出張中の移動時間は働いたことになるのか。特定社会保険労務士の土井裕介さんは「単に移動しただけでは労働時間には当たらない。
移動中に行った作業が会社に命じられたものなのか、義務だったのかが判断基準になる」という――。
■どこでも働ける時代、どこからが労働時間?
2019年に働き方改革がスタートし、2020年以降新型コロナが流行したことで、在宅勤務も一般的となりました。勤務場所として自宅やサテライトオフィスなど職場以外の選択肢が増えたことにより、私たちの働き方は柔軟になってきています。
一方で、以前と比べると労働時間とプライベートの境目が曖昧になってきているのも事実です。筆者のクライアントからも「こういうケースの場合、どこからどこまでが労働時間になりますか?」といった労働時間に関する質問が多く寄せられています。
そこで今回はどのような時間が労働時間に該当するのか、「移動時間」に焦点をあてて具体的なケースを踏まえて見ていきます。
■移動時間含めて12時間の名古屋出張
ケース1:出張など職場以外で仕事をした場合
職場・自宅ともに都内にある会社員Aさん。朝7時半に家を出て、10時から17時まで名古屋で仕事をし、19時30分に帰宅。通常の勤務は9時から18時までの8時間勤務です。この場合、労働時間はどう考えればよいでしょうか。
Aさんのように、出張などで職場以外の場所で仕事をするケースはよくあることでしょう。このようなケースで確認しておきたいことは以下の3つです。

① 就業規則にどう記載されているのか

② 出張中の1日のスケジュールが明確に決まっていたものなのか

③ 会社から具体的な指示があったのかどうか

一般的に会社は出張など社外で業務を命じる場合は、就業規則に以下のようなルールを定めています。
第○条(事業場外労働)
社員が、外勤、または出張等によって事業場外で労働する場合であって労働時間を算定することが困難な場合は会社が特別の指示をしない限り、通常の労働時間労働したものとみなす。

ポイントは、就業規則に事業場外(会社以外の場所)で働いた場合に通常の労働時間(所定労働時間)働いたものとみなすルールがあるのかどうか、そして②③にあるようにたとえば「15時~18時まで社外研修」など会社があらかじめ把握しているようなスケジュールはなかったのか、です。
■所定労働時間の8時間働いたとみなされる
さらに「終業後19時までに日報をまとめて上司に送付すること」といった具体的な指示もなければ、だれにも1日の動きを管理されていることもなく、労働時間を把握することが困難と考えられるでしょう。
このような場合は所定労働時間(8時間)働いたものとみなすことになります。つまり、19時30分に帰宅しても所定労働時間である9時から18時まで働いたものとみなす運用になるのです。
一般的に、社外で勤務する場合には労働者の裁量に委ねられるケースが多いです。通常の終業時刻を超えて仕事を終えたとしても、空き時間もあるなど1日全体を見たときに濃淡もあり、厳格に労働時間を算定することが困難なことから「所定労働時間働いたものとみなしましょう」というのが一般的に出張に用いられる労働時間の取り扱いです。
ただし、出張であったとしても管理職である上司が同行していた、18時までのMTGが19時まで伸びてしまったなど、明らかに19時まで仕事していたと把握できる場合もあります。そのような場合は、就業規則や上司に確認の上、会社のルールに則って残業申請するようにしましょう。
■「新幹線で資料作り」が義務かどうか
ケース2:移動時間にPCで資料作りなど業務をした場合
移動時間が労働時間に当たるのかについては、疑義が生じやすく、私たち専門家にとっても判断することが難しい案件もあるところです。原則として、移動時間の考え方は、ただ単に業務の性質もなく移動のみであれば、労働時間には当たりません。

