アメリカ配信大手Netflix(ネットフリックス)の会員数は3億2500万で、動画配信市場で世界1位だ。だが、同社はそれに満足せず、新たな市場開拓を狙っているという。
エンタメ社会学者の中山淳雄さんがNetflix共同CEOグレッグ・ピーターズさんに聞いた――。
■実は日本語を理解するネトフリのトップ
2026年6月、Netflix共同CEOのグレッグ・ピーターズ氏が「ラウンドテーブル」として限られたメディアを招いて、様々な質問に回答した。
Netflixは定期的にこういったことを行う。しかもその多くはいわゆるマスメディアではなく、ほぼ個人のネームで発信しているジャーナリスト達。新聞社を10~20社集めてといったいわゆる「マスコミ記者会見」ではないし、どんな質問もNGなしにいきなり直のCEOとやりとりができる。
(前回私が呼ばれたのはNetflixの日本コンテンツ統括バイス・プレジデントである坂本和隆氏による、日本でのアカウント登録数1000万世帯発表のタイミングだった)。
最初に驚いたのは、グレッグ氏の日本語能力の高さだ。質問には同時通訳なく直接に耳を傾ける。回答は英語にはなるが、この距離感でNetflixのトップとやりとりができる、という「空気づくり」も含めてNetflixならではのPR・コミュニケーション手法は特別なものがある。
私が質問したのは「全世界的に映画は2019年比で3割減、すでに映画撮影はハリウッドから逃げはじめており、世界中で作られるようになっていくと想定される。『ハリウッドの終わり』とも言われる。この状況はNetflixにとって良いものか、悪いものか」という点だった。

■ハリウッドは世界中に映像を届けたが…
ハリウッドはFirst Global Entertainment Network(最初にグローバルにエンタメを広げたネットワーク)だった。シネマコンプレックスの映像ネットワークにのせて、世界中に映像を届けることをしてきた。「だが」とグレッグ氏はいう。「Still not maximally effective(それでもそれがグローバルにエンタメを広げるための最大効果をもたらしていたわけじゃない)」。
1980~2010年代を通じて40年の「栄華の」時代を演出してきたハリウッドが果たしきれなかった役割――それはローカライズである。米国発で全世界に広げるということは実現してきた。だが、Netflixの見ている世界はもっと多様でもっと個々人に細分化された世界だ。各国の嗜好にあわせて、作品からサムネイルまですべてをパーソナライズ・ローカライズしていく。
ハリウッド級の世界的ヒットができるAmazingなコンテンツを、むしろ日本、タイ、インドネシア、ポーランド、フィンランドなどそれぞれの国でそれぞれのオリジナリティをもって生み出していく。だからオリジナル作品はすでに50カ国以上で作られているのだ。
■これからの動画配信と映画の関係
グレッグ氏は「もちろん今後もハリウッドは最高のプロダクションハウスではある。いまも多くのプロダクションがLA(ロサンゼルス)に存在しているのだから」と言うが、あくまでハリウッドはハリウッドとして一つの特色を出せるスタジオとして扱っている。

脚本やその世界を再現していくにあたって【What the best for the show, we should be the support to the content(そのショー、コンテンツにとってベストなものは何か。そしてその選択を支持する)】というのがNetflixのスタンスなのだ。
中立ポジションの世界的SVOD(定額制動画配信)プラットフォームにとっては、コロナ以降に強まっていった「映画興行<動画配信」という傾向は、本音でいえば追い風なはずだ。だがそれは決してポジティブなばかりではない。創り手が優れたコンテンツをつくりつづけられるかどうかという創作環境を改善していくためには、ある意味、映画側と手をとりあって支援もしていかなければならない、という懸念も残されているように私は感じた。
■「人々はリアルの体験を求めている」
今回のハイライトともいえるのは「映画興行的(Theatrical)」なものとのNetflixの距離だ。
配信大手の作品が増えれば増えるほどに、映画の興行的な市場は失われるという従来の映像事業者たちからの危機感だ。これはカンヌ映画祭2026でも感じたことだ。
Disneyが『ブラック・ウィドウ』(2021)で、主演女優スカーレット・ヨハンソンとの十分な合意なく、Disney+配信を優先して映画興行収入を毀損させた事件が脳裏をよぎる(最終的にディズニーがヨハンソン側へ4000万ドル以上の追加報酬を支払うことで合意)。
「People likes real experience、that’s good thing(人々はリアルの体験を求めている、それ自体は良い事だ)」とグレッグ氏は言う。
Netflixはダラス、フィラデルフィアで「Netflix House」を運営している。そこでは『イカゲーム』的体験など、ミニテーマパークのようなサービスを提供している。
来年は3拠点目となるラスベガスでオープン予定だ。
また、Netflixによる『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は2025年6月に、配信と同時に映画上映もされている。(これは米国の一部地域でゴールデングローブ賞やアカデミー賞などのノミネート資格を得るための限定的な劇場上映だったとも言われる)
パートナーがそれを求めるのであれば、それも許容するケースもある。それもこれも【What the best for the show?(そのショーにとってベストなものか)】というところに着地する、ということだ。
■ネトフリにおけるAIの使い方
読者が最も気になるだろう、Netflix×AIの領域についてグレッグ氏は「これらの3つの領域でAIが使用されていくだろう」と整理する。
1. ユーザー体験

