男女平等な社会は実現できるのか。オランダ・フローニンゲン大学助教授の田中世紀さんは「男女平等を実現する途中が、最も反発が生まれやすいのかもしれない。
特に、男性優位の恩恵を受けていない若い男性は、女性優遇策に不満を持つ可能性が高い」という――。(第2回)
※本稿は、田中世紀『なぜ男女格差はなくならないのか』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。
■優遇策には必ず「もれ」が出る
男女平等をめぐる対立について、具体例を使ってもう少し掘り下げてみたい。日本で女性の役員・管理職を増やすという試みがある。これを例にとってみよう。
下の図が示すとおり、女性役員の数は急速に増えてきている。ただし、急速に増えてきたとはいえ、もともと日本における女性役員の数は他の先進国に比べて少なかった。そのような背景を踏まえると、女性役員枠、女性管理職枠を設けて男女の格差を是正することに反発する人は本当にいるのだろうかと疑問に思う人もいるかもしれない。
しかし、そもそも誰かを優遇するということは、優遇措置からもれてしまう人が出てくるということでもある。そうした人々からの不公平感や反発が出てきてしまうのは、論理的にもわかりやすい。
■女性優遇策の敗者は若い男性
たとえば、女性管理職の増加が優遇措置によって実現した場合、本来そのポジションを獲得できたかもしれない男性の不満が高まる可能性がある。そのような男性にとって、優遇措置は「他人にとっての正義」として映り、自分自身にとっての正義とは感じられないかもしれない。
社会全体で女性への優遇策を推進しようとした場合、これまで格差の便益を得てきた年配の男性にとっても、自分たちの慣れたやり方や既得権益を簡単に手放すことは難しく感じられるだろう。
そして、これからの社会を考えるとき、それ以上に重要なのは、若い世代の反応かもしれない。
特に若い男性の中には、自身が成長する過程で優遇策の影響を直接受けることで、優遇策の「敗者」としての立場を経験する人がこれからますます多くなることが予想される。大学入試や就職、昇進などの競争の場面で、ポストに限りがある場合、彼らの目には、この社会は「女性が常に優遇される社会」として映るだろう。
男性優位な社会が長く続き、女性が不当に扱われてきた歴史を踏まえれば、「男性は少し我慢するべきだ」という主張もあるだろう。しかし、男性優位社会の恩恵や影響をあまり経験していない若い世代の男性にとっては、特に優遇策が長期にわたって続く場合、このような主張を支持することは難しく、反発が強まるかもしれない。
■「男性こそが悪」への反発
優遇策に対する反発は、男女平等を支持している層から生じる可能性もある。
セクハラ防止研修の研究でよく指摘されることだが、すでに正しい行動を取っていると思っている人々に対して強制的・過度な施策が行われると、逆に反発や抵抗感が高まり、問題行動が増加する恐れがある。ハラスメントをなくそうと社員に講習や研修を義務化する企業はDEI政策への関心の高まりから増えているが、そうした試みが逆効果になることもあるのである。
というのも、セクハラ研修をはじめとする「女性を守ろう」という政策にはしばしば「男性こそが悪」であり、「男性(優位社会)には何か対策が必要だ」というメッセージが込められているからである。それが男性にとっては自分への攻撃と映ってしまう。このようなメッセージを受けた男性は、たとえ男女平等は良いことと思っていても、反射的に防衛反応を示し、女性、特に女性優遇策へのイメージを悪化させてしまう。

人気コメディドラマ『ジ・オフィス』のアメリカ版(原作はイギリス)に、「セクハラ講習」というエピソードがあるが、そこでも主演のスティーヴ・カレルをはじめとする男性社員による抵抗が喜劇的に描かれている。自分たち男性への批判に嫌悪感を抱きながら、「一日中気を使って話せと言うのか? 勘弁してくれ」とスティーヴ・カレルは言う。この言葉が示すとおり、女性を尊重はするけれども、「古き良き習慣」は変えたくないという人も多いだろう。
■行き過ぎた優遇は分断を生む
このように優遇策はどうしても、支持する人と反対する人を作りだしてしまう。特に優遇措置がいきすぎた形で取られると、社会全体で年齢層を超えて男女の分断を招くことになりかねない。実際、お隣の韓国では、極端な女性優遇策が進められた結果、特に若い男性を中心に女性への反感が強まっている。
2024年春、韓国の共同研究者と、日韓で男女に対する意識がどのように違うのかについて、日本人の1108人と韓国人の1232人を対象として世論調査を行った。
その調査の中に、「異性が自分より経済的に良い生活を送っているのを見たらどう思いますか?」という質問があったのだが、これに「気分が悪い」と答えた日本人男性は7%ほどであった。この結果を額面どおりに受け取るならば、日本ではまだ男性からの大規模な反発、対立は生じていないように見える。ちなみに、ほとんどの日本人女性は(約97%)、男性の方が良い生活を送っても「気分が悪くないか、どうも思わない」と答えていた。
■韓国では高学歴男性の不満が爆発
これに対し、男性による女性への反発が強まっている韓国では、日本の約2倍もの男性が「女性が自分より経済的に良い生活を送っているのを見たら気分が悪い」と答えていた。そして面白いことに、大学を卒業した韓国人男性の方が、このような嫉妬を感じる傾向が強かった。

