阿部慎之助氏が18歳の長女に暴力を振るい、逮捕、巨人の監督辞任となった事件。家庭内暴力(DV)の案件を担当する弁護士に取材したジャーナリストの柴田優呼さんは「アメリカの例と比較すると、日本に欠けている問題意識が分かる」という――。

■阿部元監督を擁護する有名人たち
娘への暴行容疑で逮捕され、読売巨人軍の監督を辞任した阿部慎之助氏。この事件に対する一部メディアや世論の反応は、海外から見ると驚くような点が多い。まず、「父親から暴行された18歳の長女と、それを目撃することになった未成年の次女は大丈夫か」と心配する声が、真っ先に出てこない。それよりずっと、阿部氏が逮捕されて職を失ったことへの同情論の方が強い。子どもが身体的、精神的暴力を受けた可能性より、名誉や地位のある男性がその結果、地位や収入を失ったことの方が同情を集める。それは「弱い者」より「強い者」への共感が先に来るような社会の姿だ。
さらにその上、「自分だって子どもを何度も叩いてきた」「自分も子どもの時に親から暴力を受けたが、たいしたこととは思っていない」「しつけのための暴力は許される」といった元野球選手や監督、タレントらの言葉を一部メディアが拡散する。児童への暴力という犯罪行為を助長しかねない内容なのに、配慮がまるでない。「報道するとしても、ただ垂れ流すのではなく、『私たちは子どもへの暴力を許しません』といったお断わりの一文をメディア側が添える必要があるような内容ではないか」と、海外における児童虐待への取り組みに詳しい飛田桂弁護士は指摘する。
「有名人が、子どもへの暴力を容認する発言をし、それをメディアが有識者のコメントのように扱うことは、アメリカやフランスでは考えられないことだ」とも指摘する。飛田氏によると、日本で、有名人が覚せい剤を容認する発言をするのと同じようなもので、そんなことを公言したら社会的地位を失いかねない。「子どもは、自分で自分を守ることが難しい。
だから社会が子どもを守ろうというのが世界の共通認識だ」。しかし阿部氏の事件については、それが前面に出ているとは言えない。こうした現状に対し、「やはり日本は子どもを大切にしない社会、と海外からは見えるだろう」と飛田氏は指摘する。
■アメリカでは暴力は一発アウト
暴力に寛容であってはいけないという原則は、アメリカでも強い。アカデミー賞授賞式で2022年、俳優のウイル・スミス氏が妻を侮辱する発言をしたプレゼンターを殴る事件が起きた。その結果スミス氏は、10年間アカデミー賞に絡むイベントへの出席が禁止されるという制裁を受けることになった。「それがアメリカ社会の反応。どんな理由があっても暴力は許さない。でも日本だと当時も、スミス氏にも一定の理由があったと公言するような人もいた」と飛田氏は話す。
■DVを生成AIの問題にズラす
今回の阿部事件では、児童相談所に通報した長女を非難する声まで上がった。生成AIに相談して、親から暴力を受けたら児童相談所に通報できることを長女が知った、という話をとらえて、「安易に生成AIなんか使うから父親が逮捕されてしまった」と話をずらすような動きもあった。
「これでは、虐待されて通報しようとする子どもの口をつぐませる結果にならないか。
社会が子どもを守るどころか、社会が子どもを攻撃している」と飛田氏は言う。「有名人や人気のある人が間違ったことをした時に、被害を訴えた人を根拠なく攻撃したり、その問題がなかったことにしてしまう。ジャニー喜多川児童性加害問題で、それはいけないと私たちは学んだはずなのに」
実際、メディアと業界の関係を見ると、似たような構図が存在していないか。ジャニーズ問題では、ジャニーズ事務所とメディアが利益共同体と化し、その結果、喜多川氏が性加害をしているという疑惑はずっとあったのにもかかわらず、「メディアの沈黙」が続いたと批判された。
今回は、野球という人気スポーツの中心的存在である巨人の不祥事であるため、一部のメディアが忖度して、阿部氏に同情的な報道を続けている可能性はないのだろうか。巨人のイメージダウンが起き、人気が落ちていったら、巨人や野球界のニュースを伝えるというメディア側の需要も減る恐れがあるわけだから。
■「阿部家の状況は変わっていない」
もっとも、巨人の山口寿一オーナーは「暴力は許されない。監督の暴力は非常に重い出来事」と言明している。人権とビジネスに詳しい伊藤和子弁護士は、「もともと辞任は阿部氏が自主的に申し出たことで、巨人側はそれを慰留しなかったという形。ただ、プロ野球運営も色々なスポンサーで成り立っているので、ビジネスと人権に関する国連指導原則が重視されてきた今、スポンサーの意識も球団のマインドセットも少しずつ進歩している」と話す。
とは言え、「結局トカゲのしっぽ切りになっていないか。辞めたらそれで球団とは無関係、長女の今後の安全についても関知せず、という感じになっている。
阿部元監督の家では、失職した親と子どもが同じ家庭内にいる状態となり、子どもたちがとても心配だ。DV(ドメスティック・バイオレンス)も児童虐待も繰り返されることが多い。本来、球団やリーグ側が加害者更生プログラムを用意して、阿部氏に参加を促し今後を見守っていく、というところまでフォローするのが望ましい」と伊藤氏は指摘する。
■MLBドジャース投手のDVの場合
今回の事件が、もしアメリカの野球界で起きていたらどうなっていたのだろうか。伊藤氏によると、アメリカでは「メジャーリーグベースボール」(MLB)が選手会と協力して、コンプライアンスのポリシーを確立、違反した選手らにペナルティを課す。対象となった選手らの言い分も聞いた上で、事実確認の調査をして最終処分を下す形だ。
最近の例だと、MLBと選手会が定めた「DV・性暴力・児童虐待ジョイント・ポリシー」違反で、2023年にDV容疑で逮捕されたドジャースのフリオ・ウリアス投手が調査対象となって処分を受け、以後試合に出場できていない。
ジョイント・ポリシーでは、選手の処遇や治療・教育など更生の道筋を示すだけでなく、被害を受けた家族に対しても、カウンセラーが24時間対応する「ヘルプライン」の提供や、地域の医療専門家の紹介などの支援が重要項目として明記されている。
■日本の野球界に自浄機能はあるか
「日本の場合、危機管理というとすぐ辞任で終わってしまうが、デュープロセス(適正な手続き)の観点でみると疑問が残る」と伊藤氏は指摘する。日本の野球界では、労働組合の結成など選手の権利を主張する面では、アメリカの選手会にならってきた。「しかし選手らによる人権侵害が起きた時の取り組みの面では不十分。野球界全体で人権尊重の考えが十分浸透していないことが、今回の事件で表面化しているのではないか」と話す。

