※本稿は、森生明『会社の値段[新版]』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■顧客重視こそが日本流の企業価値
買収提案を受けた日本企業がそれを拒絶する理由として「長期的な企業価値の向上に資するか」を主張する時、以前は社員・取引先というステークホルダーの雇用・取引維持が挙げられました。しかしながら、失われた30年の間に終身雇用や年功序列は崩れ、実質賃金を上げられない時代になり、社員や取引先というステークホルダーの利益を「会社が守るべき」という主張は通用しなくなりました。
失われた30年の間に、それと入れ替わる形でステークホルダーの中核を占める立場になったのは「顧客」なのではないか? 学術的に検証された分析ではない私自身の印象論ではありますが、日米の企業姿勢の違いから紐解きます。自由競争の世界は昔から弱肉強食。強者である企業が、弱者である消費者顧客から容赦無く収奪するという世の中をどうしても生み出します。
通常のモノやサービスの売買において、値段は需要と供給により決まるものですから、高く売れるものをわざわざ安く売るのは株主利益の最大化の観点からは悪い経営です。ただし強者による収奪が行き過ぎる場合は独占禁止法などで規制する。これが新自由主義的資本主義の基本スタンスです。
これに対して日本企業の多くは、昔から、近江商人の「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」に代表されるとおり、利益を上げることに節度を持ち、長期的な信用と社会貢献を重視してきました。
■「お客様は神様」がもたらしたデフレ経済
その姿勢は「顧客を大切にする」から「お客様は神様」になり、バブル崩壊以降も「値上げは悪」という同調圧力を長く植え付け、デフレ経済と実質賃金の伸びに低迷をもたらしてしまいました。
国のいきすぎた新自由主義、株主利益の最大化をめざす経営の極端な象徴がマーティン・シュクレリというヘッジファンドのマネージャー、2015年のフォーブズ誌で「米国で最も憎まれている男」として取り上げられた人物です。
彼は特許切れなのに競合ジェネリック品が出ていない薬の販売権を買取り、薬価の法外な値上げをするという手法で巨額の利益を上げました。法規制の隙間に目をつけ、独占的地位から「経済的レント(超過利潤)」を得る行為です。
他に選択肢がない患者の弱みにつけ込むやり方への社会の批判に対し、シュクレリは「私の仕事は病気の患者を良くすることではなく、お金を稼ぐことです」「株主は私が利益を出すことを期待しています。醜く、汚くとも、それが真実です。利益を最大にするというのは、医薬業界の人間が怖くて言えないことです」と言い切りました。さすがに彼のやりかたは問題視され、結局、証券詐欺の罪で逮捕され禁錮7年の有罪判決を受けましたが、その罪は弱者顧客から搾取した罪ではありません。
■トヨタもユニクロもニトリも安すぎる
政治評論家ロバート・B・ライシュが「シュクレリが犯した間違いは、他の多くの人たちがウォール街や社内の重役室で気付かれないようにやっているのと同じことを堂々とやってしまったことだ」とコメントしたとおり、この事件は、ウォール街の金融プロフェッショナルと巨大上場会社経営陣の強欲的一面の代表事例として、行き過ぎた株主至上主義への批判者がよく引き合いに出します。
これと正反対なのが日本の優良企業、サラリーマン機関投資家、従業員という、良き日本人です。高い値段をつけても十分売れる商品を「お買い得価格」で売り、短期的なサヤ抜きで儲けるのは邪道とアクティビスト投資家を忌み嫌い、実質賃金が上がらなくても手を抜かず誠実実直に会社のために働く、これがバブル崩壊以降30年の日本を覆ってきたスタイルでした。
デフレ時代の日本で輝いている、消費者に近い身近な企業として、携帯電話のソフトバンク、衣料品のファーストリテイリング(ユニクロ)、家具のニトリ、などが思い浮かびますがこれらは皆、いい品・サービスを「バリュー価格」で提供して成功した企業、デフレ経済の申し子です。
トヨタの車もコンビニエンス・ストアというサービス業態も、日本企業のウリは「品質が良く信頼性が高い割に値段が安い」です。
■高品質すぎる日本の限界
日本は「お客様を困らせる値上げは悪」という横並び・同調圧力のおかげで、会社社員かつ消費者でもある多くの日本国民の実質賃金が上がらない時代にも、消費者余剰と政府補助金給付で、そこそこの豊かさを失わずに30年過ごせ、米国ほど格差が酷くない社会を作ってきました。
ACT(アリマンタシォン・クシュタール、以下ACT)より質の高い小売サービス業モデルを作れている(これはACT自身が認めています)セブンが日本の株式市場でEBITDA倍率7倍程度にしか評価されず、ACTが米国株式市場で10倍以上に評価されている理由は、セブンの利益率がさほど高くない中、日本のコンビニ市場が飽和して成長性が低いためです。
利益率の低さの要因の一つは、セブンがシュクレリのように「株主投資家のために利益を上げる」ことに貪欲でなく、顧客に大きな消費者余剰を提供しているからなのかもしれません。市場成長性の問題には、セブン、ローソン、ファミリーマートといった大手競合との激烈なシェア争いがあります。業界トップ企業だけにおいしい汁を吸わせないように、利益(=株主投資家の取り分)を削り戦う世界、つまり先行トップ企業といえども、享受できる「レント」余地が少ない飽和状態の業界であるという点が、米国市場との違いとして大きいのでしょう。
