ビジネスの成功に必要なことは何か。元JALのCAで研修コンサルタントの香山万由理さんは「私は徳を積むことを心がけることで、直感が鋭くなった結果、『生涯顧客』といってもいいほどのお客さまに出会うことができた。
ビジネスの問題の大部分は、徳を積むことで解決できる」という――。
※本稿は、香山万由理『仕事ができる人は、「人」のどこを見ているのか』(光文社)の一部を再編集したものです。
■相手の「本質」を見抜くたった一つの質問
仕事ができる人は、「徳」を見ている
経営戦略アドバイザーの方から、企業の採用面接について興味深い話を伺いました。面接の場で相手の本質を見抜くには、次の質問をすると良いそうです。
「あなたはこれまで、他人のために心身ともに尽くしてきたことはありますか?」
どんな答えが返ってくるかによって、他者にベクトルを向けられる人かどうかがわかるといいます。
いくらスキルがあって有能な人材であっても、自ら進んで同僚の仕事を手伝ってあげたり、自分がわからないことは素直に聞いたりできないと、職場の雰囲気はギスギスしてきます。その結果、職場の生産性が落ちていくことにつながるのです。
他人のために頑張れる人がたくさんいる会社は強い。この経営戦略アドバイザーの方は、そうおっしゃっていました。
■日本むかし話は、「徳積み」の教育である
日本では、お財布を落としても戻ってくる確率が高いといいます。警視庁の2025年のデータによると、財布の遺失届の点数が36万7654点、そのうち拾得届の点数が34万3791点と、約94%もの高い確率で届出がされています。
海外で同様の統計が発表されているかどうかはわからないのですが、どちらにしても94%という数字はかなり高い確率でしょう。
「お財布を失くして困っている人がいる。すぐに交番に届けよう」、そう考える人がたくさんいることに、私は同じ日本人としてうれしく感じます。
こうした行動の背景にあるものとして、よく日本人の道徳観念や倫理観の高さが挙げられますが、その心を育むものの一つに、日本のむかし話があると考えています。
その代表的なものが、私も大好きな『花咲かじいさん』。みなさんよくご存知かと思いますが、忘れている方もいらっしゃるかもしれないので、以下に簡単にご紹介します。

むかしむかし、あるところに正直なおじいさんとおばあさんが住んでいました。2人は傷ついて弱っていた子犬を家に引き取り、シロと名付け、わが子のようにかわいがりました。
ある日、シロが畑の一カ所に顔を近づけて、「ここ掘れワンワン」と何度も鳴きます。おじいさんが鍬でその場所を掘ってみると、中から大判小判がザックザク。
それを見て悔しがったのが、隣に住む意地悪なおじいさんとおばあさん。シロを自分の畑に引っ張ってくると、自分たちにも大判小判が埋まっている場所を教えろと迫り、シロを無理やり鳴かせようとします。
苦しくなったシロが顔を地面に近づけたとき、意地悪なおじいさんが「ここだな」と掘ってみると、中から出てきたのは、たくさんのおばけやゴミの山……。
怒った意地悪なおじいさんはシロを殺してしまったのです。
正直なおじいさんとおばあさんは、どれほど悲しんだことか。かわいそうなシロの亡骸を泣きながら土に埋めると、そこに一本の松の枝を挿し、お墓代わりにして、毎日手を合わせました。
やがて月日が経ち、一本の枝がどんどん伸びていくと、立派な松の大木へと育っていきました。
正直なおじいさんは、シロの形見代わりにと、その松の木を使って臼を作りました。
そして、その臼でお餅をつくと、今度はお餅が大判小判にどんどん変わっていきます……。
「何であのじじいばかり」
意地悪なおじいさんは、正直なおじいさんから強引に臼を借り出すと、早速お餅をつき始めます。お餅が大判小判に変わるものと期待していたのですが、しだいに嫌なニオイがし始め、中は汚物でいっぱいに。
再びコケにされた意地悪なおじいさんは、臼を叩き割り、薪にして燃やしてしまいました。
正直なおじいさんはその灰を持ち帰り、シロの墓にかけました。すると真冬なのにどこからか暖かい風が吹いてきて、その風に乗った灰が、周りの枯れ木に降りかかると……。
何と春が来たかのように、梅や桜の花が咲き始めるではありませんか。

