高市早苗首相のいわゆる「台湾有事」発言後、日中両国の対立はいっこうに収まる気配がない。11月25日、トランプ大統領は習近平からの緊急電話を受けた後、高市首相とも話した。
ICU教授のスティーブン・R・ナギさんは「電話会談後の米中の発表内容に両国の温度差や考えの違いが出ていた。習近平がトランプと急いで話したかったのは高市発言とは別の大きな理由がある」という――。
■習近平がトランプと緊急電話会談をした真の意図
2025年11月25日、各国首脳の間で電話が飛び交った。この日は北京の高まる不安が明らかになった一日となった。習近平国家主席がトランプ米大統領に電話をかけた際、両国の発表内容の違いが、その温度差を如実に物語っていたからである。
ワシントンは、ウクライナ情勢、フェンタニル問題、農産物貿易といった実務的な課題を発表した一方、北京は台湾問題を前面に押し出し、習氏は「台湾の中国復帰は戦後国際秩序の核心だ」と主張した。彼はさらに、第2次世界大戦中に中国とアメリカが「共にファシズム(日本)と戦った」と語ったが、当時、共産党が延安に潜伏していた事実には触れなかった。共産党は、抗日戦争(日中戦争)での自らの功績を強調しているが、さまざまな歴史研究者や他国からはその功績は限定的であったという指摘が多い。
では、なぜ習氏はトランプ氏に電話をしたのか。トランプ氏と何を話したかったのか。
習氏はトランプ氏と話したかったわけではなく、国内向けのパフォーマンスを披露したかっただけなのだ。13年にわたる経済の低迷と党内基盤の揺らぎに直面する中、米大統領に台湾問題で「(日本を)説教した」とアピールすることは、失われつつある権威を取り戻すための手段であった。
内政の弱さを外への強硬姿勢で覆い隠すのは、古来より専制君主の常套手段だ。
しかし、習氏の電話の直後にトランプ氏が高市首相に連絡を取った事実は、真の力関係を浮き彫りにした。米中の駆け引きが日米同盟の結束を揺るがすものではないことが明確になったからである。習氏からの接触の後、トランプ氏は即座に日本と連携したのだ。トランプ氏が高市首相に「台湾に対する発言内容の不用意さを注意したのではないか」という日本の政治家や識者の声もあるが、そうではない。
外交評論家の山上信吾氏が警鐘を鳴らした「チャイナマジック」、つまり、ウクライナ・貿易・台湾といった問題で米国にアメをちらつかせ、取り込もうとする北京の戦術が、ここでも顔をのぞかせる。しかし、11月19日、シンガポールのローレンス・ウォン首相が「東南アジアで最も信頼されているのは日本だ」と語ったように、中国は信頼を急速に失いつつあるのだ。
中国が対日偽情報戦に一層力を入れる中、東京はワシントンとの連携を強化し、「チャイナマジック」は失敗に終わった。
■アメリカと日本に対する外交姿勢の違い
高市早苗首相が11月7日、中国による台湾への軍事行動が日本にとって「存立危機事態」になり得ると述べた際、北京の反応は予想通り速攻で反撃をしてきた。中国国営メディアは足並みをそろえて攻撃とフェイクニュースを展開し、経済制裁を発動させ、敵対的な外交を進めた。しかし、過去を振り返ると、アメリカに対して中国は真逆の対応をしてきたのだ。
トランプ大統領が習近平を「独裁者」と呼び、COVID-19を「中国ウイルス」と名付けた時の北京の反応は、抑制的で、むしろ慎重ですらあった。

