参院選を目前に控えた2026年6月、永田町は静かに揺れております。最高に焦げ臭くて大変です。
問題の骨格は単純です。昨年秋の自民党総裁選から今年2月の衆院選にかけて、高市陣営が関与する形で対立候補を誹謗中傷するショート動画が大量に制作され、TikTokなどのSNSプラットフォームに拡散されていた疑いがあります。
しかも、中傷されたとされるのがどちらも現高市早苗政権の総務大臣・林芳正さんや、防衛大臣・小泉進次郎さんの陣営だったので、ご両名も関係者も疑惑を受けて怒るに怒れないどころかコメントさえも出しづらそうにしていて気の毒です。文春もまた、総裁選最中に小泉陣営が「ネガキャンのステマをやった」とかいう話を流していたため、みんなすごく微妙な雰囲気になっております。なんでしょう、この間の悪さ。
動画制作の実行役とされる起業家・松井健さん(33歳)は、高市首相の公設第一秘書・木下剛志氏との間でLINEなどを通じてメッセージをやり取りし、少なくとも8回のZoomウェブ会議を重ねていたと、報じられています。文春はその会議音声(43分)まで公開しましたが、週刊現代の報道も含めて、コトは週刊誌から一般媒体・全国紙へ。そして中道改革連合の衆議院議員・伊佐進一さんによる国会での質問にまで至ります。
ただ、よくみるとこのZoom会議が行われたとされる日程は総裁選どころか日本維新の会さんとの連立が成立した後の12月に入ってからで、何でこの時期にそんなZoomをしているのかもよくわかりませんが、とにかくZoom会議は行われていました。大騒ぎであります。
そこへ高市首相がどう向き合ったかが、問題の第二幕になりつつあります。
かなりやっちまってる感があるので、整理しながら皆さんと楽しんでまいりたいと思います。
■首相の国会答弁とは完全に食い違い
首相は一貫して疑惑を否定し続けました。5月11日の国会答弁では「週刊誌の記事を信じるか、秘書を信じるかというと、私は秘書を信じます」と言い切りました。動画を誰が作ったかではなく、「誰を信じるか」という問いに変換する答弁は、往年の政治的修辞としては定評のある手法です。
しかし6月に入り、文春が43分の音声を公開すると、その手法の賞味期限が切れ始めました。「秘書を信じる」ことと「秘書がやった事実について正しく国会で答弁する」こととは違いますし、秘書を信じていたからといって、事実と異なる答弁をしてはならないのは自明であるからです。「面識はなかった」と途中まで強弁していましたが、常識的に、面識とは「実際に会って名刺交換をする」レベルではなく「相手を個体認識できる」レベルのことと解されるため、ZoomやLINEで何度もやり取りしていたらそれは面識はある(=相手を認識できる)と解されるのは当然と言えます。
この原則は、1992年、時の首相・竹下登さんが佐川急便事件で証人喚問での内容に関し犯罪に「関与していたはずだ」「嘘をついている」として、野党や一部メディアが「竹下登の偽証」として激しく批判・報道した経緯と極めて似ています。このときは、結果的に、偽証の白黒はつかないまま竹下政権は退陣に追い込まれてしまいました。
当然、今回の問題となる秘書の木下剛志さんや、松井健さんが証人喚問される可能性も取りざたされており、そもそもこのふたりの話を総合すると、後述の通り高市早苗さんの首相としての国会答弁の内容と完全に食い違います。つまり、誰かが嘘をついている話になり、大変なライアーゲームの幕開けとなってしまうのです。
■誰もが耳を疑う最悪の危機管理
そして、6月4日の衆院予算委員会。野党が音声の確認を求めると、高市首相は「有料会員になるのは拒否する」と述べ、音声そのものを聞こうとしない姿勢を示しました。なあにそれ。しかし、翌5日の参院予算委員会では一転して「確認した」と答えながら、「秘書本人かどうか判断することは難しい。私と話すときよりかなり高い声でハキハキとしゃべっていた。違和感があった」と述べました。
野党議員たちだけでなく国会中継を見ていた私たち暇人も耳を疑うことになるわけですが、20年来の側近の声が「違う」というのです。インターネット上のやり取りについては「事務所では記録がない、膨大な数があるのでわからない」という答弁が続き、いずれの質問にも正面から向き合わない時間だけが流れました。文春は5日の夜、音声を無料公開しました。高市首相が「有料会員になるのは拒否する」と言ってから24時間も経たないうちに、誰でも聴ける状態になってしまいました。
この一連の流れを政治評論家や法律家が見たとき、口をそろえるのは「危機管理として最悪の手順だ」という評価です。というか、客観的に見れば、首相は嘘をついている、しかも別にそこで嘘をつく必要のないところで、ということになるわけです。
■「モリカケ問題」と同じ構造
この問題を眺めながら、私らモノ好きがどうしても想起してしまうのは、安倍晋三政権下で問題となった森友学園・加計学園をめぐる一連の疑惑、いわゆるモリカケ問題です。
