※本稿は、内田舞『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■家事や育児の分担は難しい
子育てに関係して、夫との間で一番問題になりやすいのは、家事や育児の分担ではないでしょうか。これは私たち夫婦にとっても永遠の課題で、双方が不満を持たないようにバランスを取るのは、思いのほか難しいと日々痛感しています。
毎日の家事や、子どもの習い事の送り迎え、宿題をみることや、「片付けなさい」「宿題しなさい」「そろそろお風呂に入りなさい」などといったことはすべてお母さんがやって、お父さんは「そんなにうるさく言わなくてもいいんじゃないの?」と助け船を出したり、週末に子どもとゲームをやったり、遊びに連れ出したりと、子育ての「いいところ取り」をしているケースは多いと聞きます。そこは不満を持って当然ですし、お父さんだけでなく、社会全体が、普段お母さんがやっていることの大変さや価値を理解し、感謝できるようになってほしいと強く思います。
ベストなやり方(または、ベストではないけれど、とりあえず「何とか回せる」やり方)は、それぞれの家庭によってさまざまですし、解決策を示すのは難しいのですが、まずは我が家の状況をご紹介しようと思います。
■夫婦げんかの原因は家事や育児の負担
夫と私は、そんなに夫婦げんかをする方ではないのですが、夫婦げんかをする時は100%、家事や育児の負担が原因になっています。
分担については、一緒に暮らし始めてから自然に決まっていったところもありますし、話し合って決めたところもあります。元々夫は家事が得意で、アメリカ人の中でもかなりやっている方だと思いますし、そこに助けられている部分は大きいです。
例えば、食事は夫が作ることが多いです。私も料理は好きなのですが、日本食寄り。
家の片付けやメンテナンスも夫の比重が大きいです。DIYも得意なので、棚や簡単な家具も作ってくれます。私は、家の中が多少散らかっていても気にならないのですが、夫は気になるたちなので、マメに掃除をしてくれています。夫が仕事でしばらく家を空けると、家の中がなんとなく散らかってきます。それで夫の方は、帰ってくるやいなや掃除をし始めたりしています。
■ワンオペだとけんかになりやすい
一方、子どもの学校に関するコミュニケーションや調整のほか、子どもに関する決断をするのは、私の方が多いです。お互いの得意分野が違うというのもありますし、私が仕事で家を空けることも時々ありますが、夫はプロのチェロ奏者で、演奏旅行に出ることも多く、夫が不在になることの方が多いせいもあります。
また、コンサートは夜や週末が多いので、自然に私の方が家事や子育てをワンオペでやることが増えます。それが続くと、私もイライラしてきますし、逆に私が忙しかったりすると、夫の負担が増えてしまい、けんかになることがあります。きっかけはささいなことが多く、だいたいの場合、お互い「こういうところがイヤだ」と不満を吐き出して、最後には「食器洗いはやるよ」「ゴミ出しをやるよ」などと譲り合って終わります。
■「子育ては夫婦で協力」が当たり前
夫に「家事は女性がするもの」「子育ては母親が担うもの」といった思い込みがまったくないのは、本当にありがたいです。
職場の小児精神科の診療現場でも、子どもを連れてくるのは父母ほぼ半々です。離婚家庭であっても、父母の両方が来ることが多いです。そして、治療方針に関する質問や、気になることの指摘なども、どちらが主ということはなく、両方が同じくらい積極的です。
実は、制度を見ると、日本の方が育児の環境は整っていると感じることがあります。例えば、アメリカは産休や育休に関する国の制度はないので、どれくらい休めるかは職場によって異なります。まったく育休が取れない職場もあるくらいです。さらに、保育園も公立のものはなく、保育料は信じられないくらい高いです。多くの家庭で「一人分の給料が毎月そのまま保育料に費やされる」とよく言われていますが、我が家でもそれが現実でした。
ただ、「子育ては夫婦で協力してするもの」という考え方が根付いているので、男女どちらかに家事や育児が偏るということは、日本よりは起きにくいように思います。
出産前の教室には2人で参加するのが当たり前ですし、分娩室にも一緒に入ります。パートナーの方も、陣痛に耐える女性のサポート、出産中の女性が必要なことを医療スタッフに伝達するなど、さまざまな役割を担っています。
■「このままの生活は続けられない」
夫がもともと家事が得意ということもあって、子どもが生まれる前は、家事の分担でけんかをすることはほとんどありませんでした。しかし、長男が生まれた時には2人の間で大きな議論がありました。
長男は大変な難産で、私の心身にも相当のダメージがあり、回復には時間がかかりました。また、長男は本当に寝ない子で、0歳のころの子育ては本当に大変でした。その上、夫は当時、演奏旅行などが多く、1週間、2週間単位で家を空けることが頻繁にありました。
トータルすると、長男が生まれて最初の1年の半分くらいは家にいなかったのです。
