2026年1月、性犯罪で有罪となった富豪ジェフリー・エプスタイン氏に関する300万ページ以上の「エプスタイン文書」が追加公開された。ジャーナリスト小林雅一さんの著書『エプスタイン文書の衝撃』(宝島社新書)より、この文書によって失脚した権力者を紹介する――。

■「ハーバード史上最年少」の記録を持つ天才
エプスタインを巡る元アメリカ財務長官ローレンス(ラリー)・サマーズの劇的な転落劇は、米国でもエリート中のエリートが自らの並外れた知性が生み出す驕(おご)りと傲慢さ故に、稀代(きだい)の性犯罪者に取り込まれていった典型例と言える。
サマーズは1954年11月、米コネティカット州の学園都市ニューヘイヴンに生まれた(この町にはアイヴィースクールの名門イェール大学がある)。両親とも経済学者で、しかも叔父2人がノーベル経済学賞受賞者という「学界のスーパー・サラブレッド」である。
弱冠28歳でハーバード大学の終身教授に就任したが、これは当時史上最年少であった。その後、クリントン政権で財務長官、オバマ政権で国家経済会議(NEC)議長を歴任し、2001年にはハーバード大学の学長に就任した。比較的最近では、世界的なAI(人工知能)開発企業OpenAIの取締役にも就任している。
圧倒的な知能を誇る一方、傲慢で辛辣な言動でも有名だった。ハーバード大学・学長の時代には、「男女の理数系の能力差」に関する発言で大炎上し、不信任決議を受けて辞任に追い込まれた。
■元財務長官がエプスタインに近づいた理由
エプスタインとの接触・関係が始まったのは2000年代初頭と見られる。エプスタインは当時ハーバード大学の学長だったサマーズに「科学への理解がある慈善家」を装って接近し、彼の知的功績を褒めたたえて取り入った。
エプスタインはハーバード大学やサマーズ自身、さらに彼の妻の研究プロジェクトに巨額の献金をした。一方、エプスタインが主宰する知的なサロンには政財界の重鎮が出席し、サマーズにとっても権力を確保するための情報交換の場であった。

