■「投票」が“MBTI”の延長になる日
「私、ENTPで“討論者”タイプなんだよね」
「マジで! 私はENFJで“主人公”タイプ。相性とっても良いね」
身の周りで、このような謎解きじみた英単語を聞いたことはないだろうか。この「討論者タイプ」「主人公タイプ」とやらは、MBTIという性格診断の性格の種類で、全部で16のタイプがある。Z世代をはじめとした、デジタルネイティブ世代が「自己紹介」代わりに使っている。
このMBTI、裏側の仕組みはなんのことはない。「あなたは協調性がありますか」「自分に自信がある方ですか」などと聞かれて、ある/ないと答えていくうちに、ユーザーの性格は「冒険家」「擁護者」というふうに決まっていく。
この性格診断自体はMBTIを信じている若い層の間で広がっているだけだから直接的な被害は社会にまだ顕在化していない。「人間の性格は多面的で、質問に答えるだけでは規定できないよ」と諭せば、共感を得られる可能性もある。
ただ、もし「あなたの政治的志向を診断するサイト」が“大衆の共通言語”になる日が来たら、どうだろうか。
■「あなたと価値観が近い候補者はこちらです」
すでに、それに近い傾向が見られる。大手新聞社やポータルサイトが展開する「ボートマッチ」と呼ばれるサービスである。ボートマッチは「あなたは外国人労働者を積極的に受け入れるべきだと思いますか」「憲法9条改正に賛成ですか」「同性婚を認めるべきだと思いますか」といった質問に2~4択で答える。
全ての質問に答え終わると、「あなたと価値観が近い候補者/政党はこちらです」という画面が表示され、それぞれの候補者/政党と回答者が「何%」一致しているか表示される。ボートマッチを手掛ける各社は、候補者と政党に事前アンケートを用意し、政策アジェンダに対する回答をもらっている。回答をもとに、ユーザーと候補者/政党のマッチング確率を出す、というイメージだ。
「ボートマッチによると、私はA党のBさんを応援するべきなんだって」「ウソ、私はあなたと逆。C党のDさんだった」――。こうした会話が、そう遠くない未来に一般的になっているかもしれない。
■世論操作のツールになってしまう危険性
このような会話が展開されること自体、薄気味悪さを感じる人も多いであろう。元々「政治の話は人前でするな」がモットーの家庭も多いだろうし、そもそもアルゴリズムがレコメンドしてくれた候補者と政党に対して「清き一票」を躊躇いもなく投じてしまう軽薄さに、憤慨する人もいるかもしれない。
感情的な違和感だけにとどまらない。現実的に、ボートマッチの裏側のアルゴリズムや開発者の政治的志向がはっきりしない以上、「世論操作」のツールになってしまう危険性も否定はできないだろう。
「日本をこういう国にしたい/社会はこうあってほしい」という明確な意志からではなく、「ボートマッチのアルゴリズムにレコメンドされたから」投票してしまう世の中でいいのだろうか。
■ボートマッチの質問は「恣意的」にならざるを得ない
「ボートマッチは、政党と自分の相性を知るための“とっかかり”としては有用なツールだと思います。一方、あなたの政治的指向を“詳らかに”することはできないでしょう。20~25程度の質問数で、選挙の争点を網羅することなど不可能ですし、そもそも開発者によって『優先する選挙の争点』も異なるからです」
とは前述の堤氏。日本でボートマッチが広がり始めた2000年代後半という黎明期から新聞社と共同でボートマッチを開発し、2015年から2019年にかけて、「投票支援アプリケーションの可能性と課題」という研究の代表者も務めた。
堤氏によると、ボートマッチの限界として明らかなのは「政治的中立を担保することが難しい」という点だ。
開発者のマスメディアによって選挙の争点――今回の参院選で言えば「外国人労働者問題」「皇室のあり方」「税と社会保障」「憲法問題」――に対する考え方が異なり、質問の出し方も計算方法も異なる。また、そもそもこうした争点を“質問の中に含めるか”という根本的な問題もわだかまっている。
開発者側の事情によって、ある程度の「質問の優先順位」をつけざるを得ないというのだ。
「もちろん、私たちが独自のボートマッチを作っていた頃から、可能な限り公平性と中立性を担保するべく、各党のスタンスを精査していました。『私たちは、このような基準で質問を作っています』と発表していたくらいです」
■どうすれば「偏り」を避けられるか
「一方で、『あなたの会社のボートマッチには偏りがある』と言われてしまうくらい、質問に党や有権者が重視する選挙の争点が表示されないこともある。
ボートマッチの開発者は『私たちはこのような基準で、20~25の質問を算定しました』と表明すべきです。すると、ユーザーに恣意性を疑われることもありません。有権者は1つのボートマッチの結果を盲信せず、複数のボートマッチを使ってみるべきです。そのことで、バランスの取れた選択が可能になります」(堤氏)
■「そんなの答えられない」と思う質問が出てくるワケ
ボートマッチを利用する有権者から見ると、このサービスには不自然な点がもうひとつある。それは「その質問には答えようがない」というものである。
例えば、「あなたは消費税減税に賛成ですか、反対ですか」という質問。