体調がすぐれない中、ワンオペで家事や慣れない育児をする生活が続き、私はすっかり参ってしまいました。そしてついに、「あなたのキャリアは大切にしてほしいけれど、このままの生活は続けられない」と夫に伝えたのです。
■真剣な言葉が夫に届いた
「仕事のために、家にいられない時間が生まれるのであれば、それはあなたのキャリアにとってとても意味のあるものでなくてはならないと思う。家を空ける仕事が入りそうになった時には、私にこれほど大変な思いをさせるだけの価値があるものかを考えてほしい」と話したのです。
「知り合いにちょっと頼まれたから」「ほかにやる人がいないから」といったくらいの仕事なのか、自分のキャリアに重要なものなのかどうかを、考えたうえで仕事を選んでほしいと伝えました。
私の真剣な言葉は、夫の心にも届いたようです。その後夫は、自分のために意味のある仕事、金銭的にも価値がある仕事だけを選んで受けるようになりました。私も、子どもを産んだことでキャリアに変化がありましたが、夫の方も同様に、キャリアの変化を受け入れることになったのです。
■キャリアの方向転換が奏功
演奏家は、演奏会に出ることが実績になり、また、仕事仲間との出会いの場にもなるので、そこから新たに次の仕事の機会が生まれることも多々あります。ですから仕事を絞ったことで、彼のキャリア上の機会が奪われたことはあったかもしれません。でも、以前のような働き方は、夫婦にとっても家族にとっても、サステナブル(持続可能)とはいえませんでした。
結局夫はその後、音楽大学に職を得ました。教授としての仕事をメインにして、そのかたわらで演奏活動を行うようになったのです。働き方や収入は安定しましたが、それまでと比べると演奏家としての活動は減り、本人としては思うところもあったのではないでしょうか。ほかの演奏家仲間が、多くの演奏活動をしている様子を見て、複雑な気持ちになることもあったことでしょう。
しかし、その数年後に新型コロナのパンデミックになり、アメリカだけでなく多くの国でロックダウンや外出自粛の措置が取られました。
もしも演奏家の仕事がメインだったら、経済的にも精神的にも、大変苦しい状況に陥っていたと思います。「あのタイミングで演奏オンリーのキャリアから方向転換していてよかった」と胸をなでおろす夫を見て、人生、何が功を奏するかわからないものだなと気付かされた出来事でした。
■夫婦げんかは子どもから隠すべきか
夫に、仕事の仕方を変えてほしいと伝えたのは、長男がまだ赤ちゃんの時でしたが、いずれ子どもたちが大きくなったら、「ママとパパは昔、こんな話し合いをして、働き方を変えたのよ」と伝えようと思います。
以前、「夫婦げんかを子どもに見せていますか?」と質問されたことがあるのですが、私の答えはイエスでもありノーでもあります。
■夫婦げんかを子どもに話す理由
夫と私の間で意見が食い違ったり、家事の分担で夫婦げんかをしたりした場合は、あとでそれを子どもに話すことがあります。子どもたちの前で小さなけんかをすることもありますが、もちろん、全部あけすけに話すわけではありませんし、お互いへの怒りをまざまざと見せるわけでもありません。夫婦でお互いに意見や感じていることなどを伝え合い、最終的に歩み寄って納得できた場合に、「パパとママはなぜ、どんな風に意見が食い違ってしまったのか、どんな話をして、最終的にどうやって歩み寄り仲直りができたのか」というところまでを話します。
違う意見や考え方を持つ人同士でも、共存し、愛し合って一緒に生活できることを、子どもたちにも知ってほしいと思っているからです。だからこそ、親同士の意見の違いや、考え方の違いは、子どもから隠す必要はないと考えています。
■意見がぶつかっても解決することはできる
議論したり、口論したりすることは、悪いことではありません。人と意見がぶつかっても、コミュニケーションで解決することはできます。
ただ、こうした明確な目的があるので、目的に合わないような話し方はしないようにしています。「自分の気持ちをすっきりさせるため」や「自分の味方に引き入れるため」に話すのではないので、一方的に私の主張だけを話したり、夫の悪口を言ったりすることもないよう気を付けています。
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内田 舞(うちだ・まい)
小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授
マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長。北海道大学医学部卒。イェール大学精神科研修修了、ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。著書に『ソーシャルジャスティス』『まいにちメンタル危機の処方箋』『子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』など。
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(小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授 内田 舞)