※本稿は、旦木瑞穂『しなくていい介護』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■親の「生前整理」をすることにはメリットがあった
(前回原稿で紹介した通り)「生前整理」にはさまざまなメリットがある。しかしそれでも「面倒臭い」と思う人のためにもうひと押し、以下のような方法がある。自分に合った方法があれば、ぜひ試してもらいたい。
(1)写真の「生前整理」
写真の整理は、デジタル化するのも一つの手だ。
まず、大津さんの「生前整理」の手順にもあったように、写真も「要る・要らない・迷い・移動」に分けると良い。「要る」ものは残し、「要らない」ものは捨てる。「迷い」は半年などの期限を設けてとっておき、半年後にもう一度判断する。「移動」は自分ではなく、家族や友人・知人が持っていた方がいいものなので、しかるべき相手に渡す。こうして残った写真を、デジタルでもアナログでもいいので、「ベストショットアルバム」として残しておけばいい。
デジタル化する場合は、業者に依頼する方法のほか、自分でスキャナーを用意する方法もある。今は、アルバムから剝がさなくても簡単に個別にデジタル化が可能なスキャナーや、バラの紙焼き写真を差し込むと次々にデジタル化した写真が保存できるスキャナーもある。
これまで介護や終活について取材してきた筆者は、「写真の生前整理には、良い効果しかない」ように感じる。
たとえば、高齢になって後悔ばかり口にしていた人が、写真整理をするために昔の写真を見返していたら、幸せそうな自分の写真を複数目にするうちに、「自分の人生はそんなに悪いものではなかった」と思い直したケースがある。また、子どもの頃から母親とそりが合わず、大人になってから母親と距離を置いていた人が、写真整理をすることで、子どもの頃から自分に向けられていた母親の眼差しに気づき、「私は母に愛されていたんだ」と思い直し、母親と再び交流するようになったケースもある。
多くの場合、写真には幸せの瞬間がおさめられている。それを思い出させることで、自分にとって大切だったものに気がつくことができるようだ。
■親の生前整理で「お金」が転がり込む
(2)価値のわかる人に託したい
1.良い物品は受け継がれる「エステートセール」
「要る・要らない・迷い・移動」の中で、「迷い」や「要らない」に入ったものは、ゴミとして処分するよりほかないのだろうか。
もちろん不要品買取に出したり、ヤフオクやメルカリに出品するという選択もあるが、「エステートセール」を利用するという方法もある。
エステートセール(Estate Sales)は、遺産相続人が故人宅から必要な物品を取り終えた後、残った家財全てをエステートセーラーを通じて一般に販売するという、1970年にアメリカで始まったサービスだ。アメリカでは転勤や離婚、施設への入居など、人生の節目でおこなわれている。
エステートセールを本場で学び、日本に普及させる活動をしている、株式会社ポジティブシンキング代表(群馬県前橋市)の堀川一真さんは言う。
「エステートセールは世界中にお客様がいるほか、売却した物品の販売益から50~60%を依頼者に渡すので、依頼者に大きな利益が残ります。また、物品の価値を依頼者と共有しながら価格設定するため、良い物品は受け継がれる文化が社会にしっかり根付きます」
不要品買取業者の買取価格は「仕入値」。
さらに、不要品買取の場合は、依頼者は物品の本当の価値を知らないまま売却してしまうことが多いが、エステートセールの場合は、自分の持ち物の査定額を知らせてもらえる。
もちろん査定した後に「やっぱり売らない」という選択も可能だ。
筆者は父を亡くした後、母にエステートセールを紹介したところ、母が子どもの頃に遊んでいたという古い人形は、人形自体に価値があるほか、その人形が着ている着物が筆者の曽祖母の手作りということもあり、堀川さんの「大切に遺しておいては?」という助言を受け、手放さないことに決めた。
このほかにも、自分の手放した品物がどんな人の手に渡ったか、相手の写真を見ることや、相手からのメッセージを受け取ることができるのもエステートセールの特徴だろう。