「いまだに『巨人の星』(野球漫画・アニメ)で検索をかけると、父親の星一徹が息子の飛雄馬を殴るところが名場面として出てくる状況。体罰をして特訓したからこそ名選手が生まれたかのようなマインドセットが昭和の時代にあった」と伊藤氏は指摘する。「暴力があっても分かり合える、最後は『親心』が理解され、親子は和解し子どもは親に感謝する、といった考えがずっと続いてきている。野球は特に、鍛えることと体罰がかなり近接したまま今日に至っている印象だ」という。
■「虐待の連鎖を断ち切るべき」
「スポーツ業界には、虐待サバイバーが多い可能性がある」とも、伊藤氏は指摘する。虐待を受けたことが成功体験の一部になって、それを正当化する。すると親になった時、また子どもに同じことをする恐れがあるという。「だから大人世代が虐待の連鎖を断ち切らなければならない」。
また、成功体験としてそれを語る人がいる陰で、虐待を受けて苦しんでいる人は、その何倍もいるのではないか、という懸念がある。「パワハラの問題ともすごく似ている。厳しく指導してモーレツ社員を作るといった昭和的な価値観はもう維持できない。社会が変わってきているのに、なぜいまだにこうした時代錯誤なことが起きているのか」
さらに、パワハラだけでなく、性加害を免罪する考えにもつながっている恐れがあるという。
「殴っても後で和解できるという考え方は、性暴力にも似ていて、嫌な感じがする。性暴力をふるっても、抵抗をあきらめた被害者に対し 『結局、被害者は喜んでいる』 としてしまう認知の歪みにより、同意のない性行為もたくさん合理化されてきた」と伊藤氏は話す。
■なぜ加害者目線になるのか?
共通しているのは、被害者目線ではなく、加害者目線で物事を捉える傾向の強さだ。「被害者側はどういうふうに考えて、どういう心情で暮らしているかということへの想像力がまるで欠如している。強い人間に対する想像力、同情力はあるけれども、その陰で虐げられている人たちに対する共感力や想像力に欠けている社会なのではないか」と伊藤氏は指摘する。
だから、阿部氏への同情論に世論が傾く一方で、娘たちの痛みには想像が至らないということだろうか。長女からの通報を受けた児童相談所が警察に通報し、警察が阿部氏を逮捕したことさえ、「やりすぎだ」と批判する人が出てくる状況だ。
■親の「懲戒権」はなくなった
しかし既に、親はしつけのために子どもを懲戒できるとされた「懲戒権」は2022年に民法から削除。親の子どもへの暴力は、暴行罪または傷害罪に当たり、これらは刑法の中でも軽い罪ではない。その中でも「今回、逮捕に至ったのはよほどのことだ」と伊藤氏。伊藤氏がこれまで手掛けたDVや児童虐待の事案は数え切れないほどあるが、逮捕に至ったことはほとんどない。今回の件がどうだったかは不明だが、一般的な話としては、逮捕までに至るのは、加害者が警察に逆らったり、被害者に生命の危険があったり、今後も暴行が続きそうな切迫した状況だったり、それらが重なった場合に考えられるという。

