■「おこめ券」の12%はJA・全米販のマージン
コメ券は鈴木憲和農水大臣が就任直後に打ち上げた政策である。
農水省の事務方で検討された政策ではなく、同大臣独自の発案のようだ。かれの選挙区は山形県で、同県のJA農協会長はおコメ券を発行するJA全農の会長を兼ねている。同大臣はJA全農会長との親密な関係を公言している。
しかも、額面500円のコメ券では440円分のコメしか買えず、12%に相当する60円は印刷代や流通経費を含め、おコメ券を発行するJA全農や全国米穀販売事業共済協同組合(全米販)のマージンになるという。
高市政権は補正予算案で自治体が自由に使える「重点支援地方交付金」2兆円を計上し、4000億円分をおこめ券などの活用を促す特別枠とした。仮に政府がコメ券の交付に4000億円支出すると、そのうち480億円は発行元に落ちることになる。
大臣とJA全農会長の間に、なにかきな臭い関係を感じないだろうか?
それだけではない。コメ券はJA全農による高いコメ価格操作を助けるものだということである。
■コメは史上最高のバブル価格
現在、JA農協は、通常であれば玄米60キログラム当たり1万5000円だった農家への概算金を3万円から3万4000円まで引き上げている。昨年他の集荷業者が農家に高い米価を提示したためJA農協の集荷率が落ちたためというが、それにしても異常である。
これにJA農協はマージンを加えて卸売業者に3万7000円で販売している。26%の減産となった平成のコメ騒動の時ですら2万4000円程度だったことからすれば、史上最高のバブル価格である。この価格で仕入れている卸売業者は、スーパー等に安く販売すると赤字になってしまうので、小売価格も下がらない。それどころか、高止まり、微増である。
■増産なのに価格が上がり続けるワケ
他方で、今年産のコメは前年にくらべ63万トン、約1割も増加している。
通常なら生産量が増えて米価が下がるはずなのに、むしろ上昇している。なぜ、こうした事態が生じるのか? それは生産が増えても、JA農協によって供給が制限されているからである。コメ供給の大半を占めるJA農協が市場への供給を少なくすれば、高い米価を維持できる。その結果、JA農協の在庫は増える。逆に言うと、JA農協は在庫量を増やすことによって、市場での供給量を制限しているのだ。
図表1は、JA農協と大手卸売業者の民間在庫(そのほとんどはJA農協)の推移である。今年産米の供給が始まった9月に在庫が増加しているのがわかる。
■積み上がった在庫がJAの負担になっている
JA農協には米価を高く維持しなければならない事情がある。
今農家が受け取っている概算金は、あくまで仮渡金である。実際にJA農協が卸売業者に販売する価格(相対価格)が変動すれば、その価格は調整される。相対価格が高くなれば、農家は追加払いを受ける。このときは、問題ない。
しかし、低くなれば、JA農協は農家から価格低下分を取り戻すことになる。これは農家に不評となる。かつてこのような事態が起きたとき、農家は翌年からしばらくJA農協に出荷しなくなったことがあった。これを避けるためには、JA農協は相対価格を下げられない。これは、翌年産米が供給される来年秋まで続く。
JA農協は相対価格を維持するため、在庫調整を行う。しかし、JA農協も無制限に在庫を増やすわけにはいかない。在庫増には金利や倉庫料などの負担がかさむからだ。
■農水省によるJA救済策
そこでJA農協を救済するのが、農水省である。
100万トンほどあった備蓄米を既に70万トン放出している。残った30万トンも4年古米と5年古米なので食用には向けられない。家畜のエサ用に処分する寸前である。つまり望ましい備蓄水準である100万トンを回復するという名目で、農水省が100万トンを市場から買い入れ隔離すれば、60万トン生産が増えたとしても市場での供給量を制限できる。
同時にJA農協は100万トン分の在庫を減少できる。つまり、農水省がJA農協の在庫を買い上げてくれると同様の効果を実現できる。これを織り込んで、JA農協は高い概算金を農家に払い、史上最高値の米価(相対価格)を実現しているのだ。
■異常な高値が招いた「コメ離れ」
ところが、異常なコメの値段で、コメの消費が大きく減少している。
さらに、通常では輸入できないほどの高関税を乗り越えてカリフォルニア等から輸入が急増している。国産米の需要が減少し、来年9月の端境期に向けて想定以上にJA農協の在庫が積み上がる可能性がある。農水省は26年産の減反を30万トンほど強化すると言うが、来年9月米価は暴落するおそれがある。
そこで目を付けたのがコメ券である。
しかも本来コメ券の発給は自治体に任せているはずなのに、本来は期限無制限のコメ券に使用期限を設定すると農水省は言い出した。ひとり3000円のコメ券を交付し、7割引きの価格で5キロのコメを消費させれば、50万トンほどの特需を生み出すことができる。
つまりJA農協の在庫が、その分減少するということである。使用期限の設定は、在庫が積み上がった今、消費者に使わせようという意図からだろう。コメ券は、JA農協、なかでもJA山形県会長が会長を務めるJA全農の救済策なのである。
■自治体からの反発の声が上がっている
しかし、農水省にとっても意外だったのは、コメ券の発給を丸投げされた自治体から反発を受けたことである。
大阪府交野市の山本景市長は、券を配ることでその分経費が掛かり、物価高騰対策には不適切だとして反発して、配布拒否を名言している。
ほかにもかなりの自治体が、事務手続きの負担などから、コメ券を発給しない、代わりに現金給付や食品券を交付するなどの対応を決めている。本来価格政策というものは、全国一律に決めるべきものであって、自治体に任せるべきものではない。どの自治体に属するかによって、実際に負担する価格がまちまちになるからである。
コメの値段が上がったのなら、関税の削減による輸入の増加、減反の緩和・廃止による国産米の生産増加などによる価格引き下げで対応すべきである。それをJA農協の利益のために高い米価を維持して、コメ券の発給で消費者を騙そうとした。
今一人年間50キログラムを消費し、4万3000円のコメ代金を払っている消費者にとって、3000円のコメ券は焼け石に水としか言いようがない。
昨年コメが不足していないと言い張った農水省のさらなる不手際である。国民全体や消費者を考慮しないで、既得権益だけを考えて行ってきた農政のツケが来ている。それでも農水省は責任を取ろうとしない。被害を受けるのは国民・消費者である。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)

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