2017年2月、安倍首相(当時)は国会で「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」とまで、勇ましく踏み込んで述べました。意図したかどうかはともかく、この言葉はひとつの防衛ラインとなりました。その後、首相動線の公文書改竄が発覚し、財務省の担当者が自死するという最悪の事態が生じました。官僚が忖度した根底には、「総理が辞めると言ったのだから」という暗黙の圧力があったとされています。強い言葉で引いた一本の線が、周囲の判断を歪めていったのです。
言わんでもいいことを言ったので、総理の首を取りたい野党やマスコミも総立ちになって、本来そこまで大きな問題とは言えなかった森友学園や加計学園のネタが、あたかも安倍家の“政治ビジネス”と直結しているかのような大ネタに化けてしまったことになります。
政治家が「辞職も辞さない」と述べたとき、それは相手への牽制である以上に、自分自身を縛る言葉になります。要は、本当にそういうことはないので信じてください、という意味合いで「うっかり政治生命を賭けてしまった」結果、退けない戦いが発生するという次第です。
■安倍首相が関与した証拠は出なかったが…
今回の高市首相も、同じ構造のなかにいます。「秘書を信じる」「違和感がある」という言葉は、音声を聴けば聴くほど答弁との距離が開いていきます。しかし首相は引けません。
森友問題と異なるのは、首相の安倍晋三さん自身、実際には「首相自身が直接関与した証拠」がついに表に出なかった点です。言い方は悪いですが、安倍晋三さんとの若干の交友関係のある筋が、首相に返り咲いた安倍さんの名声に乗っかり、必要な事業を実現するために勝手に働きかけましたという程度の話であって、安倍さんは特にカネを手にしたわけでもありません。
しかしながら今回は、秘書と実行役の具体的なやり取りが記録として残っており、しかもその音声が公開されています。証拠の質と量において、当時と状況がかなり異なります。「私も秘書も面識はなかった」のであれば、サナエトークンを応援するSNSポストを出した「Veanas合弁会社」が高市早苗事務所と同じ登記地であることも踏まえるといろんな想いが心を去来します。
■このままでは「不利な戦い」へ引きずり込まれる
野党の一部は「偽証」という言葉を使い始めています。ここで少し整理が必要です。
国会での偽証罪が成立するのは、狭義において、証人が議院の委員会において宣誓のうえ行った証言が虚偽だった場合に限られます(議院証言法)。高市首相の国会答弁は通常の質疑応答であり宣誓を伴うものではないため、厳密な意味での「偽証罪」がただちに問われるわけではありません。野党が現時点で問い続けているのは、刑事法上の偽証罪ではなく、政治的・道義的責任としての「国会における虚偽答弁」です。
とはいえ、国会答弁における虚偽は政治的に重大な問題です。議院内閣制において首相は国会の信任を得て成立しており、国会に対して真実を述べる義務を負うと解されてきました。答弁の虚偽が明らかになれば、野党は改めて証人喚問を求めることになります。証人喚問では宣誓が義務付けられ、そこで虚偽の証言をすれば偽証罪が成立しえます。野党の戦略は、通常答弁での矛盾を積み上げてから証人喚問へ引き込むという、二段構えになっています。だからこそ、退けない高市早苗の根性が、どう考えても不利な戦いに誘導されていくことは非常にビッグな懸念として受け止められます。
■官邸が機能不全に陥った背景事情
与党内の一部にも、このまま放置すれば参院選への影響が避けられないとの危機感があります。高市首相の側近を含む官邸サイドは事態の沈静化に向けた対応を模索しているとみられますが、肝心の首相自身が事態の収拾に向けて内部調整を進められない状況が続いていたようで、明らかに対応は後手に回ってしまっています。というか、今回の件にしても秘書の木下さんに対し、その上司でもあるはずの高市早苗さんとちゃんと話ができていなかったようなのです。
どうして話をせんのや……と思いますが、思い出されるのは前回の奈良県知事選で、奈良県連の代表であった高市早苗さんが、総務大臣時代の秘書官で子飼いのイケメン・平木省さん(現・静岡県副知事)を自由民主党候補として擁立したところ、なんと前任知事の退陣を握れておらずブチ切れられ、結果的にこれといった意味もなく保守分裂してしまい、なぜか維新系の奈良県知事が爆誕してしまうという「どうして一言も調整しないんだ」という金字塔が打ち立てられておるのです。どう考えても、今回の一件もまた、まったく同じ構造でやらかしてしまっておるわけですね。常識的には「お前、アレどうなんや」ぐらい尋ねると思うんですが……。
一事が万事、いまの高市官邸の機能低下の理由の99%は高市早苗さんからちゃんとした指示が下りてこないので何をしていいのか周辺もよくわからんし、事態の収拾に乗り出すことがむつかしいということに尽きており、今回のように「しょうもない話だけど、関係者が連携してちゃんと乗り切らないと面倒な政局になってしまう」案件では眉間に直撃を喰らうことになります。あーあ。
参照:朝日新聞〈高市早苗氏「高熱続いて応援できず」 奈良県知事選で候補者敗北うけ〉2023年4月9日