世論やメディアがサマーズに対して憤っている理由は、エプスタインが2008年に(軽い罪ながらも)性犯罪で有罪となった後もこの男との関係を絶たなかったことだ(もちろん、この点はサマーズのみならず、エプスタインと関わった大多数の権力者・著名人についても言えるが)。
しかし2017年以降、小出しに開示されていくエプスタイン文書によってサマーズは徐々に追い込まれていく。
■ハーバードが最後の砦だったが…
2019年にエプスタインがニューヨークで逮捕された後、ロリータ・エクスプレスのフライト・ログ(搭乗者記録)にサマーズの名前があることが判明したが、このときは「単なる知り合い」で乗り切ることができた。
しかし2023年11月には、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙がエプスタインの有罪確定後の2011~2014年にもサマーズが彼と頻繁に会い、投資や女性問題の助言を求めていたことをスクープし、サマーズは窮地に追い込まれた。これを受けて彼は就任して間もないOpenAIの取締役をはじめ多数の要職を退いた。ただ、彼にとって最後の砦(とりで)とも言えるハーバード大学の教職には必死にしがみついた。
しかし2026年1月に本格開示されたエプスタイン文書により、サマーズにはもはや言い逃れできない歴然たる証拠が突きつけられた。開示されたメールには、サマーズが自身のキャリアの悩みや不倫問題の相談などをエプスタインに持ち掛けるなど、生々しい交友記録が残されていた。エプスタインは自分のことを(愛人と不倫関係の最中にある)サマーズの恋愛指南役と見ていた。
■「イエローペリルと理性的な不倫関係を」
2019年、(逮捕される直前の)エプスタインに宛てたメールの中で、サマーズは自身の不倫相手について、次のような不満を漏らしている。
「(不倫相手の若い女性に対して)『君、最近は何してるの?』って聞いたんだ。そしたら彼女は『今、忙しいの』って言うんだ。
だから僕は『随分、思わせぶりだね』って言ったんだ」
これにエプスタインは次のように返信した。
「彼女は賢いね。君に過去の失敗(不倫相手に十分な愛情を示さなかったこと)の償いをさせようとしているのさ。『パパ(年上の男)なんて無視して、あたしはバイクの彼(若い男)と出かけるわ』ってことさ(だけど多分本気じゃないよ)。君の対応は悪くなかったと思うよ」
エプスタインに宛てた別のメールで、サマーズは「(僕は)彼女にすっかり夢中で、一緒にいられるなら多くのものを犠牲にするだろう」とのろけたかと思えば、その数分後に出したメールでは「『イエローぺリル(黄禍:この場合は東アジア系女性の蔑称)』と理性的な不倫関係を持てたら嬉しいね」と人種差別的で半ば意味不明な本音も漏らしている。
■妻への1600万円の寄付が致命傷になった
ちなみにサマーズの所属するハーバード大学は、2008年にエプスタインが性犯罪で有罪が確定した後、この男からの寄付を禁止した。ところが実際にはサマーズと彼の妻エリザ・ニュー、同大名誉教授のスティーヴン・コスリンをはじめ個々の研究者レベルではエプスタインとの関係が継続し、彼から寄付を受ける者も何人かいた。
サマーズは自身の妻で、ハーバードで英語学と詩を専門とする教授のエリザ・ニューが手掛ける、ドキュメンタリー番組や教育プロジェクトへの資金援助をエプスタインにメールで直接依頼したこともある。もちろんエプスタインはこれに快く応じ、約11万ドル(約1600万円)を彼女のために寄付した。
2025年までサマーズを何とか守ろうとしてきたハーバード大学も、これらの証拠が明るみに出てしまったことで、もはや世論の反発に抗し切れなくなった。さらに同大の学生や教職員、そして高額寄付者からの「性犯罪者から個人的な恩恵を受けていた人物が教壇に立つべきではない」という批判を受け、サマーズに対して内々に辞職を促したと見られる。
2026年2月25日、サマーズは「自身の過去の(誤った)判断が大学の名誉を傷つけた」として、ハーバード大学の教授職、そしてハーバード大学にわずか20人しかいない最高ランクの称号「チャールズ・W・エリオット大学教授」、さらにモサバー・ラーマニ企業政府センター共同所長などハーバード大学関連の役職全てを辞職すると発表した。

稀代の性犯罪者エプスタインとの関係に深入りしたことによって、サマーズの輝かしいキャリアは完全に汚され、破壊されて終わった。
■「イギリス政界の不死鳥」も大ダメージ
かつて英国政界の「闇のフィクサー」として強大な権力を振るい、男爵の称号さえ持つピーター・マンデルソンも、エプスタイン文書によって人生を粉砕された大物政治家の一人だろう。
彼は1953年10月、英国ロンドンに生まれた。祖父は労働党の重鎮ハーバート・モリソンなど政治家一家の出身である。
マンデルソンはかつて英国首相トニー・ブレアの側近として労働党を「ニュー・レイバー(社会主義から中道路線への転換)」へと改革した立役者である。通商産業相、北アイルランド相、欧州委員などを歴任。直近では、2024年12月に英国のキア・スターマー首相から駐米大使に指名され、翌2025年2月に就任した。
■カリブ海に浮かぶ「ペドフィリ島」の常連
彼はメディアを操ることが得意で、「スピン・ドクター(情報操作の達人)」などと呼ばれた。その冷徹な立ち回りから「暗黒の王子」という異名をとった。過去に2度、住宅ローンなどを巡る自身の不祥事から閣僚を辞任したが、その都度不死鳥のように復活し、「イギリス政界随一のしぶとい男」として知られていた。
マンデルソンは2000年頃、(イギリス政界にパイプのある)マクスウェルを通じてエプスタインと知り合ったと見られる。その後、エプスタインの所有するパリの豪邸やカリブ海の私有島(ペドフィリ島)に頻繁に滞在し、自らの権力を誇示する場として利用した。

