コメ価格はこのまま下がっていくのだろうか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「生産量が増えても、JA農協が在庫を調整して市場への供給を減らせば価格は下がらない。
■コメ問題は終わっていない
コメの小売価格が5キロ3500円程度に低下したことから、コメ問題は決着したといわんばかりの報道がなされている。
しかし、これは小泉進次郎農相が備蓄米を特売的に5キロ2000円程度で売り出したため、平均価格が下がっているだけである。従来の銘柄米の価格は、まだ4300円程度でほとんど低下していない。備蓄米がなくなれば、平均価格は4000円台に上昇する。7月27日までの1週間に小売店で販売されたコメの平均価格は、前の週と比べて40円高い5キロあたり3625円と、小幅ながら10週ぶりに値上がりに転じている。
しかも、2023年までは銘柄米でも2000円程度かそれを下回る水準だったことを考えると、現在の4000円を超える水準は異常である。
他方で、JA農協は、農家に通常年の2倍以上の概算金(出来秋に払う仮渡金)を提示している。これに農協の諸経費を上乗せすると、史上最高水準となっている現在の玄米60キログラム当たり2万8000円と同じくなる。これが精米ベースでは5キロ4300円に相当すると考えると、コメの値段は下がらない。JA農協から買った卸売業者がこれより安く販売すると損失を被るからだ。
米価高騰で麦、大豆やあられ・せんべい用等のコメから主食用のコメへの生産が拡大すると思われたが、新潟などのコメどころでは猛暑と少雨の影響が見込まれている。
7月23日に行われた日米関税交渉では、アメリカ産米の輸入割合を拡大することで合意した。しかし、これも「ミニマムアクセス枠」(年間77万トン)の枠内でアメリカ産米の比率が増える(45%→65%)だけで、しかも食用には向けないとしている。農林族議員やJA農協の反発を考慮してコメの値段を下げないようにしたのだ。小泉農相は少し前には輸入米を入れてもコメの値段を上げると言ったのに、主張を変えている。
■私の指摘は農水省自身の調査で立証された
我ながら不思議に思うことがある。
昨年来のコメ騒動で農水省がつき続けたウソやデタラメな主張に対する私の指摘や反論が、その後の同省自身の調査ですべて正しいと立証されたのである。役所はめったなことでは誤りを認めないのに、ウソを重ねた結果つじつまが合わなくなった農水省はそうせざるをえないほど追い込まれたのだ。
しかし、マスコミもテレビ等に出演したコメの専門家と言われた人たちも、農水省の虚偽の主張をなぞるような記事やコメントを出していた。
「新米が供給されると価格は下がる」とか、「流通業者が価格騰貴を当て込んで買い占め・売り惜しんでいる」とか、「“流通の目詰まり”がある」とかなど根拠のない事実を報道していた。「流通の目詰まりを理由として備蓄米を放出するのは初めてだ」と農水省の言うままを報道した。
後ほど詳しく解説するが、農水省の調査で「流通の目詰まり論」が否定されたのだから、今年行った備蓄米の放出はすべて違法に行われたことになるはずだ。しかし、いまだに、この点を問題として取り上げるマスコミも政党もいない。
■マスコミには正しい報道をしてほしい
残念なことに、農水省のウソを見破れる人はいなかった。
これらについて詳しい内容を知りたい方は、出版したばかりの小著『コメ高騰の深層』(宝島社新書)をお読みいただきたい。コメ問題を検討する政府の審議会のメンバーや国会議員の人たちも、何が問題だったのかが、この本でよく理解できるはずだ。
もちろん、私に特別な能力が備わっていたわけではない。私が使ったのは、農水省が公表している基礎的なデータと需要と供給の簡単な経済学である。
需要が増えたり供給が減ったりすれば、価格は上がる。逆の場合には価格が下がる。しかし、この中学校で習う基礎的な知識が、コメ問題を報道するマスコミ関係者にほとんど理解されていなかった。そのため、私は取材に訪れるマスコミ関係者にこれを十分に解説してから、コメ問題を説明しなければならなかった。
また、農水省を担当している記者も、私が「農政トライアングル」と呼ぶ既得権グループがなぜ、高米価・減反政策に固執するのか、農政についての大きな構図を理解していないようだった。高米価・減反政策で零細な兼業農家を滞留させたことが、JA農協が金融事業で繁栄する基礎となっているのである。
しかし、これも、私が書いた『農協の大罪』(宝島社新書)や『国民のための「食と農」の授業』(日本経済新聞出版)などを読んでいれば、なぜ農水省がコメは不足していない等の虚偽の主張をするのかという動機を見破ることは簡単だったはずである。