■価格転嫁できないから賃金が上がらない
日本企業が顧客に提供しがちなこれらの「お得感」は経済用語で「消費者余剰」と呼ばれます。消費者が支払ってもよいと思う価格(限界支払意思)と実際に支払った価格との差のことです。この価値はGDPなどの経済指標に反映されない「豊かさ(経済用語では厚生、welfare)」です。
ちなみに生産者が「この価格なら作ってもいい」と考えた最低価格よりも高く売れた分の「儲け」が「生産者余剰」で、こちらはGDPなどの経済指標に表れます。費用が労働者に支払う賃金だとすると、実質賃金を上げず、販売価格も上げず、いい製品・サービスを割安価格で提供し、結果として、GDPの経済成長が低い割に、消費者余剰の存在によって厚生(短期的な生活水準という意味での)が支えられてきた。
これが日本の縮小均衡的な失われた30年の一側面だと言えます。
レントという経済用語はもともと「地代(家賃)」ですが、市場構造の歪み(独占・特許・規制)や既得権益や政治的保護による特権的な儲けを指します。情報アクセスという希少資源や高速回線・アルゴリズムという技術的優位から得る超過利潤は「情報レント(information rent)」と呼ばれます。
■米テック株が爆伸びしているワケ
自由競争の社会では、超過利潤はすぐに競合が現れ消滅しますが、デジタル・テクノロジーがもたらす情報レントは規模拡大の限界費用が少なく、勝者の総取り的で、競争による利益侵食が起こりにくい、という特徴があります。消費者余剰とレントは、金額としてどこにどういう形で表れるのでしょうか。
消費者余剰はGDPなどの経済指標には表れない一方で、競争的な市場環境では価格水準の低さやサービスの充実といった形で体感的に可視化されやすいといえます。一方、レントは企業利益として株主利益となり、その超過利潤がイノベーションや技術進歩に再投資され、将来配当や株価上昇といった資本所得の形で金融市場に反映されやすいという特徴があります。
日本の低い経済成長率やデフレの理由、米国で情報レントを享受しているテック企業の株価が爆上がりしている理由、もこれである程度説明できるのかもしれません。消費者余剰が大きく格差の小さい日本社会は、足元の「厚生(welfare)=人々の幸福度や満足度」を高めてはいますが、同時に多くの日本企業が低コスト労働力を使って生み出した超過利潤を内部留保して非事業資産に積み上げてしまいました。その結果、超過利潤レントを次なるリスク投資に振り向けるテクノロジー企業が牽引する米国経済に比べ、日本の諸産業の国際競争力がじわじわと弱まり、株式市場が低迷し、長期的な社会厚生を最大化しきれず、30年を過ごしてしまったともいえます。
■昭和の成功体験に縛られるテレビ業界
テレビ・インターネットのメディア業界は、視聴者・ユーザーに無料サービスという消費者余剰を広く提供しつつ、同時に、制度・規制やネットワーク外部性に基づく情報レントを享受でき得るというやや特殊な業界です。
この視点で日本の地上波テレビ放送業界を眺めると、日本企業が、規制業種レントの超過利潤で不動産資産を蓄え、無料放送で大衆に消費者余剰を提供してきた古き良き昭和の事業スタイルを、バブル崩壊後も変革せずに時代変化を乗り切ろうとしているうちに、米国企業は、情報レントの超過利潤をテクノロジー・IP(Intellectual Property、版権・著作権などの知的財産権)投資に振り向けてメディア業界の構造そのものを進化させた結果、両者に大きな差が生まれてしまった、ということになります。
政府規制が緩く業界を跨いだ業界再編が自由にできる米国企業ディズニーと、放送免許制の下、政府(総務省)の監督下に置かれているフジを同じ土俵で論じるのは酷ではあります。しかし、時代の変化を読めず、制度に守られ、過去の遺産にしがみついて延命しようとするような経営者は退場し、米国のように通信・ネットやエンターテイメント業界を含めた業界再編を促進すべし、これがファンドの言い分なのでしょう。
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森生 明(もりお・あきら)
経営コンサルタント
1959年大阪府生まれ。京都大学法学部、ハーバード・ロースクール卒。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)、ゴールドマン・サックス証券にてM&A(企業買収)アドバイザー業務に従事。その後、米国上場メーカーのアジア事業開発担当副社長、日本企業の経営企画・IR担当を経て、1999年独立。現在はグロービス経営大学院や法人研修で講師を務める。著書に『MBAバリュエーション』(日経BP社)『バリュエーションの教科書』(東洋経済新報社)『会社の値段[新版]』(ちくま新書)がある。NHKドラマおよび映画「ハゲタカ」の監修を担当。
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(経営コンサルタント 森生 明)

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