かつてマクドナルドやペプシコーラというアメリカを代表する企業が商品開発で大失敗したことがある。経営コンサルタントの平野敦士カールさんは「記憶に残り、話題になる商品でも食べたい、買いたい、飲みたいというポジティブな感情・行動には至らなかったのには科学的な理由がある」という――。

※本稿は、平野 敦士カール監修『すぐに使えるビジネス教養 マーケティング』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■白いコーラが売れない理由
大きな注目を集めながらも早々に姿を消した商品があります。それが、1990年代に登場した「透明なコーラ」です。味や品質には問題がなかったにもかかわらず、なぜ売れなかったのでしょうか?
KEYWORD→スキーマ

「新しさ」が理解されないという壁
1992年、ペプシ社が発売した「Crystal Pepsi(透明なコーラ)」は、当初大きな話題を集めたものの、わずか1年で市場から姿を消しました。
この失敗の背景にあったのは、消費者にとって「革新が理解不能だった」という点です。
マーケティングでは、従来にない製品を「革新的新製品」と呼びますが、こうした商品は特徴や利点が伝わりづらく、費用対効果の判断が難しくなります。
透明なコーラも、「透明であること」が消費者にとってどんな意味を持つのかが明確に伝わらなかったため、戸惑いが先に立ちました。味は従来のコーラに近くても、「色のないコーラ」に価値を感じる根拠が見えづらかったのです。
結果的に、「これは誰のための商品なのか?」という基本的な問いに明確な答えがないまま、消費者の関心はすぐに離れていきました。新しさは、それが「なぜ必要か」まで説明されて初めて理解され、受け入れられるのです。
刺激とスキーマの「不一致」が混乱を生む
人は新しい情報を処理するとき、既存の知識や経験をベースに判断します。
この枠組みは「スキーマ」と呼ばれ、「コーラ=黒くて甘い炭酸飲料」という認識もその一つです。
しかし透明なコーラは、このスキーマと根本的に食い違っており、認知的混乱を引き起こしてしまいます。
心理学ではこうした状況を「スキーマ不一致」といい、注意を引きやすい反面、受け入れにくさも生み出します。透明なコーラは、「見た目は水なのに味はコーラ」という感覚のねじれによって、多くの消費者に「何かおかしい」「なじめない」という印象を与えてしまいました。
その結果、脳はその刺激を処理するのをやめ、違和感の記憶だけが残ることになります。製品としては認知されたにもかかわらず、「買いたい」と思わせるポジティブな理解に結びつかなかったのです。これは、注目を集めたとしても、意味づけに失敗すれば商品は選ばれないという典型例だといえるでしょう。
記憶に残っても「買いたくならない」
広告や製品のデザインは、しばしば「目立つ」ことを狙って作られます。しかし、それがスキーマとあまりにもかけ離れていると、消費者の注意を引くことはできても購買には結びつきません。
透明なコーラもまさにそうした失敗の象徴でした。
奇抜な外見によって話題にはなったものの、「なぜその姿なのか」という必然性が伝わらなかったのです。人は、理解できないものには心理的に距離を取りがちであり、購買判断も保守的になります。
特に飲料のような日常的商品では、理解と安心が重視されるため、違和感のある商品は敬遠されがちです。
透明なコーラは記憶には残りましたが、「買いたい」「飲んでみたい」というポジティブな感情には至らなかった。
見た目のインパクトだけでなく、「なぜこの形にしたのか」を納得させる設計がなければ、革新は受け入れられないのです。
■ヘルシーな「マクドナルド」失敗の理由
かつてマクドナルドは、健康志向に応えるべくヘルシーメニューを導入したものの、結果は思わしくありませんでした。なぜ「求められた商品」が売れなかったのでしょうか?
KEYWORD→意思決定

アンケート結果を信じすぎた戦略ミス
かつてマクドナルドは、健康志向の高まりに応える形で、サラダやフルーツヨーグルトなどのいわゆる「ヘルシーメニュー」を導入しました。その背景には、「もっと野菜を摂りたい」「健康的な選択肢を増やしてほしい」といった、消費者アンケートの回答結果がありました。
こうしたメニューの導入は、一見すると、企業としては顧客ニーズに基づいた正しい判断に見えます。しかし、フタを開けてみると、これらの商品はあまり売れず、結果的に定番メニューの売上に遠く及ばないまま姿を消してしまったのです。
ここに潜んでいたのは、人間の「言っていること」と「実際に選ぶもの」との乖離です。人は質問されれば理性的に答えようとしますが、実際の購買行動では、直感や欲望に従うことがほとんどです。つまり、アンケートという「理性の声」を信じすぎたことが、マクドナルドの誤算だったのです。
人は合理的には答えるが、非合理に行動する
行動経済学では、私たちの意思決定には「システム1(直感的思考)」と「システム2(論理的思考)」という2つのモードがあるとされます。アンケートに答える場面では、多くの人がシステム2を使って、「正しそうなこと」「理想的なこと」を語ります。

だからこそ、「もっとサラダがほしい」といった声が上がるのです。しかし、実際にマクドナルドへ行くときには、急いでいたり、空腹だったり、ストレスを感じていたりと、非合理な条件がそろっています。
そんな場面で発動するのは、圧倒的にシステム1。脳はなるべく早く高カロリーで満足感の高いものを求め、理性的な判断は後回しになります。
その結果、手に取るのはバーガーやポテト。ヘルシーな選択肢は、気づかないうちに選択肢から外されてしまうのです。マクドナルドの失敗は、顧客の「日常の脳」を見誤ったことにあります。
「言っていること」より「していること」を見る
行動経済学の重要な示唆は、「人は自分の行動を説明するのが苦手」という点にあります。アンケートでの回答やインタビューの声は、あくまで「自分がそうでありたい」という願望の表れに過ぎないことも多いのです。
マクドナルドのようなファストフード店においては、購買の多くが衝動的であり、無意識の判断に依存しています。例えば、カウンター前で目に入ったメニュー、匂い、列の動き――。そういった外部の要素が消費者の選択を左右しているのです。
このような場面では、「実際に消費者がどう行動しているか」を観察することこそが真のインサイトにつながります。消費者の発言を信じすぎるのではなく、リアルな行動データと向き合う姿勢が、次の打ち手を誤らないための鍵となるのです。

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平野 敦士カール(ひらの・あつし・かーる)

経営コンサルタント

カール経営塾塾長、ネットストラテジー代表取締役社長。米国イリノイ州生まれ。麻布中学・高校卒業、東京大学経済学部卒業。日本興業銀行、NTTドコモを経て現職。ハーバードビジネススクール招待講師、早稲田大学ビジネススクール(MBA)非常勤講師、BBT大学教授を歴任。上場企業をはじめ、多くの企業のアドバイザーを務めている。米国・中国・韓国・シンガポールほか海外での講演多数。著書に『プラットフォーム戦略』(共著、東洋経済新報社)、『ビジネスモデル超入門!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『カール教授のビジネス集中講義』シリーズ「経営戦略」「ビジネスモデル」「マーケティング」「金融・ファイナンス」(以上、朝日新聞出版)、監修本に10万部を突破した『大学4年間の経営学見るだけノート』(宝島社)と『大学4年間のマーケティング見るだけノート』(宝島社)、『世界&日本の販売戦略がイラストでわかる 最新マーケティング図鑑』など40冊超がある。また、著書は韓国台湾中国タイなど、海外でも翻訳出版されている。

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(経営コンサルタント 平野 敦士カール)
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