■「捏造だ」と突っぱねた過去の成功体験
さらに、高市早苗という政治家には、今回とよく似た局面を乗り越えた経験があります。2023年春、立憲民主党が総務省の内部文書を公開した際のことです。文書には、高市総務大臣(当時)が2015年の国会答弁の作成過程に関わったとする記述が含まれていました。
高市さんはこれを「行政文書ではなく捏造だ」と断言し、「事実なら議員を辞職する」とまで言い切りました。その後、総務省が「行政文書として確認した」と認めたにもかかわらず、高市さんは議員どころか大臣すら辞職しませんでした。強い言葉で打ち返し、批判の勢いをかわすという手法が成功したことになります。
今回の対応の根底にも、おそらく同じ成功体験があるんだろなあと思われます。政治的な態度を明確に示し、威圧的に強く言い切れば乗り切れるという経験則です。
■高支持率でも、国会・党運営に行き詰まり
しかし放送法問題のときと今回では、決定的に異なる点があります。当時はただの閣僚で、しかも端牌の経済安保担当大臣でしたが、今回は首相、総理大臣です。そして、当時は内部文書の「真偽」が争点でしたが、今回は43分の音声という第三者が検証可能な記録が存在します。繰り返しになりますが、そこで戦って何の意味があるのかさっぱりわからないところでめっちゃ突っ張るので、みんな困惑することになります。それ、自滅とちゃうの?
首相の座にある者が国会で事実に反する答弁を続けることは、単なる個人の政治的問題にとどまりません。ただでさえいま大変な官邸の政策調整機能そのものが止まり、政権の求心力が急速に失われるリスクをはらんでいます。いくら国民からの支持率が高くても、国会・党運営に行き詰まってしまえば国民にとって利益はまったくありません。
周辺も党本部も「危機管理ができていない」と困惑しながら指摘するのは、スキャンダルの内容そのものではなく、事態を収拾するための内部コミュニケーションが完全に機能停止しているという構造的な問題に対してです。
■「落としどころ」をどう考えるか
今回、内々で野党が「この問題を新たなモリカケにしたくない」といって着地を模索し、第三者委員会による調査を求める理由は、ネットと政治の関係をもう少しちゃんと整理したいということに尽きます。単に首相の資質を問うためではなく、選挙とSNSの関係を立法として適切に規律するための事実解明が必要になってきているのです。
松井健さんが本当に「一日100本から200本の中傷動画を作成した」のかどうかは別として(彼にそんな技術はないのではないかと思われます)、これらの政治家や政党、政権に対する中傷動画がどういう仕組みで制作・拡散されたのかの実態が解明されなければ、規制の設計もできません。政治的な問題と制度的な課題を切り離して考えることが、いまもっとも求められている視点です。
関係機関内でも、公明党を中心に選挙関連動画の収益停止義務化や、KYC(本人確認)のプラットフォーム事業者への義務付けといった方向性で法整備の協議をするべきじゃないかという話になってきており、ここは着地点として官邸と野党の間で握れるゾーンになってくるかもしれません。
■まずは問題を認め、事実関係の究明を
また、言い方は悪いですが、何かのシノギに政局ネタが利用されていているのではないかという話になると非常にだるいので、今回は特に、反社会的勢力などによる動画サイトやSNSの悪質な利用については、厳格に判断してBANすべき、という話が持ち上がってきています。振り返れば、NHK党立花孝志さんと同党から出馬したガーシーさんの件も、収益停止やBANが行われています。
ただし、その着地に向けた最大の障壁は、法整備の中身でも野党との折り合いでもありません。ごく単純に、高市早苗さんが首相として問題を率直に認め、答弁の修正や事実関係の究明に向けてきちんと歩を進めることに意味や価値があるのではないかと思われます。
一般論として、過去の政治においても「脇が甘い」事案から議員辞職だけでなく政権そのものが危機に晒されることは起きてきました。その脇の甘い先は、単に利益供与というだけでなく、標榜右翼だったり反社会的勢力だったりした経緯はあります。インターネットが成長し、これらの動画サイトやSNSにあからさまなマズい人たちが名声を得て情報商材を売り利益を上げるケースもまた後を絶たず、今回の件を機にこれらの件でメスが入ることはあるのでしょうか。
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山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。
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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)

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