※本稿は、谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない 激レア&ディープ情報版』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■ナポリ郊外の街の「迷惑臭」対策
イタリア南部ナポリ近郊にある街パルマ・カンパーニアの市長は、市域全体で「嗅覚ハラスメント」を禁止する旨の正式な条例を発令しました。
2025年5月6日に署名された本条例案は、とくに食品の準備・調理・保存に従事する事業者、作業場、厨房、個人住宅からの不快な臭いの排出に対し、最大500ユーロ(約9万円)の罰金を科すとされ、「不快な臭い(olfactory nuisances/オルファクトリー・ニューサンスィズ)を禁止する」としたのです。
ケバブ、カレー、ベンガル料理などの異国料理の匂いが「町を汚す」として対象になっています。
この条例、実はパルマ・カンパーニアの大規模なベンガル系コミュニティ(約2000人)を対象としていると解釈されました。ベンガル系とはバングラデシュおよびインドの西ベンガル州周辺の人々で、イスラム教とヒンズー教が混ざっています。
なぜこうした人々を対象としていると解釈されたのか。ベンガル系の人々の移民の歴史からご説明しましょう。
■月収15~20万円を稼ぐ「働き者」
イタリアにバングラデシュ系の人々が移民し始めたのは1980年代で、最初は高学歴や高技能の若い人が多かったのですが徐々にさまざまな人が増え、現在ではイタリア全土で15万から20万人が居住しているとされています。
その多くの人々は小規模な商店の販売員をしたり、製造業に従事したりしていておよそ48%は収入が月に800~1200ユーロ程度(約15~23万円)です。なかには1600ユーロ(約30万円)ほど稼ぐ人々もいます。これはイタリアでは決して低いほうの給料ではなく、割と高めです。
そして2020年以降、バングラデシュの人々にはイタリアが出稼ぎや移民先として大人気となり、ブローカーにお金を払って海を渡ってくる人が次々にやってきます。
■命がけで遠く離れたイタリアへ向かう理由
欧州国境沿岸警備機関「フロンテックス」(Frontex)の統計では、2021年にEUに不法に入国したバングラデシュ人移民の大多数がイタリアにたどり着いたことがわかります。イタリアは過去数十年にわたり、多くのバングラデシュ人にとって好まれる目的地であり続けています。
イタリアには1年間に8000人ほどの不法入国のバングラデシュ人が到着し、その大半はブローカーに何千ユーロも払って密入国しています。人気のルートはバルカン半島やリビアを経由するもので、バルカン半島の中ではとくにセルビアから陸路で入国するのが人気です。リビア経由の場合はボートに乗って海を渡るので途中で沈没して亡くなる人もかなりいます。
なぜこんなにバングラデシュ人がイタリアを目指すかというと、地元で十分に稼げる仕事がないからです。人口は増えていても家族を食べさせるのに十分な仕事がないので、家の牛や畑を売り、密航業者に払うお金を準備して命がけでイタリアにやってくるのです。
■差別ではなく、風刺のつもりだった
話題を戻しましょう。ご説明したような移民の増加により、バングラデシュ人などのベンガル系の人々が作るベンガル料理におけるスパイスの大量の使用やそれにともなう香りは、住民からの苦情を引き起こしています。
しかし、この「外国食の臭いを禁止」した条例は、彼らを差別するようなものではなく、移民・多文化共生への反発を装いつつ、実は「迷惑臭気」規制の拡大を風刺した挑発的なものだったのです。
このようにイタリア人は皮肉たっぷりのユーモアが大好きで、過激なお笑いで世間の注目を集めます。私は仕事で4年間ローマに住んでいましたが、ふだんの会話でもボケとツッコミがコミュニケーションにおいてとても重要でした。
発令した市長は、この条例は単に差別を推進しようとしたのではなく、「排他的政策の不条理」を強調するための手段であり、逆説的な意味合いがあると説明しています。つまり市長は差別主義者ではないのですが、「排他的な法律やルールはこのようにバカげていて現実的じゃないんだよ」という意味合いにて発令したのです。
それだけイタリアの日常生活には外国の食や移民が浸透していて生活の一部になっているということですね。
■国境を飛び越えたニュースに
しかし、本来の意図とは別に、この条例は「やり過ぎ」「差別的だ」「いや実行は無理なのでただの皮肉だ」などと議論を呼び、類似規制の是非が全国的に話題になります。そしてイタリアでは住民間で移民問題や文化摩擦の議論が湧いているのは事実で、この条例は欧州の多文化政策批判としてSNSでも拡散。ナポリ近郊の街の移民との摩擦を全世界に知らしめる事件ともなりました。
イタリアも日本同様、このように移民問題に頭を悩ませており、またそのいっぽうでユーモアも含んだ議論が存在しているのです。
日本も移民問題が話題ですが、オープンな空間でユーモアも交えて活発な議論をするのも良いのではないでしょうか。
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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)
著述家、元国連職員
1975年、神奈川県生まれ。
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(著述家、元国連職員 谷本 真由美)

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