これは最近の研究結果とも整合的であり、韓国人男性、特に高学歴の男性の間で、経済的な苦境を背景に女性優遇策に不満が高まっていて、「女性をこれ以上優遇する必要はない」「男性の方が差別を受けている」という意識が強くなっているようだ。また、韓国は徴兵制を採用しているが、上記の意識と並行して「女性も兵役に就くべきだ」「男性だけ兵役を課されるのは不公平だ」という不満も高まっている。
日本でも、経済的な苦境が長引き、女性の社会進出がこのまま急速に進んでいくと韓国に似た状況が生まれるかもしれない。
■生活が悪くなっているのは女性のせい?
実際、内閣府の「国民生活に関する世論調査」に「あなたは、全体として、現在の生活にどの程度満足していますか」という質問があるが、「現在の生活に不満だ」と答えている日本人は年々増えている傾向にある。
そして、男女でその割合を比べたとき、男性の方が「現在の生活に不満だ」と答えている人が多い。データを見ると、どの時代でも女性よりも男性の方が不満を持っていることがわかるが、近年の男性の不満の高まりに鑑みると、韓国の事例と同様に、生活への不満の蓄積と女性の急速な社会進出が同時に起こった場合、「生活が悪くなっているのは女性のせいだ」と、不満がスケープゴートとして女性に向けられるようになる可能性はあるだろう(下図)*1。
前述の私の日韓世論調査でも「あなたの生活は4年前と比べてより豊かになりましたか?」という質問に「全くそう思わない」「あまりそう思わない」と答えた日本人男性は女性を上回った。男性の方が女性よりも、生活レベルが悪化したと答えていたのである。
また、社会の長期的な流動性をはかる質問として「30年前の平均的な日本人男性と同じような生活水準を得るためには、もっと働く必要があると思いますか?」と聞いたが、「そう思う」と答えた日本人男性の方が「そう思わない」と答えた人より多かった。日本人男性の多くが、4年前だけではなく、男性が絶対優位を保っていた30年前よりも「男性の暮らしぶりは悪くなった」と思っていることになる。
*1)データはhttps://survey.gov-online.go.jp/jikeiretsu/j-index.htmlを参照。時系列データを使用しているが、比較可能性についてはいくつかの注意点がある。
たとえば、2015年以前の調査は20歳以上を対象としている一方、2016年調査から調査対象者の年齢を18歳以上に引き下げている。また、2019年以前の調査では個別面接聴取法を用いていたが、2021年調査から郵送法で実施している。図は、バンド幅を0.4にしてデータ間の関係を平滑化している。
■産業構造転換の勝者は女性
ちなみに、ここまで女性枠に対する社会の反発の話をしてきたが、女性の社会進出は、女性枠だけによるものではない点には注意が必要である。
女性の教育水準は、過去数十年で急速に向上しており、そのペースは男性を上回っている。たとえば、1990年には女性の大学進学率はわずか15%ほどだったが、2023年には55%にまで上昇した。一方で、1990年時点で男性の大学進学率はすでに33%程度であり、上昇率は女性ほどではない。
また、産業構造の転換により、サービス産業が拡大し、大学などで知識や技術を手にした女性たちの就業機会が増大することとなった。結果として、「相対的に見ると」男性の就業率や収入が横ばいであるのに対し、女性の就業率や収入は増加している。このことから「産業構造の転換の勝者は女性だ」という指摘すら聞かれる。
男性優位社会の歴史を顧みずにあえて「現状だけを切り取って」考えてみると、「女性は急速に社会進出を果たし、これからの社会でますます成功を勝ち取っていく」ように見えるだろう。他方で、一部の成功者をのぞいて、男性の多くは、自分たちが「オワコン」として見られている、あるいはそのような被害者意識が強くなっている――だとすると、もうすでに男性は被害者なのに、なぜさらに女性枠が必要なのかと不満を感じる男性は多いかもしれない。

■日本でも反発の温床が育っている
このような現状に鑑みると、社会が女性優位になった「後」に、(特に社会的弱者となった男性から)反発が生まれるのではなく、男性優位社会から男女平等を実現する「途中」において、最も反発が生まれやすいのかもしれない。変革が進む中で、既得権益を持った人々がその変化に対して抵抗するという構図に近いだろう。
日本では特に、男女平等が実現していないにもかかわらず、女性への反発が強まる「温床」が徐々に形成されつつあるように見える。一部の政治家やインフルエンサーが「男性の立場が危うくなっている」と「将来の不安」を煽(あお)ることでも、この反発は助長されるかもしれない。
この過渡期における摩擦が、社会の分断を深める可能性がある以上、いかにこの摩擦を少なくしていけるかがこれからの日本社会の課題となりそうだ。

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田中 世紀(たなか・せいき)

オランダ王国フローニンゲン大学助教授

1982年、島根県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は政治学・国際関係論。著書に『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』(講談社)。主な論文に、“What Explains Low Female Political Representation? Evidence from Survey Experiments in Japan”(共著、Politics & Gender)など。

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(オランダ王国フローニンゲン大学助教授 田中 世紀)
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