正直なおじいさんはうれしくなって、他の枯れ木にも、
「枯れ木に花を咲かせましょう」
と言って灰をかけると、ここでも梅や桜の花が咲き始めたのです。
正直なおじいさんの噂は、やがてお殿さまの耳にも届きました。
お殿さまは家来を引き連れて、正直なおじいさんのところにやってくると、
「この枯れ木に花を咲かせてみよ」
と命じました。
正直なおじいさんが「枯れ木に花を咲かせましょう」と言って灰を振りかけると、見事に桜の花が咲きほこりました。
お殿さまはたいそう喜んで、正直なおじいさんに、たくさんのご褒美をさずけました。
これを見ていた意地悪なおじいさんは、残りの灰をかき集め、ざるに入れました。そして、お殿さまのご一行の前で、正直なおじいさんの真似をして、「枯れ木に花を咲かせましょう」と枯れ木に灰を振りかけました。
しかし……。
花が咲くどころか、灰はあたり一面にちらばり、お殿さまや家来は頭から足の先まで真っ白になってしまいました。
意地悪なおじいさんは、怒ったお殿さまによって牢屋に入れられてしまいました。
正直なおじいさんとおばあさんは、お墓に眠るシロに毎日手を合わせながら幸せに暮らしました。

――いかがでしたか。
何となくは覚えていたけど、細かいところは忘れてしまったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
■「善い行い」が先で、「富」はその結果
このストーリーは、「生き物にはやさしく接しよう」「日ごろから心穏やかに暮らすのがいい」「我欲ばかり優先させてはいけない」といった、人として真っ当なことを教訓として伝えています。
他にも『おむすびころりん』や『こぶとりじいさん』など、日本のむかし話にはこうした教えが満ちています。子どもは読み聞かせや絵本を通して、自然にその教えを身につけているのです。
『花咲かじいさん』では、正直なおじいさんとおばあさんがお殿様にご褒美をもらいましたが、最初からそれが目的でシロを拾ってきたわけではありません。「善い行い」が先で、「富」はその結果でしかないのです。もちろん現実的に、善い行いをしたからといって、すぐに富を得られるわけではありません。
しかし、それでもむかし話が今日に至るまで長く読みつがれているということは、富を手に入れるかどうかはともかく、「徳を積むと良いことがある」「心根が良くないと幸せにはなれない」ということを多くの人が信じていて、実際にその通りになっていることが多い証拠だと思います。
■松下幸之助、稲盛和夫も話す「徳積み」の驚きの効果
パナソニックグループ創業者の松下幸之助氏は「人間として一番尊いものは徳である」、京セラ創業者の稲盛和夫氏も「徳のある経営をしなさい」とおっしゃっています。このようにビジネスで大成功を収めたのは、経営力やマーケティングだけでなく、「徳」を積んだ結果といえるのではないでしょうか。
善い行いをしていると、自然と周りから信頼されます。そうすると、その人の中に徳が“信頼貯金”として貯まっていき、援助をしてくれる人や苦境に陥ったときに助けてくれる人が現れます。
これが徳積みの効果であることを、一流の経営者はよくわかっているのです。
ドジャースの大谷翔平選手が高校生のときに目標達成シート(マンダラチャート)を書いたのは有名な話です。9×9の81のマス目の中央に一番の目標が書かれるのですが、ここに大谷選手は「ドラフト1位8球団から指名される」と書いています。
注目したいのは、それを達成するために必要なことの一つとして「人間性」と「運」を挙げ、そこには、「思いやり」「礼儀」「ゴミ拾い」「あいさつ」といったことが書かれているのです。これらはみな「徳積み」に他なりません。
大谷選手の活躍は、人並み外れた身体能力や不断の努力があるのはもちろんですが、精神面に関して徳を積んできたことも影響しているのではないでしょうか。
■「徳マイレージ」を貯めると起こる3つの効果
「稲盛さんや大谷選手は特別な人。ふつうの人間には真似できない」
そう考える人もきっと多いと思います。徳を積んだからといって、誰もがみな稲盛さんや大谷選手のようになれるわけではありません。
そもそも「徳」は目に見えるものではありません。それでも私は「徳はある」と信じ、その世界観の中で生きていきたいと思っています。
私自身、徳を積むことについて、飛行機のマイルを貯めていくイメージを持っています。
名付けて「徳マイレージバンク」。善い行いをすれば、「徳マイル」が貯まり、悪い行いをすれば減っていくのです。図表1のように徳マイレージの見本をつけているので、楽しみながら徳マイルを貯めてみてください。
徳マイレージを貯めていくと、
1つ目は「運が良くなります」