業務の性質があるかどうかを考える軸としては、移動時間中に行っている作業が会社に命じられているものか、それを行うことが義務なのか、について私は聞くようにしています。
たとえば、会社の商品、商材を運んで移動しなければならないケースなど、移動に一定の緊張感が伴うことが考えられます。
また、出張の翌日に朝一で報告を義務付けられている場合であれば、新幹線での移動中に作成しろと言われていなくても、移動中にやらざるを得ないということになります。つまり、実質的に義務であり、労働時間に当たると考えられるのです。
■上司との雑談や飲酒は労働時間外
なお、名古屋から東京へ向かう新幹線の車内で、上司とずっと仕事の打ち合わせをした場合であれば、移動中にやらなければいけないものとして業務の性質が強いといえるでしょう。
ただし、「お疲れさま」的な形でお酒が入っている場合や、業務に関係ない雑談であれば、上司と同行しているとはいえ、業務の性質があるとはいえず、難しいところではありますが、労働時間には当たらないと考えられます。
本来、残業については会社(上司)が指示して行うものです。したがって、お酒が入っている時間について残業だと申請しても、そもそも認められない可能性が高いでしょう。
■自主的な「勉強」は業務に当たらない
ケース3:移動時間に業務に関係する情報を収集していた場合
このケースも、ビジネス書を読むことや、スマホ・PCで情報収集をすることを指示されていたのかどうか、移動時間にやらなければいけないことなのか、で考えてみてください。
たとえば、上司から「この本読んだほうがいいよ」と言われていた場合、単なるアドバイスであり業務命令でなければ労働時間には当たりませんし、自主的に読んだものであればより業務の性質はないと考えられます。
ただし、本を読まないと上司からの評価が下がる、情報収集をしていないと何らかのペナルティがある、など社員が何らかの不利益を受けるような場合は、業務の性質が強くなるため、労働時間に当たることも考えられます。ペナルティがあるのかないのかについても押さえておきましょう。

なお、情報収集をやらなければいけない状況だったという場合、個別の事情によりグラデーションもあるため、疑義が生じる場合には上司に業務上の指示なのかどうかについて確認するようにしましょう。
■移動時間が「労働」扱いになる条件
これまで解説してきた労働時間の考え方は、三菱重工長崎造船所事件の最高裁判例(2000年)がベースとなっています。
判例の中で、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい……」とされており、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるもの……」と示されているのです。
つまり、移動時間が労働時間として評価されるには、原則として会社によって義務付けられたものか、また、やらなければならない必然性があったのかで考えられるといえるでしょう。
今後、読者の皆さんが出張や外勤などで疑義が生じた際には、まずは社内のルールを確認するようにしましょう。類似の過去事例は多くあるでしょうし、私がクライアントからヒアリングをしていると、あらかじめ社内の運用で取り決められている事例も見受けられます。
■疑問を「グレー」なままにしておくリスク
ただし、働き方が多様化している現在では、社内で初めての事例となることも考えられます。その場合には今後の慣例になることも考えられるため、上司や管理部門に相談することが必要となるでしょう。
声を上げずに曖昧なままになってしまえば、人によって取り扱いが違うなど適切な運用がされないケースも出てきてしまいます。
移動の取り扱いが労働時間となれば時間外労働となり、残業手当が発生します。休日であれば休日手当の対象にもなりますし、深夜に及べば深夜手当の対象となります。会社にとっては労働時間の取り扱いが適切でなければ賃金未払いのリスクにも繋がってしまうのです。

疑義が生じたことは社内のワークフローに沿って適切に挙げ、都度解消することでルールも明確となり、より働きやすい職場づくりにも繋がっていくことでしょう。

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土井 裕介(どい・ゆうすけ)

特定社会保険労務士

医療労務コンサルタント、ジョブオペTM認定コンサルタント。静岡県出身。家族の病気をきっかけに医療現場の働き方を目の当たりにする。働きやすい医療現場作りに貢献したいと考えコンサル業務に取り組む。また、フジテレビの番組「Live News イット!」において「調べてみたら」の年金コーナーの監修を行うなど、各種メディアへの執筆を通してわかりやすい制度の解説を心がけている。

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(特定社会保険労務士 土井 裕介)
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