2. プロダクションの生産性向上

3. 広告
問題になってくるのは、2のコンテンツ制作である。
どのくらいの割合がAIに代替されるか、という話だ。人が作るものを代替してしまうのか否か、雇用が消失するものであるか否かということが今世界で問われている。
だが2についてグレッグ氏が言及するのは「周縁的なクリエイティブ作業」だ。
Reshooting(ロケ撮影しなおし)や面倒な背景作りこみ作業などの代替、そして基本的にはクリエイティブの初期作業であるアイデア出しなどに使われている。
グレッグ氏は「よいイメージ・映像そのものは決してテクノロジーから出てくるものではない」と断言する。そして何より「テクノロジーの歴史的な展開をみている限り、よりよいテクノロジーがコスト削減に結びついたことはない」と。

むしろ技術は新たな次元での試行錯誤を深めさせ、より良いものを作ろうとする人間の判断自身をアップグレードさせるのだ。よしんばコスト削減できたとしても、「その部分をよりコストの部分にまわすことになる。単純に制作コストを下げるものにはならないだろう」とグレッグ氏は言う。
■「イクサガミ」に使われていた最新技術
「(AIはときに)ローカルな映像をグローバルなものにしていく助力にもなる。『イクサガミ(Last Samurai Standing)』はその成功例で、映像にリップシンクで吹き替えをいれていったところ、日本の実写でありながらグローバルの視聴量トップ10リストに入った。イクサガミのグローバル成功にはAI技術も効いていた」という(もちろん俳優陣の許諾済の上でのAI利用)。
ちなみにNetflixが独自のAIを作っているというわけではない。オープンソースモデルやフロンティアモデルを使って、自社の膨大なデータをかけあわせて調整して開発している。

※NetflixのAI利用の5原則を下記のように公開している〈https://partnerhelp.netflixstudios.com/hc/en-us/articles/43393929218323-Using-Generative-AI-in-Content-Production〉

Netflixはパートナーに対し、クリエイティブなワークフローでGenAIを活用する前に、以下の指導原則を検討することを求めています。

・プロダクトが、所有権のない素材や著作権で保護された素材の識別可能な特徴を複製または実質的に再作成しておらず、いかなる著作権保護された著作物も侵害していないこと。

・使用される生成ツールが、制作データのインプット(入力)やアウトプット(出力)を保存、再利用、またはトレーニング(学習)に利用しないこと。

・可能な限り、インプットを保護するためにエンタープライズ向けにセキュリティが確保された環境で生成ツールが使用されていること。



・生成された素材が一時的なものであり、最終的な納品物の一部ではないこと。

・同意なしに、タレントのパフォーマンスの代替や新しいパフォーマンスの生成、または労働組合の適用対象となる業務の代替にGenAIが使用されていないこと。
■次に狙う市場は「縦型」「ゲーム」
Netflixによるさまざまな実験のなかには「縦型ビデオ」や「ゲーム」がある。
縦型ビデオは現在米・英など9カ国で展開されている(日本では未リリース)。
現在中国のMicroDrama(ショートドラマ)が隆盛を極めているのは、それが検閲・監修の対象になっていないという側面もあるだろう。新領域がゆえに自由につくれているものが中国へ、そして米国にも進出している。
だがNetflixがショートでやろうとしているのはその世界線ではない。かといってSNSのショートフォーム動画なのかというと、グレッグ氏は「我々はTiktokやInstagramの代わりになるつもりはありません」と言う。
「一部は現在のコンテンツを縦型に切り取って提示するものになる。その中で、縦型のために製作され、そのフォーマットでしか利用できない作品も作るつもりだ」と話す。
ゲームも同様である。コンソールゲーム機のハイグラフィックに比べると、まだゲームそのもののクオリティとしては、「Netflixゲーム」は圧倒的なビハインドにある。