またエプスタインが太いパイプを持つアメリカの富裕層やシリコンバレーの人脈を、自身の政治的影響力の拡大に利用しようとした。
マンデルソンはエプスタインが2008年に有罪が確定した後も、彼を自身のパーティに招待した。さらに自身が大臣(ビジネス・イノベーション・技能相)時代の2009年、当時ワークリリースで自らのオフィスで服役中のエプスタインを訪問して激励するなど、両者は異常に親密な関係であった。これらが明るみに出て、2025年9月11日に駐米イギリス大使の職を更迭された。
■政権を揺るがした「道連れ辞任」
ちなみに、彼を駐米大使に任命したイギリスのスターマー首相は、自身の任命責任と判断ミスを巡って政権発足以来、最大の危機に直面している。保守党などの野党はもちろん、本来身内であるスコットランド労働党のアナス・サワール代表までもが、「ダウニング街(首相官邸)の主(あるじ)は交代しなければならない」と述べるなど、公然と首相を非難した。
スターマー首相は議会で「マンデルソンの嘘を信じてしまった」と釈明したが、議員たちからは「公然の秘密であったエプスタインとの関係を見過ごしたと言うのは変だ」という当然の批判を浴びている。既に、マンデルソンの任命を首相に進言した主席補佐官、そして官邸の広報担当者が責任をとって辞任した。本書執筆時点で首相の進退は確定していない。
当のマンデルソンは長年「エプスタインとはただの知り合いだ」とシラを切り続けてきたが、2026年1月に公開されたエプスタイン文書で違法行為の動かぬ証拠が突き付けられた。マンデルソンが閣僚だった時代に、政府内部の経済政策や金融危機の対応策に関する情報をメールでエプスタインに送っていたのである。
■エプスタイン文書に載った「ブリーフ姿」
また2009年にエプスタインと面会した際、マンデルソンは当時の英国政府による銀行救済案や税制変更に関する内部情報を彼に漏らした疑いがある。
この訪問後、彼はエプスタインに「君の顔が見られて良かった。早く釈放されるよう戦え」というメールも送っている。
こうした政治家としての汚職行為が糾弾される一方で、プライベートなスキャンダルもエプスタイン文書によって白日の下に晒された。2026年1月に開示された文書には、マンデルソンが下着姿で撮影された写真が含まれており、イギリス社会に衝撃が広がった。
報道機関の分析により、この写真はエプスタインがパリに所有する豪華マンション内で撮影されたことが判明した。そこには白いブリーフ姿のマンデルソンが、顔が黒塗りされた正体不明の女性と向かい合う姿が撮影されている。
当該の資料には写真だけでなく、マンデルソンがエプスタインの助手に「下着の買い物をしたい」と相談したり、その日の夜の「2人の女の子の手配」についてやり取りしたメールも含まれていたとされる。
■公開から1カ月で政治家から容疑者へ
2026年2月1日、このショッキングな写真がSNSで拡散すると非難が殺到。マンデルソンは労働党からの離党を余儀なくされた。2月3日には貴族院議員の辞職に追い込まれた。
同年2月23日、マンデルソンは公職者汚職容疑でロンドン警視庁に逮捕された。約9時間にわたる取り調べの後、翌24日未明に保釈された。
現在は自宅に居住している模様だ。警察側は約350万ページのエプスタイン文書に加え、マンデルソンの自宅から押収した資料を現在精査中であり、彼を起訴するかどうかは確定していないという。
過去何度か政治家として不死鳥のごとく蘇(よみがえ)ったマンデルソンだが、今度ばかりは再起不能と見られている。

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小林 雅一(こばやし・まさかず)

作家・ジャーナリスト

1963年、群馬県生まれ。KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授。東京大学理学部物理学科卒業後、同大学院理学系研究科修士課程を修了。その後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミュニケーションの修士号を取得。ニューヨークで新聞社勤務。帰国後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとった後、現職。『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』『ゼロからわかる量子コンピュータ』(ともに講談社現代新書)、『5Gの衝撃』(宝島社)など著書多数。

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(作家・ジャーナリスト 小林 雅一)
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