「うーん。もちろん、家計はカツカツだし、消費税がなくなればありがたい。でも、消費税分の減収を国はどこで補うつもりだろう。息子が大きくなった時に、日本の国家財政が不安定になるのは避けたいな。あとそもそも、減税をしても、社会保険料が上がったら意味がないし。
このような有権者にとっては「消費税減税に賛成か反対か」という質問には答えようがない。つまり「消費税」という選挙の争点をひとつとっても、日本のマクロ経済の動向や財政問題、税の分配の問題など、複数の要素が複雑に絡み合っているからだ。
堤氏はこの不自然さも「性質上、そうなってしまう」と分析する。
「消費税減税に対する質問を10個ほど連続で用意すれば、有権者と政党の近似する『消費税に対する考え方』を算出できるのでしょうが、そこまで精密に聞くことはまず難しいでしょう。開発者側も『ユーザーの途中離脱リスク』を考えているので、質問の数を絞らざるを得ない。結局、ボートマッチは『政党と候補者を知るための第一歩目のツール』にしか過ぎないのだと思います」(堤氏)
■質問の「文体」で賛否が変わってしまう
堤氏の研究によると、「ユーザーの価値観に寄り添った政治家と政党を選ばせる」はずのボートマッチが、意外にも「質問の形式と世論の影響を受けやすい」ことも盲点だ。
例えば以下のようなケースが考えられる。
「自民・公明党と日本維新の会は所得制限を撤廃した高校授業料の無償化に合意しました。経済格差が拡大する中で教育格差も広がり、こどもたちの機会の不平等も増えていきそうですが、国の制度で無償化する対象を広げるべきだと思いますか」
このように「学びの格差拡大」という争点に対して、「無償化」という実績を残した政党を好意的に説明すると、ユーザーは「無償化は賛成だ」という回答をしやすくなる。
逆に否定的な論調で質問をつくると、肯定的につくったものより、賛否が拮抗するという。
「質問の仕方を含めて、ボートマッチでは中立性を担保しなければいけません。そもそも、政治的見解は一方から見れば他方は『偏って』見えるのが常です。ボートマッチ開発者は、どんな意図でどのように質問をつくったのか、明らかにする必要があるでしょう」(堤氏)
■なぜ「政治に無関心な層」ほどボートマッチを使うのか
ここまでボートマッチの技術的な限界を述べてきたが、そもそもボートマッチのユーザーは、どんな人が多いのだろうか。堤氏によると「政治的関心のライトな層」だという。
当たり前だが、政治と政策の争点を熱心に追っている人たちからすれば、今さらアルゴリズムに「どの党がオススメです」などと推薦されたくない。あるいは、どんなに不合理でも、政治的信念が元々強い人は、候補者や政策にかかわらず特定の政党を応援する人も多いだろう。
であれば、なぜ政治に対して、軽い関心しか持っていない人たちがボートマッチを使うのか。堤氏は「共同体の弱体化と新党の乱立」という理由が大きいと分析する。
インターネットが広がる前の時代は、地縁や労働組合など、自分が所属する共同体によって「どの候補者・政党に票を入れるか」が決まっていた。「いつもお世話になっているA党のBさんに今回も入れよう」というセリフは、公然と見られたのだ。
ところが時代が進むにつれて家族の規模は縮小し、中間共同体も解体されていった。
■情報取得コストが重くなりすぎた
「ただでさえ共同体が弱体化し、『自分の基準』で政党と候補者を選ばなければいけなくなったのに、今度は新党もたくさん出てきて、何が何だかわからなくなってきた。有権者が投票する際に必要とされる情報を収集したり、その情報を吟味したりすることのコストが重くなりすぎたのです。
ここでボートマッチの役割が登場します。ボートマッチの強みは、『質問に答えるだけで、政党の政策に対する考え方が一覧して分かること』。わずか数分で各党の選挙争点への考え方と価値観が分かるのですから、これは確かに便利です」(堤氏)
■診断結果を妄信するリスク
元々、政治に対する関心が高くない日本人は多かったのかもしれない。彼らは特に熟考することなく、「いつもの政党/候補者」に票を入れることができた。しかし、今ではもうそんな選択肢が用意されていない。
以上が、「政治と有権者の距離が遠くなりすぎた」と堤氏が分析する理由である。
とはいえ、ここまで見てきた通り、「政治をもっと身近なものに」するはずのボートマッチも、技術的な限界がある。それどころか、ボートマッチの結果だけを盲信すると、本来の有権者としての国への要望や候補者への期待とかけ離れた投票行動に出てしまう危険もある。
アルゴリズムによる「診断技術」は、有権者と政治の距離を縮めることに成功するのか。慎重に見ていかなければならないだろう。
----------
湯浅 大輝(ゆあさ・だいき)
フリーランスジャーナリスト
1996年生まれ。米アリゾナ州立大学に留学後、同志社大学卒業。ジャーナリストとして活動開始。経済メディア→小売専門誌→フリーに。教育、小売、海外スタートアップ、国際情勢、インフラなど多岐にわたるテーマで寄稿する。過去携わった書籍に『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)、主な特集記事に『出生数75.8万人の衝撃』『奈良のシカ』(JBpress)『リニア20世紀最後の巨大プロジェクト』(NewsPicks)『精肉MDの新常識』(ダイヤモンド・チェーンストア誌)など。
----------
(フリーランスジャーナリスト 湯浅 大輝)