■佐野晶哉演じるシマケンこと島田
NHK連続テレビ小説「風、薫る」(脚本・吉澤智子、原案・田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』)で、佐野晶哉演じる島田健次郎、通称「シマケン」が独特の存在感を放っている。シマケンは“言葉オタク”の青年で、外国語や新しい思想に通じ、看護学校の休日のたびに帰省してくる一ノ瀬りん(見上愛)の相談相手。りんに思いを寄せているらしい。歴史に詳しい視聴者の間では、このシマケンのモチーフは、社会運動家・木下尚江(なおえ)ではないかとささやかれている。
それもそのはず、りんのモチーフ・大関和(おおぜきちか)の生涯において、木下尚江は単なる「知人」では収まらない人物だった。一度は結婚を約束する寸前まで進みながら、最終的に破談に終わったこの恋は、相馬愛蔵(そうまあいぞう)(新宿中村屋創業者)・黒光夫妻の著作にも詳しく記録されている。明治女性の「自立」と「結婚」をめぐる葛藤が凝縮された出来事として、看護史研究のうえでも避けて通れないエピソードだ。
■大関和の「信仰」の同志たち
ここで押さえておきたいのは、和が熱心なクリスチャンだったという事実だ。20歳以上年上の旧黒羽藩士・渡辺豊綱との結婚生活で、妾の存在を清算しない夫に深く傷ついた和は、離婚後の明治19(1886)年、植村正久に勧められて桜井女学校付属看護婦養成所に第一期生として入学。翌明治20年、植村が創立した一番町教会(現・富士見町教会)で受洗する。
植村の母から一夫一婦を説くキリスト教の教えを聞き、結婚後に妻妾同居で苦労した身として深く感化された。朝ドラでは宗教的背景は描かれていないが、和が結婚生活を抜け出し職業婦人の道を選んだことも、廃娼運動に身を投じたことも、後年の結婚観も、行動原理の中核にはキリスト教信仰があった。
二人の出会いは、明治24(1891)年5月。和が東京の帝国大学医科大学附属第一医院を辞め、新潟県・高田の高田女学校舎監として赴任していた頃のことだ(「明治のナイチンゲール大関和のふるさと栃木を巡る旅路」栃木県観光物産協会)。同年春、東京で和に世話になっていた相馬愛蔵が、たくましい姿で和の寄宿舎を訪ねてきた。帝大第一医院で疥癬(かいせん)に苦しんでいた時期に、入院患者として和に手厚く看護されたことへの感謝を伝えるためだった(『Newsがわかる特別編 大関和がわかる』毎日新聞出版)。
■新潟で廃娼運動を支援した和
愛蔵は東京専門学校在学中にキリスト教の洗礼を受け、明治23(1890)年の卒業後は札幌農学校で養蚕学を修めて郷里・安曇野へ戻り、蚕種製造業を営んでいた。同じキリスト者として、二人は高田城址を歩きながら信仰の歩みを語り合ったという。
このとき高田では、キリスト教団体の青年たちを中心に廃娼運動が盛り上がっていた。和もこの運動に深く関わり、賛美歌や自作の「廃娼唱歌」を集会で自ら高田女学校のオルガンで弾き語って聴かせるなど、独自の関わり方で運動を支えていた(『Newsがわかる特別編 大関和がわかる』)。
その廃娼演説会の帰途、和は「公娼制度は人身売買制度」と力強く訴える、背の高い袴姿の男に出会う。それが木下尚江だった。
■11歳下の木下尚江が会いに来た
木下は明治2(1869)年9月8日、信濃国松本城下の松本藩下級武士の家に生まれた。開智学校、松本中学を経て、明治19(1886)年に上京し東京専門学校(現・早稲田大学)へ。
初対面の和に、木下は「同じ運動に関わる同志として文を交わしませんか」と申し出る。和がうなずいて茶屋を後にしたあと、木下はその背中をいつまでも目で追っていた、と同書は伝える。
ここから二人の文通が始まる。出会いから半年後の明治24年11月、和は瀬尾原始医師に請われて開院したばかりの知命堂病院初代看護婦長に就任。明治29(1896)年夏に高田を離れて東京へ戻り、東京看護婦会講習所の講師、後に同会会頭となる。文通は途切れなかった。
■木下が投獄され、和は面会に通う
転機は明治30(1897)年に訪れる。木下は同年7月、中村太八郎らと松本で「普通選挙期成同盟会」を結成。納税額による制限のない普通選挙の実現を目指す活動だった。
和はすぐに面会に駆けつけた。仕事の合間を縫って週に一度、食べ物や衣類を獄中に届け続ける生活が10カ月続いたという。やつれた木下の姿に同情した和の慰問を、木下もやがて心待ちにするようになる。
原案小説『明治のナイチンゲール 大関和物語』には、寒さに苦しむ木下のために和が徹夜で綿入れを縫って差し入れたり、和が木下から誕生日祝いに和紙に貼った桜の押し花を贈られりと、二人の親密な交流が描かれている。
■「出獄の上は結婚という絶頂」
『相馬愛蔵・黒光著作集1 穂高高原』は、その時期の二人をこう記している。「獄中の氏の感激はやがて思慕の情となり、女史もまた持ちまえの熱烈な同情が昂じて、ついに両者の激しい恋愛、そして出獄の上は結婚という絶頂にまで達した」。