中国の日本と米国に対する姿勢は、実に非対称である。中山泰秀元外務副大臣は、中国の日本に対する激怒は、東京が何を言うかではなく、北京が何を恐れているかに起因する、と分析している。この中国共産党の過剰な反応は、中国の国内の弱さと不安を露呈している。
愚かな君主と悪賢い家臣が組んで国を乱す様子を表す、中国古代の故事「昏君奸臣(こんくんかんしん)」のように、今日の北京の指導部は国内の汚職や経済停滞から目をそらすために他国を攻撃し、国内で湧き上がる批判を押し潰そうとしているのだ。
中国国内ではどのような批判が巻き起こっているのか――。
■崩れゆく土台
それは、経済の失速だ。GDP成長率は急激に減速している。経済活動の約30%を占める不動産部門は廃墟と化した。「恒大集団」「碧桂園」、そして数十もの中国の不動産開発業者が債務不履行の危機に直面し、数百万人がまだ完成していないマンションを前払いで購入したものの、建設が止まり、住むことも売ることもできない状態に陥っている。地方政府は土地を不動産会社に売って財源を得ていたけど、開発が止まったことでその収入源が絶たれ、財政難に陥っている。
若年失業率は悪化し、北京は21%を超えた後、統計の公表を停止した。
中国のZ世代の間で「寝そべり族(躺平)」という生き方が広まっている。
これは、家を買わず、結婚もせず、子どもも持たず、高額な買い物を避け、最低限だけ働いて、激しい競争社会から距離を置こうとする動きだ。単なる若者の反抗ではなく、社会全体が抱える“文明の疲れ”を映し出すサインでもある。
彼らが「朝9時から夜9時まで、週6日働く」過酷な労働文化(いわゆる996勤務)を拒み、結婚や出産、消費から身を引くとき、それは中国共産党が長年築いてきた「働けば豊かになれる」という社会の約束を揺るがすことになる。彼らは体制を壊そうとする革命家ではない。ただ、未来に希望を見いだせず、静かに疲れ果てた若者たちなのだ。
一方、地方政府債務は100兆元(約2200兆円)と膨張し、その多くは不透明な融資機関に隠されている。習近平は13年間にわたって反腐敗キャンペーンを展開し、470万人以上の官僚を摘発してきたが、それでも汚職はなくなっていない。
この運動は、腐敗を正すというよりも、政敵を排除し、自らの権力を強めるための手段として使われてきた面がある。その結果、官僚たちは「後で問題になるかもしれない」と恐れて、積極的な判断や行動を避けるようになり、政府全体が慎重すぎて動けなくなるという悪循環が生まれている。
これはまさに昏君奸臣による統治ではないか。
気の毒だとは思うが、こうした中国が抱える深刻な問題は完全な国内問題である。
ただ、このような背景の中、高市首相の台湾発言があったのだ。

■台湾という時限爆弾
いま、北京を最も悩ませているのは台湾だろう。国立政治大学選挙研究センターの調査は、1992年から2025年にかけて、台湾人アイデンティティが急上昇し、中国人アイデンティティが崩壊したというデータを発表した。
2025年6月、台湾人口の60%以上が自分のアイデンティティを「台湾人のみ」と認識し、「中国人のみ」と認識する者は3%未満に低下したのだ。「台湾人でもあり中国人でもある」というハイブリッドなアイデンティティでさえ、約30%に減少している。
習近平にとって、これらの数字は自らの失敗を意味する。台湾の平和的吸収は年を追うごとにますます非現実的になっているのだ。
かつて自由で開かれていた香港が、中国の統制下に置かれたことで、台湾の人々は「統一」とは名ばかりで、実際には中国共産党の価値観や政治文化に強制的に同化させられることなのだという見方を強めた。北京は「統一」と呼ぶが、台湾ではそれを「併合」と捉え、自分たちの自由や制度が失われる危機感を抱いている。
北京の安全保障当局は、トランプ政権がイランの核施設に秘密裏に攻撃を実施した際、大きな衝撃を受けた。この作戦は、人民解放軍が匹敵できないアメリカの情報収集能力と攻撃能力を実証した。もし中国が知ることすらなく、アメリカがイランの防衛を突破し、核施設をあれほど簡単に排除できるなら、同盟国日本の全面的支援を得る台湾有事において、人民解放軍にどんな希望があるだろうか。
中国が長年かけて自国に有利なように整えようとしてきた台湾周辺の軍事バランスは、いまだに決定的な優位には至っていない。
台湾海峡は、広大な外洋とは異なり、中国の兵力の多さがそのまま優位につながる場所ではない。この狭く複雑な海域では、アメリカの潜水艦による優勢、同盟国の航空戦力、そして台湾自身の防衛力が組み合わさることで、中国の侵攻を阻止し、場合によっては壊滅的な結果をもたらす可能性がある。
■高市首相という変数
高市首相が台湾有事をめぐって「『存立危機事態』になりうる」と明言したことは、中国にとって懸念材料となっている。実際に、台湾海峡は、日本のエネルギー輸入の約9割が通過する重要な海上ルートであり、中国がここを封鎖すれば、日本経済は大きな打撃を受ける。こういった高市首相の発言は、挑発ではなく、冷徹な現実を語っただけのものだ。
もうひとつの懸念事項は、高市首相が、安倍元首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想を継承し、ASEANやインド、韓国、オーストラリア、カナダなどとの安全保障パートナーシップを強化している点である。これはNATOのような軍事同盟ではないが、複数の連携によって地域の安定性を高める仕組みだ。中国はこうした動きを「包囲網」と見なして強く警戒している。
要するに、中国の指導部は、高市首相を戦略的に手強い存在とみている。日本が国際社会と連携し、台湾の防衛に積極的になれば、中国の「台湾統一」戦略は一層困難になるからだ。日本が断固たる姿勢を貫けば、他国もそれに続くだろう。逆に日本が屈すれば、アジアの他の国々も中国の圧力に屈するというメッセージになりかねない。

