吉沢亮と横浜流星が共演する映画『国宝』が大ヒットしている。一方、5週遅れで公開された同じ吉沢主演の『ババンババンバンバンパイア』は早くも失速。
ライターの武井保之さんは「企画も制作規模も『国宝』とは違い『―バンパイア』はかなり不利な状況だ」という――。
■邦画歴代興収上位も視野に入れる『国宝』
吉沢亮主演映画がほぼ同時期に2作続けて公開された。『国宝』は今年を代表する邦画実写ヒット作になっている一方、『ババンババンバンバンパイア』は初週の週末映画動員ランキング5位(初日3日間の動員10万人、興収1億3500万円)と凡庸な出足になり、2週目でランクダウンして6位と失速。同じ吉沢亮主演の2作でも、明暗が大きく分かれている。
6月6日に公開された『国宝』は、初週こそ週末映画動員ランキング3位(初日3日間の動員24.5万人、興収3億4600万円)と、決して大ヒットスタートと呼べる封切りではなかった。しかし、2週目で前週比143.4%と大きく数字を伸ばし、公開13日間で興収15億円を突破すると、公開3週目で1位にランクイン。その後も興収を伸ばし続け、4週連続1位をキープし、興収は56億円を突破。最終興収では邦画実写歴代興収の上位ランクインを視野に入れる、今年を象徴するヒット作になっている。
■吉沢亮は歌舞伎の女形を熱演し、絶賛された
その内容は、作家・吉田修一氏の小説『国宝』を原作にする、芸の道に人生を捧げた主人公・喜久雄(吉沢亮)が人間国宝となるまでの50年を描く壮大な一代記だ。
喜久雄は任侠一門に生まれるが、幼くして父を亡くし、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子であり、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介(横浜流星)と出会う。
正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる2人は、お互いをライバルとして高め合い、芸にすべてを捧げるが、いつしか名門一家の跡取りを巡る、努力ではどうにもならない“血筋と才能”の葛藤にもがき苦しみ、それぞれ壮絶な人生を歩むことになる。

歌舞伎演劇場を舞台に、歌舞伎の演目を美しく映しながら、歌舞伎の世界に生きる人間関係を濃密に描き出す人間ドラマになっている。
■バンパイアによる「童貞喪失阻止作戦」を描く
7月4日に公開された『ババンババンバンバンパイア』は、初週の滑り出しは、邦画実写としては上映5週目の『国宝』、4週目の『ドールハウス』の後塵を拝する前述の通りの出足になり、2週目では『国宝』とは対照的に、興収も順位も順当に下げた。
本作は、『別冊少年チャンピオン』(秋田書店)に連載中の同名人気漫画(奥嶋ひろまさ著)の実写映画化作品。物語の主人公は、2025年の社会を生きる、450歳のバンパイア・蘭丸(吉沢亮)。ハンターに追われ瀕死の重傷を負った10年前、たまたま通りかかった少年・李仁(りひと)(板垣李光人(りひと))に救われ、彼の家に転がり込む。その日から、至高の味わいである「18歳童貞の血」を求め、李仁の成長と純潔をそばで見守る日々を送る。
映画では、李仁が高校生になり、入学式の日にクラスメイトの葵(原菜乃華)にひと目惚れしてから、彼の16歳の誕生日までの約1年間における、蘭丸による決死の童貞喪失阻止作戦をメインに描く。その内容は、ギャグ満載で、歌やダンスがところどころにはさみ込まれるミュージカル調のコメディだ。
■手垢のついた漫画原作、吉沢亮主演でも真逆
吉沢亮が主演を務めることを除いて、両作はすべてが大きく異なり、同じ邦画実写の括りでも、作品性も内容も対局に位置する。
かたや、10億円を超える破格の製作費をかけて、歌舞伎を題材に伝統芸能の世界を掘り下げたチャレンジングで骨太な社会派作品。かたや、人気漫画を原作にスターキャストで実写化する、手垢のついた製作手法。近年では、SNSで実写化を望まない原作ファンの声が大きくなり、目の肥えた一般層にもそっぽを向かれることが多くなった、オールドスタイルの企画制作を踏襲したコメディ作品だ。