むしろNetflixゲームは、スマホをコントローラーにして、すぐに画面で立ち上がるインタラクティブなゲームだ。今年の夏にFIFAのゲームをリリースする予定だが、いわゆるプレイの仕方を長い時間かけて覚えていくようなものではない。立ち上げて5分ですぐに覚えるような類いのものだ。
■ただの動画配信会社では終わらない
「こんな世界だったら面白いのでは?」とグレッグ氏が提案したアイデアがある。それは確かにNetflixゲームのフォーマットならではの斬新なものだった。
「アメリカとカナダで女子ワールドカップがあるときに、その試合前に(シミュレーションのように)戦い合わせてみたり、試合結果が気に入らない時にはReplay(再プレイ)するようなゲームプレイができたら、どうでしょう」
リアルなイベントそのものをリプレイやシミュレーションで何度も反芻し、期待を高め、繰り返し味わう、というのはゲームだけが提供できる付加価値だろう。
そしてこれは出来合いのものを提供するだけではなく、クリエイティブ・コミュニティに解放し、ゲームを創ってもらう、ということも想定している、という。まさにROBLOXをターゲットにした話だ。こうした発想からも、NetflixはプレミアムなSVODメディアとしてだけではなく、隣接する巨大なエンタメプラットフォームもターゲットにしていると感じた。
Netflixは現在3億2500万のアカウント登録で、周辺視聴人口も含めると10億人程度が視聴していると想定される。Netflixが見ている先には、他のSVODメディアというよりも25億人のYouTube、20億人のTikTok、4億人のROBLOXといった別のインタラクティブなメディアも含まれており、とにかく「Well suited for the phone(スマホ画面にとってふさわしいもの)」を探っている、というのが現段階のNetflixの視野だ。
■ネトフリ急成長の理由
ここからは私自身の分析である。Netflixの地域別売上をみると、2011年から北米外への進出が加速、2019年には海外市場が北米売上を凌駕するほどになった。同社が動画配信業界の「台風の目」となり、2020年代前半はDisney+にHBO、Paramountらも巻き込み、大手メディア・コングロマリットのなかでの猛烈な視聴者獲得競争が行われてきた。
だが2020~22年で急速に追い上げたDisney+はボブ・チャペックの退任を機に失速、赤字覚悟の世界急速展開からサステイナブルな漸増戦略へと切り替えたのを機に、Netflixの売上増カーブは2023~25年でむしろさらに跳ね上がっている。
成熟しているはずの北米で4割強のシェアをもち、そこもまた今も成長を続けている。EMEA(欧州・中東・アフリカ)も南米もアジアも伸びており、韓国や日本などシェアを伸ばしているアジアは全社シェアでいえばいまだ12%だ(2020年の9%からは徐々に伸ばしている)。
この広い裾野(すその)と成長ポテンシャルの大きな地域にも等分に足をかけている点がNetflixが他SVODに先行している部分でもある。売上は北米4割強だが、登録者数でいえばすでに3割弱までおとしてきており、3.25億人の登録アカウントの2/3は「海外」なのである。
広告付きプランなど単価も下げて、新興国には浸透スピードを重視しており、それが2023年以降も成長スピードを加速させている背景にはある。MAX(HBO)やDisney+の北米比率は4割、Paramountで7割、HuluやPeacockはほぼ北米向けサービスとなっている。
■Googleよりすごい“海外7割”
欧州と違って北米企業はグローバルにみえても北米というホームマーケットに依存している。あれだけ世界中に広がるGoogle、Apple、Facebook(Meta)にしても北米外の“海外比率”は5~6割である。今のNetflixの“海外比率7割”というのは、制作も流通も含めて「ローカライズ」に重きをおいている同社ならではの実績であり、そうした新興領域に裾野を広げながらも利益率はこの10年で10→30%へとむしろ上昇しているのも盤石の極みである。
Netflixトップがいま何を考えているのか、今後どういう方向にかじ取りをしていくかは全世界の映像関係者が一挙手一投足を見逃すまいと注視している話なのだ。そのポジションにいるグレッグ氏が渡日してこのような場で日本市場に対する期待についてメディアやジャーナリストとインタラクティブにセッションをし、日本市場を重要視していると直接メッセージを出している事実は、素直に好意的に受け止めてよい話だろう。

----------

中山 淳雄(なかやま・あつお)

エンタメ社会学者、Re entertainment社長

1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。

----------

(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)
編集部おすすめ