可能なドックもあります。
そのほか、沖縄の嘉手納(かでな)基地からは、台湾がF-35などの航空機の行動半径に収まるので直接、航空機の運用を行なうことも可能です。

■最優先すべきは日本の防衛
ここまで見てきたように、日本がいなくとも米軍は台湾に軍事介入を行なうことはできますが、全力を発揮するには日本の協力が不可欠です。
日本の参戦が必要というわけではなく、米軍に全力を発揮させるために、前線の兵站拠点として日本が必須ということです。
ただし、日本は台湾有事に際して、台湾に上陸して中国軍と戦えるような法整備はされていませんし、その能力もありません。
よって、台湾有事で日本がなすべきなのは米軍が全力を発揮できるよう兵站を提供し、その拠点である日本そのものを守り切ること。可能であれば、米軍を支援したり、中国海軍の潜水艦の行動を制限するといったことも行なったほうがよいですが、最優先すべきは日本の防衛です。
この議論は、台湾に防衛の意思=継戦意思があるということが出発点になりますが、台湾にその意思があり、アメリカが軍事介入を行ない、日本がそれを支える限りにおいて、中国が勝利する可能性は低いといえます。

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オオカミ少佐(おおかみしょうさ)

元海上自衛隊幹部、YouTuber

防衛大学校、海上自衛隊幹部候補生学校卒業後、海上自衛隊幹部として勤務。軍事や政治などの難しい話題をわかりやすく、楽しく解説する『オオカミ少佐のニュースチャンネル』を運営。日本をより良い国にするために、有用な情報を発信することを心がけながら動画の制作活動を行ない、人気を集めている。著書に『海上自衛隊 潜水艦 最強ファイル』(小社刊)がある。

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(元海上自衛隊幹部、YouTuber オオカミ少佐)
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