11歳年下の青年が、なぜ和に惹かれたのか。木下自身の言葉が、相馬黒光の『穂高高原』に残されている。「氏はよく自嘲するような調子のある、明らかにわざとらしさのあの調子で言った。『人形のような小娘はつまらないが、中年の女はその熟した智恵が面白い』と」。
■出獄が決まりプロポーズしたが…
明治31年12月、木下は控訴審で無罪が確定して出獄する。出獄が近づいた日、木下は和に結婚を申し込んだ。原案小説では、和が「同じクリスチャン同士なら対等で思いやりにあふれた夫婦になれるかもしれない」と心を動かされながらも、看護の仕事を続けられるかという葛藤から即答できず、同期の鈴木雅(「風、薫る」大家直美のモチーフ)にも相談したが芳(かんば)しい反応は得られなかった、と描かれる。
一方、木下が後輩・相馬愛蔵に結婚の意思を打ち明けると、愛蔵は強く反対した。反対の理由は「和の方が十一歳年上だなど」の年齢差。しかし、原案本は、愛蔵が押しとどめたかった真の理由はそれだけではなかったとして、次のように描く。
廃娼演説会で木下が登壇した際、群衆から「お前は遊郭通いをしていたではないか」「女郎を身請けして同棲しているではないか」という野次が飛び、その内容が事実であると木下自身が認めたため、愛蔵は木下を信用できなくなっていた。雅が結婚に否定的だったのは、こうした女性遍歴を知っていたためだと描かれる。
■廃娼論者なのに「身請け」の過去
実際に、木下は過去に諏訪の娼妓2人と深い仲になり、そのうちひとりを身請けして同棲した挙げ句に、彼女を捨てるようにして別れていた(藤田美実「木下尚江-その発想と回心について」明治大学教養論集刊行会)。
亀山美知子『大風のように生きて』(ドメス出版)は、相馬の反対を木下から知らされた和の心情をこう描く。
■和の後輩看護婦とあっさり結婚
説得を受けた木下は深い失望のなかで和との結婚を断念。出獄後ほどなく、和が講師を務めていた東京看護婦会で働いていた和賀操と結婚する(『別冊太陽』)。木下が獄中時代に文通を重ねた相手の職場で、別の女性が新しい妻となった。皮肉と呼ぶには重すぎる事実だ。
木下はその後、明治32(1899)年に毎日新聞(旧横浜毎日新聞)に入社し、廃娼論、足尾銅山鉱毒問題、政官界の汚職などで論陣を張る。明治34(1901)年には安部磯雄、片山潜、幸徳秋水らとともに日本初の社会主義政党・社会民主党を結成。同郷・同窓の相馬愛蔵との交流は生涯続いた。
■「風、薫る」は和の恋をどう描くか
一方の和は、看護の仕事に再び全身を投じていく。明治32年に『派出看護婦心得』、明治41(1908)年に『実地看護法』を相次いで刊行し、明治42(1909)年には大関看護婦会を設立。廃娼運動・禁酒運動・婦人参政権運動にも関わり続けた。
「風、薫る」のシマケンも新聞記者になり、廃娼運動についても記事を書いた。このあたりの設定は木下と重なる。廃娼運動を語りながら、遊郭通いの過去もあった青年。獄中で女性の差し入れを心待ちにしながら、出獄してすぐ別の女性と結婚した青年。木下尚江は、近代日本の知識人が抱えた矛盾そのものを生きた人物だった。
そんな男に求婚されながら結婚直前で身を引いた大関和の選択は、現代の感覚から見れば「もったいない」と映るかもしれない。だが当時の和にとって、それは「自立した職業人としての生」と「キリスト者として望む結婚」のあいだで揺れた末の、痛みを伴う決断だった。
「風、薫る」が描こうとしているのは、おそらく「成就する恋」ではない。看護という職業を自らの手で社会的地位ある仕事へと押し上げていった女性たちの、私的な犠牲も含めた選択の重さである。和という人物の最も人間味のある一面が、ドラマでどう描かれるのか、注視していきたい。
・参考資料
田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社、2023年)、亀山美知子『大風のように生きて 日本最初の看護婦大関和物語』(ドメス出版、1992年)、相馬愛蔵・相馬黒光『相馬愛蔵・黒光著作集1 穂高高原』、『別冊太陽 大関和 明治のナイチンゲールたち』(平凡社)、特別企画展『近代看護の先駆者「明治のナイチンゲール 大関和」』展示図録(大田原市那須与一伝承館)、毎日新聞出版『Newsがわかる特別編 大関和がわかる』、メディアソフト『大関和と鈴木雅の人生』、栃木県観光物産協会公式サイト「明治のナイチンゲール大関和のふるさと栃木を巡る旅路」、新宿中村屋公式サイト「創業者ゆかりの人々 木下尚江」「創業者ゆかりの人々 相馬愛蔵」、国立国会図書館「近代日本人の肖像 木下尚江」「近代日本人の肖像 相馬愛蔵」ほか
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田幸 和歌子(たこう・わかこ)
ライター
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など
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(ライター 田幸 和歌子)

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