AI技術がどんどん進化している。脳科学者の茂木健一郎さんは「テクノロジーは日常をサポートしてくれる存在だ。
『新しいことを試すなんて面倒くさい』という年配の人ほど積極的に使ってみてほしい」という――。
※本稿は、茂木健一郎『60歳からの脳の使い方』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■AIは日本人にとって「第三の黒船」になる
AI(人工知能)がいよいよ本格的に社会に実装され始めている昨今、60代以降の人こそ、ぜひテクノロジーをフル活用すべきだと僕は思います。
60代以降がAIを学ぶ重要性は、ご自身の脳のためだけではありません。なぜなら、今後、AIが日本人にもたらす影響は、「第三の黒船」と呼べるほど大きな転換点になるはずだからです。
これまで歴史上、日本人は二度の大きな外圧を経験しました。
一つ目は幕末、ペリー率いる黒船が江戸湾に現れたときです。この出来事は鎖国体制を終わらせ、日本を近代化への道へと押し出しました。
二つ目は第二次世界大戦の敗戦後、GHQによる占領統治です。これにより日本は民主主義を導入し、経済大国への道を歩みました。
■脅威ではなく、チャンスと考える
そして今、私たちの前に現れているのが、第三の黒船とも言うべきAIです。前の二つとは違い、今回は軍隊ではなくテクノロジーが日本社会を根本から変えようとしています。

AIが及ぼす変化は、かつてのような政治や制度の変革にとどまらず、仕事、教育、日常生活のあらゆる場面に深く浸透していくはずです。生活の中でAIの影響をまったく受けずに済む人はほとんどいないでしょう。それほどAIの普及スピードは速く、社会全体に広がっているのです。
もちろん、AIを自分の人生や仕事にどう取り入れるかは個人の自由です。受け入れることを選ぶのであれば、積極的にAIを使いこなすことで、その恩恵を最大限に享受できます。
大切なのは、AIという黒船の到来を、脅威ではなくチャンスとしてとらえること。こうした考え方が浸透すれば、過去二回の黒船来航と同じように、日本は新たな成長の時代を迎えるでしょう。
■AIとの共生は日本人の得意分野
この「第三の黒船」を活かす鍵は、多様性の尊重にあります。たとえば、メタ(旧フェイスブック)のCEOであるマーク・ザッカーバーグは、AIが今後は一つに統一された絶対的な存在としてではなく、数多くの異なるAIがそれぞれの場面やニーズに応じて活躍する未来を描いています。これは、日本人が古来より持つ、八百万の神々を受け入れる柔軟な感覚と非常によく似た考え方だと言えます。
AIが細分化され、用途ごとに誰でも手軽に利用できるようになれば、日常生活はもちろん、仕事や教育でも個人に最適化されたサービスを自由に選べるようになります。スマートフォンのアプリを使いこなすような感覚で、自分に合ったAIを日常的に活用していくでしょう。

また、日本にはロボットやキャラクターに親しむ文化が根付いています。『ドラえもん』や『鉄腕アトム』を通じて人間と機械が自然に共存する世界を描いてきた日本人にとって、AIとの共生はむしろ得意な分野です。このような日本人ならではの特性を活かして、世界に先駆けて新しいAIサービスを生み出していくことも可能だと僕は考えます。
■テクノロジーは高齢者の味方になる
老若男女がAIを積極的に受け入れ、活用できるかどうか。それが、これからの日本の未来を決定していくはずです。
だからこそ、「この年齢になったら新しいことを試すなんて面倒くさい」などと言わず、ぜひこの新たな波を受け入れてほしいと思います。
僕自身、脳科学者という立場から様々な方と交流していますが、新しいテクノロジーを目の前にすると「自分には無理だ」と感じてしまう年配の方は少なくありません。
でも、テクノロジーは年齢を超越し、その差を埋める役割を果たします。考えてみてください。iPad やスマホが登場した時も、高齢の方にとって最初は脅威だったかもしれません。ですが、老眼で小さな文字が読みにくくても、画面を指で広げれば簡単に文字を拡大できるようになりましたし、ボタンひとつで遠くに住む家族とも簡単に会話できる時代になりました。
テクノロジーがもたらしてきた数々の進化と同様、AIも高齢者にとって日常をサポートしてくれる存在になるはずです。
そんな恩恵にいち早くあずかるためにも、ぜひAIをはじめとするテクノロジーに触れてみてほしいと思います。
■常に新しいものを受け入れる養老孟司氏
常に新しいものを受け入れる養老孟司氏