「エステートセールのメリットは、自分の持ち物の価値を自分で知ることができる点。物にまつわる想いや価値を総合的に整理しておけば、良いものは手放さずに家族で共有し、受け継いでいくこともできます」
捨てることは忍びなくても、「安くてもいいから誰かに譲りたい」という親世代は多い。家の中で眠っていてはそのものの価値を発揮できないが、エステートセールやオークション、フリマアプリなどで価値のわかる人に託すことができれば、手放す罪悪感も軽減され、お金に変換されることで気持ちが高まる。親子で「生前整理」をして、売却したお金で美味しい物を食べたり、小旅行をする目標を立てるのも、良い楽しみになるだろう。
■こっそり集めていたシールやカード類が50万~100万円
2.査定額1500万円?! まんだらけの「生前見積」
古玩具・古書籍販売をおこなう株式会社まんだらけは、2016年3月から無料で「生前見積」サービスを開始した。まんだらけWEBサイトにある専用フォームから問い合わせすることができ、中には査定額が1500万円に上ったケースもあるという。
同サービスのきっかけは、元取締役社長・辻中雄二郎さんが受けた、「自分の死後、価値がわかる人がいなくて捨てられたら嫌だ」「死ぬまで手放したくないけど、ゴミにされるのは避けたい」という常連客数人からの悩み相談だった。
実際、ずっと家族に理解されないまま、コソコソと続けてきたコレクションを「生前見積」に出したところ、びっくりするような高額な値がついたため、家族にコソコソしなくて良くなった上、「自分が死んでも家族に捨てられる心配がなくなって安心した」というコレクターもいるという。
あらかじめ「生前見積」を利用しておけば、自分が亡くなった後、遺族がどう処分すべきかの判断材料になる。
「ビックリマンやオリオンシールなど、シールやカード類は50万~100万円の値がつくものが潜んでいますし、ブリキやソフトビニールの玩具類は値崩れし難く、どれも査額は高いです」
同社広報担当者が話すように、筆者は取材でまんだらけの中野店を訪れた時、子どもの頃、弟が集めていたビックリマンシールに付けられた値札に驚愕し、実家にまだ残っているか確認した。
大学進学や就職、結婚などで実家を出ているが、自分の部屋が子どもの頃のままになっているという人は少なくない。まずは宝探しのつもりで、実家の自分の部屋の整理から始めてみるのも一興だ。
■「生前整理」はいいこと尽くし
「生前整理」を始める時期は、早ければ早いほど良い。親は高齢になってくると年々身体が疲れやすくなったり、不自由になったりしてくるため、思うように片付けや掃除をすることができなくなっていく。また、突然倒れて入院となる場合や、そのまま亡くなってしまうケースも少なくない。
一方で、長寿化が進む昨今、100歳を超える人も珍しくはない。悠長に構えていると、子どもも高齢になり、力仕事は難しくなる。かといって、30~50代は仕事や子育てで忙しく、親や祖父母の家の片付けに費やす時間は捻出しにくい。
親と離れて暮らしているならなおさら、少しずつでも早くに取り組み始めれば、対話する機会も増える。気兼ねなく親と話す習慣を作ることは、子どもにとって大きなメリットとなる(表参照)。
「生前整理診断士」の三浦靖広さんが言うように、親に「生前整理」を促す前に自分が取り組めば、人生のやり残しに気づいたり、大切にしていたものを思い出すことができるだけでなく、残りの人生をそのために費やすことが可能になる。
「生前整理」をしておけば、面倒臭い「遺品整理」はしなくていい。せっかく元気なうちに取り組むのだから、できることなら親子で会話を楽しみながら。1人でなら、宝探し気分で向き合えば楽しい。
「縁起でもない」「死に支度だ」などと言われて敬遠されることもある生前整理だが、それは大きな間違いだということが伝わっただろうか。残りの人生をより充実させるきっかけにできる、いいこと尽くしの活動が、「生前整理」なのである。
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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)