2つ目は「ご縁を引き寄せます」

3つ目は「直感が鋭くなります」
1つ目の、運が良くなってきたなと肌感覚でわかるのは、タイミングが良くなってきているときです。魅力的なお誘いや行きたいセミナーがあったときに「ちょうど予定が空いていた」とき。
逆に、どうしても行きたかったのにずらせない予定が入っていたり、その日に限って体調を崩すようなときは、ちょっと運気が弱まっているときです。
2つ目は、徳マイレージが貯まるようなこと、つまり、相手のためになるような行いをしていると、人とのご縁がつながっていきます。
「先義後利」(道義が先、利益は後)の考え方と同じで、先に自分が相手のために行動すると、あとから利益がともなってくるということです。
誰だって、自分の利益ばかりを優先させるような人に、たいせつな人を紹介したいとは思いません。反対に、人徳がある人はよろこんでご縁をつなぎたくなります。
運が良くなり、人とのご縁がつながってくると、3つ目の直感が鋭くなってきます。「これはチャンスだ!」と瞬時に感じ取れるようになるのです。
■直感が鋭くなり「生涯顧客」との出会いも
マナー講師になって間もない頃のことです。あるセミナーに誘われたのですが、それが一見、怪しげなスピリチュアルセミナー。最初はお断りしようと思ったのですが、なぜか「行ったほうがいい」という直感が働きました。
そのセミナーに参加して、たまたま隣になった女性と雑談したのをきっかけに、フェイスブックでつながることに。後日その女性から、「知り合いの社長が社員教育をしてくれる人を探している。あなたやってくれない?」との連絡が。
その社長が私の研修を大変気に入ってくださり、10年以上経った今でもその企業さまとおつき合いが続いております。実はこの社長、私の事業を飛躍的に向上させてくださった恩人です。
徳マイレージを貯め、直感が鋭くなった結果、「生涯顧客」といってもいいほどのお客さまに出会うことができたのです。
仕事ができる人は、何よりも「徳」をたいせつにしています。それゆえに、相手の徳にも目を向けています。ビジネスの問題の大部分は、徳を積むことで解決できることを知っているからです。
徳積みは万能薬です。善い行いを続けていれば、マナーが良くなり、好感度や信頼感がアップします。人間的魅力が増し、良い出会いも増えていき、ビジネスにもつながっていくのです。
徳積みは、私たちの日常生活や何気ない行動の中にあります。徳を積むことは、何も特別なことではありません。ふだん接している人たちに感謝の心を持つ、温かい言葉をかけてあげる、いつもたいせつに思う。これらすべてが徳なのです。
仕事ができる人のポイント

「徳積み」は人生を底上げする最高の魔法

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香山 万由理(かやま・まゆり)

研修コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

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(研修コンサルタント 香山 万由理)
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