新しいテクノロジーを率先して楽しむことで、人生には驚くほど豊かな広がりが生まれます。僕が尊敬する解剖学者の養老孟司先生はその代表的な例でしょう。
養老先生とは長年お付き合いをさせていただいていますが、あの方ほど新しい技術や面白いものに対して純粋な好奇心を持っている人はなかなかいません。
たとえば、少し前に養老先生が夢中になって使っていたのが、「ピクチャーディス(PictureThis)」というアプリです。これは、スマートフォンで撮影した植物の写真をもとに、AIが植物の名前や特徴を判定してくれる植物識別アプリです。ガーデニング初心者から植物愛好家まで幅広く利用されています。
最近、アメリカでは、こうしたアプリを使って市民が一斉に野外に出て、植物や動物を撮影してデータを共有するイベントも行われています。そこから新種が発見されたり、長年確認されていなかった生き物が再発見されたりすることもあるそうです。
■植物の知識を深められるアプリに大喜び
ある時、養老先生がこのアプリを見せながら、嬉しそうに僕にこう言いました。
「茂木君、見てごらん。このアプリで植物の種類が簡単にわかるんだよ」
僕はその言葉を聞いて、思わず笑顔になってしまいました。
というのも、虫が大好きな僕や養老先生は虫が食べる植物には詳しいものの、一般的な植物に関する知識はあまり多くなく、以前から植物の知識は深めたいね、という会話を交わしていたのです。だからこそ養老先生の「このアプリがあれば、知らない植物の名前がわかる!」という喜びがよく伝わってきたのです。
80代になっても新しいアプリをスマホに入れて、子どものように無邪気に楽しむ。
その姿は本当に素敵です。
■「朝5時までゲームをしていて眠いんだよ」
そのほかにも、養老先生はいつも電子書籍リーダーであるKindle を持ち歩いていて、「茂木君、この中には本が500冊くらい入っているんだよ」と楽しそうに言います。養老先生は、英語も非常に堪能で、海外の難しい専門書でも飛行機の中で一冊読み切ってしまうほど。ですが、そうした能力を普段まったく自慢しないのも養老先生らしいところです。
また、養老先生はコンピューターゲームが大好きです。遠方で行われたある研究会の後、夜遅くまでメンバーたちで飲んだ際、先生に「そろそろお休みください」とお声がけをしたところ、先生は真っ先にホテルの部屋に帰られていました。
ほかの人よりもゆっくり睡眠をとれたのでは……と思って、翌朝先生にお会いすると、少し眠そうな顔をされていました。どうされたのか聞いてみると、「実はあの後、朝5時まで戦略系のコンピューターゲームをしていて眠いんだよ」とのこと。
旅行先でも戦略系のゲームに夢中になり、深夜まで楽しんでしまう養老先生の姿からも、好奇心を持ち続けて新しいものに触れる大切さが伝わります。

養老先生のように、年齢に関係なく、新しいことに挑戦し、好奇心を持ち続けることで、人生はどんどん楽しくなっていくのだと思います。ぜひみなさんも、いくつになっても新しいものを楽しむ心を持ち続けてください。

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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)

脳科学者

1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院特任教授(共創研究室、Collective Intelligence Research Laboratory)。東京大学大学院客員教授(広域科学専攻)。久島おおぞら高校校長。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞、『今、ここからすべての場所へ』で第十二回桑原武夫学芸賞を受賞。著書に、『「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本(共著)』『最高の雑談力』(以上、徳間書店)『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)『最高の結果を引き出す質問力』(河出書房新社)ほか多数。

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(脳科学者 茂木 健一郎)
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