これが中国の過剰な反応を引き起こしているのだ。もし中国が日本をはじめとする周辺国を、軍事力で無理やり従わせようとすれば、まるで「スタートレック」に登場する、すべてを同化しようとする悪役ボーグのように見なされるだろう。
では、日本はどうすればよいのか。中国の脅威にうまく抵抗した例を紹介しよう。
■ミドルパワーの知恵、日本の選択
冷戦期のフィンランドは、ソ連の圧力に屈することなく中立を維持し、西側の民主主義制度を守り抜いた。外交でモスクワを巧みに管理しながら、経済では西側と深く結びつくことで、直接対決なしにソ連の侵略にコストを課す「戦略的ヘッジング」を実現した。
日本も、台湾の安全保障に対する明確な立場と、民主主義国との経済連携を強化することで、中国の圧力に対抗するコストを高めることができる。
シンガポールの建国者の父、リー・クアンユーは、都市国家の限界を超える影響力を築いた人物。貿易・金融・外交のハブをつくり、シンガポールをすべての大国にとって不可欠な存在にしたことで、どの勢力も孤立させることができなくなった。
日本も同様に、情報共有・兵站・技術協力・外交調整の中心として、インド太平洋安全保障のハブであり続けるべきだ。
韓国の朴正煕政権は、米国との同盟を活用しながら、輸出主導型の経済モデルを構築し、戦後の貧困から産業大国へと変貌させた。経済力と同盟の信頼性がレバレッジを生むことを示したこのモデルは、複数の国々と日本の間で行われている半導体戦略や防衛産業協力にも通じる。
バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は、独立回復後すぐにNATOとEUへの加盟を進め、ロシアの影響を拒絶した。彼らは、多国間統合が安全保障の不可逆性を生むことを理解していた。モスクワは、ブリュッセルやワシントンと対峙せずにタリンを脅すことはできない。
日本のミニラテラル(3~5カ国など少数の国同士で行う協力や連携)な枠組み(QUAD、AUKUS、日米韓協力)は、中国への過剰依存の防波堤となっている。
■柳のようにしなやかに
日本は中国の規模に恐れる必要はない。「柳に雪折れなし」姿勢で進むべきだ。硬直した木は折れるが、柔軟な柳はしなって跳ね返る。賢明なパートナーシップ、明確なメッセージ、戦略的柔軟性を通じて、日本は圧力に耐え、より強くなる。同盟という根とパートナーシップという枝をうまく使えれば、大国にも屈する必要がないのを忘れてはいけない。

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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授

東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。

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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)
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