■DVを多数担当、逮捕は"ほぼゼロ"
飛田氏も「逮捕要件が整うほどの状況だったことは間違いない」と話す。また、「暴行を受けた長女だけでなく、それを目撃した次女に対する心理的虐待も問題」と指摘する。「こうした暴力を目撃するのは、自分が暴力を受けるのと同程度だと言われる。自分の持ち物やペットに対する暴力でも心理的ダメージは大きいが、姉妹という自分に極めて近い存在となると、かなり重い心理的虐待になる」。その点からも児童相談所への通報は適切だった、と指摘する。
「今回の警察の対応は、子どもの命を守るという意識が明確化されていて、大きな前進。家庭内のことには介入しないという昔の警察とは全く違う姿になった。有名人の場合、世論からバックラッシュがあると困るから逮捕は控える、といったよくあるバイアスもかからなかった。警察の気概を感じる」と飛田氏は話す。
■アメリカでは虐待児童を徹底保護
日本では、児童虐待を目撃した場合、一般人にも通告する義務があると児童虐待防止法で定められているのに、ほとんど知られていない。「日本は子どもを守る力が弱い。国は被害者を保護する取り組みを進めているが、その中で、子どもの被害者に特化した部分がない」と飛田氏は指摘する。
アメリカでは、児童が虐待を受けた場合、医療・教育関係者などの専門家に罰則つきの通報義務があり、現行犯的な側面が強ければ、容疑者は即座に拘束される「一発拘束」が原則だという。一方、被害を受けた児童に対しては、子どもの権利を保護する「チルドレンズ・アドボカシー・センター」(CAC)で一元的に対応するシステムが整っている。
虐待を受けた子どもが話しやすいよう、インテリアなども特別に配慮された優しい雰囲気の中で、専門の訓練を受けた司法面接者が子どもに話を聞く。警察と児童相談所の所員らは離れた場所から同時にその話を聞くので、何度も同じことを話さなくてすむよう、子どもの負担を軽くする形になっている。
日本にもようやく、「性犯罪・性暴力被害者ワンストップ支援センター」ができたが、成人と児童では対応の仕方が異なるため、そのためのインフラを整えるべきという意識までには至っていない。
日本の若年層の自殺率は世界でも高い方で、特に近年、小中高生の自殺は過去最高水準で推移している。原因が特定された中では家庭の問題が、学校の問題、健康の問題に次いで高いが、有効な対策が取れているとは言えない。子どもを保護する必要性に対する無関心さが、海外に比べて、日本では際立っているのではないだろうか。

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柴田 優呼(しばた・ゆうこ)

アカデミック・ジャーナリスト

コーネル大学Ph. D.。90年代前半まで全国紙記者。以後海外に住み、米国、NZ、豪州で大学教員を務め、コロナ前に帰国。日本記者クラブ会員。香港、台湾、シンガポール、フィリピン、英国などにも居住経験あり。『プロデュースされた〈被爆者〉たち』(岩波書店)、『Producing Hiroshima and Nagasaki』(University of Hawaii Press)、『“ヒロシマ・ナガサキ” 被爆神話を解体する』(作品社)など、学術及びジャーナリスティックな分野で、英語と日本語の著作物を出版。

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(アカデミック・ジャーナリスト 柴田 優呼)
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