『国宝』の製作・配給が、歌舞伎興行の本家・松竹ではなく東宝であり、『ババンババンバンバンパイア』の製作・配給が松竹である対比もおもしろい。
■『―バンパイア』はサブカル作品で観客を選ぶ
内容でも対照的な点は多い。『国宝』は「曽根崎心中」や「二人藤娘」「連獅子」「二人道成寺」「鷺娘」といった有名な歌舞伎演目を劇中劇のシーンとして盛り込みながら、交錯する喜久雄と俊介の人生のポイントにおける2人の心情や運命と重ね合わせて描く。
一方、『ババンババンバンバンパイア』は、登場人物たちの思惑が少しずつズレる、ベタでわかりやすい勘違いコメディのなかに、タイトルにちなんだ『8時だョ!全員集合』や、ハリウッド大作『マトリックス』『アルマゲドン』の名シーンのオマージュがあり、尾崎豊の歌詞も出てくる。サブカル作品の王道だ。
両作とも、それぞれ原作や名作、話題作へのリスペクトがあり、それによって物語の情感を深めている。
また、主人公の相手役が対照的な点も興味深い。前者は王道のイケメンスター・横浜流星。後者は芸能界随一のクセ強役者の眞栄田郷敦(蘭丸の兄のバンパイア・長可)。それぞれのファンが、一般層とコア層に分かれるだろう。作品性がそのまま表れていると見ることもできる。
ただ、どちらにも熱狂的なファンがついている。
ともにエンターテインメントシーンの第一線で活躍するスターであり、相手役をもり立て、作品をより輝かせているのは間違いない。
■「血」のせいで苦悩する吉沢亮という共通点
同時に共通点も見出だせる。
どちらも、主人公の血を巡る物語だ。『国宝』では、歌舞伎の名門家の血を受け継がない喜久雄は、どんなに芸に秀でていたとしてもどうにもならない、血筋という伝統芸能の世界の壁にぶつかって苦しむ。『ババンババンバンバンパイア』では、永遠の命の闇に生きるバンパイアの蘭丸は、450年もの間、血を求めてきた。どちらも血に捕われた主人公の物語なのだ。
そして、両作とも兄弟の男同士の嫉妬の物語という共通点もある。前者は、歌舞伎の名門家の義兄弟による跡目を巡る嫉妬と争いがあり、後者はバンパイアの兄弟と李仁、ハンター・坂本(満島真之介)の間に、愛する人を巡る、戦国時代の男色に根差す嫉妬のぶつかり合いがある。
ただ、そんな共通点がありながらも、映し出す内容は正反対だ。前者は伝統芸能の世界に渦巻く人間関係を深堀りしながら、苦しみをともなう美しさを描くのに対して、後者はオカルトチックな世界観のなかで、くだらないことをおもしろおかしく真剣に描く。それぞれの美学が作品を貫いている。
■漫画的な吉沢の心の叫びのシーンが寒いが…
まだ公開2週が過ぎたところだが、『ババンババンバンバンパイア』がコケかけているのは、観客を選ぶ作品である点が大きいだろう。
メインターゲットは原作と俳優陣それぞれのファン層となる20代を中心にした若い世代だが、全力でバカげたことに突き抜けるコテコテの演出と脚本は、とくに女性ファンの間では好き嫌いがはっきり分かれる。
序盤のあたりでは、ポイントごとに挿入される蘭丸の心の叫びのシーンが寒かった。スベっていた。しかし、物語が進み、それが繰り返されるうちに受け入れてしまう。気がつけば、変な声を出して笑ってしまうシーンがどんどん増えていた。
本作には、ギャグに振り切った潔さがあり、その根底には、くだらなさに真剣に臨む哲学がある。それは、ひとつのエンターテインメントとして優れた作品であることは間違いない。そして、そんな真剣にふざけるおもしろさが響くサブカルファン層は少なくない。現状は、届けるべき層に十分にアプローチできていないことがあるかもしれない。
『国宝』は、年配層を中心にした歌舞伎ファンから、若い世代を含めた一般層へ話題が広がり、動員を伸ばしている。一方、『ババンババンバンバンパイア』は、サブカル好きのBL系コアファンをベースにしながら、一般層の一部に響くポテンシャルがある。この先、何かひとつのきっかけがあれば、風が吹くことがあるかもしれない。

個人的には、『ババンババンバンバンパイア』が『国宝』より優れている点もあると考えている。それは、2時間という映画サイズの上映時間の見やすさだ。加えて、吉沢亮の美形ぶりが際立っていること。日本人でバンパイアの顔にここまでマッチする役者はなかなかいないだろう。
■クセ強キャストのなかで花開いた吉沢亮の新機軸
ほかキャスト陣も強力だ。満島真之介、眞栄田郷敦のほか、関口メンディー、音尾琢真、笹野高史と、コメディ作品の最強布陣といっていい奇跡の顔ぶれが、各々のシーンで大いに爪跡を残している。
そんな海千山千のクセ強キャストのなかで、板垣李光人の味が薄いふつうさが光り輝き、朝ドラ「あんぱん」のかわいすぎる三姉妹の三女役でおなじみのヒロイン役・原菜乃華の愛らしさも、物語をけん引している。
そして、主演の吉沢亮は、どちらかといえば板垣李光人側の役者かと思っていたが、どうやらクセ強側のようだ。個性的なキャスト陣のなかで、負けじと異彩を放ちながら、現代社会を生きるバンパイアの異質な空気感をしっかりと体現していた。
銀魂』『キングダム』『東京リベンジャーズ』の各シリーズなど、漫画原作映画に多数出演し、徐々に知名度を上げてきた彼にとって、主演という立場で真剣にふざけて現場を引っ張り、作品全体の空気感やカラーを形作った意義のある作品になった。
■バンパイアの永遠の命から投げかけるメッセージ
そんな吉沢亮が演じた蘭丸の印象的なセリフがある。
現代社会で李仁たちとふつうに暮らす蘭丸に対して、長可はなぜバンパイアとして生きないのかと問う。
すると蘭丸はこう答える。
「永遠の命の闇に呑まれないように、ふつうの毎日を一生懸命生きる」
そこには観客へのメッセージがある。
目の前の仕事や日々の多忙な日常に追われ、有限の生に思いを馳せることが少ない現代社会のわれわれに対して、不老不死のバンパイアが永遠の命に苦しむ姿から、いつか必ず自分にも家族にも友人にも平等に死は訪れることを思い起こさせ、限りある時間をどう生きるかを問いかけている。
同時に、利己的に生きることは、他人のために生きる生き方とも隣り合わせであることを示す、社会的なメッセージもあった。ギャグが満載の物語のなかで、さりげなく社会性をにじませるセンスが光っていた。
総合的に楽しめるエンターテインメントであることは間違いない。『国宝』のように、週を重ねて評価を受けることが、もしかしたらあるかもしれない。

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武井 保之(たけい・やすゆき)

ライター

エンターテインメントビジネス・ライター、編集者。音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスで活動中。映画、テレビ、音楽、お笑いを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを分析や考察する。

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(ライター 武井 保之)
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