■「令和のコメ騒動」の真相
これまでの展開をまとめよう。
生産者が販売する2021年産米の価格が玄米60キログラム当たり1万3000円に低下して以降、農水省とJA農協は減反を強化して米価を引き上げようとした。23年産米は作付け前から減反強化で対前年比10万トン減少していた。
さらに、登熟期に猛暑の影響を受け、玄米から精米にする過程で流通から排除される白濁米などの被害粒が約30万トン発生した。合計40万トン程度の供給不足が生じた。
コメは本来当年10月から翌年9月にかけて消費される。23年産米の供給が足りない分、24年8~9月にかけて24年産米を先食いしたので、10月時点で既に24年産米は40万トン不足していた。
この結果JA農協や大手卸売業者の民間在庫は25年3月備蓄米が放出されるまで前年同月比で40万トン減少した。
■ウソにウソを重ねた農水省
減反強化と猛暑で23年産米の実供給量が減少していることは分かっていたはずなのに、農水省は「コメは不足していない」と言い張った。24年夏のコメ不足を、「南海トラフ地震臨時情報の発表で家庭用の備蓄需要が急増したからだ」と農水省は説明した。しかし、それなら家庭への在庫増加で民間在庫量は減少しているはずなのに、そうではなかった。
農水省は、24年夏の大阪府知事からの備蓄米放出要請を拒否し、卸売業者が在庫を放出しないからだとして、責任を卸売業者に押し付けた。在庫には金利や倉庫料の負担が伴う。それでも取引先への供給、端境期や不作時への対応などで在庫は持たざるをえない。
自由に在庫を処分できるなら、米価高騰の中で卸売業者は大きな利益を上げたはずである。同省がかたくなに不足を認めようとしなかったのは、備蓄米を放出して米価が下がることを避けようとしたからだ。
農水省は「9月になれば新米(24産米)が供給されるので、コメ不足は解消され米価は低下する」と主張した。だが、逆に価格が上昇すると、こんどは「流通段階で誰かが投機目的で米をため込んでいて流通させていないからだ」と主張した。この量はJA農協の在庫の減少分21万トンだと主張した。
しかし、24年産米の生産は18万トン増えている一方25年1月の民間在庫の減少は45万トンなので、63万トンが溜め込まれているはずだった。いずれにしても、同省は、生産は増えているので供給は不足しているのではなく、投機目的による“流通の目詰まり”、“消えたコメ”に問題があるという主張を展開した。
■二度の調査で農水省はウソを認めた
25年2月農水省は江藤農水相(当時)の下でこれまで把握してなかった小規模事業者の在庫調査を行ったが、これら業者はコメを隠すために在庫を増やすどころか、逆に減少させていた。“消えた米”はなかったのである。
農水省は、生産者から外食業者まで合計19万トン在庫が増えているとしたが、生産増加の18万トンに比べ、在庫が1万トン増えたというだけでは米価急騰の説明にはなっていなかった。
小泉農相の下で、再度、集荷や販売を行う全7万業者への在庫調査を行った結果、回答した4400の業者の在庫量は前年比で1000トン多かっただけだった。生産者や、中・外食、小売業者への聞き取り調査でも在庫を抱え込むという“流通の目詰まり”は確認できなかった。コメは不足していたのである。だから値段が上昇したのだ。農水省は自身の二度にわたる調査で虚偽の主張を行っていたことを認めることになった。
そもそも、コメには流通履歴を記録するトレーサビリティ法があるので、同省がこの法律を適切に運用していれば、コメが消えることはあり得なかった。
■農水省の受給見通しが外れるワケ
農水省が公表するコメの需給見通しは、JA農協等が生産者に減反を行わせる根拠となってきた。
需要(消費)が1年でこれほど振れるのはありえない。なぜ、こんなことが起きるのだろうか?
実は、農水省は直接需要量を計測しているのではない。需要量は次の式から推計したものである。
生産量+前期末在庫-需要量=当期末在庫
なので、これを変形すると
需要量=生産量+前期末在庫-当期末在庫
が得られる。
上の式では生産量が増加すれば、その分需要量も増加する。
農水省は前年(23年7月~24年6月)もインバウンド等によって11万トンの需要増加があると主張していた。しかし、インバウンドの増加はせいぜい3万トンくらいに過ぎない。これは、同省が23年産の猛暑の影響を十分考慮しないで生産量を大きく見積もった結果、需要量を大きく推計したことによるものだ。
24年産についても、農水省は生産が18万トン前年より増加したと公表していた。これが現場の感覚と異なると多くの生産者に指摘されて、生産量の把握の仕方を見直さざるを得なくなった。つまり、消費量が多めに出るのは、農水省の生産量の見通しが上振れしているからなのだ。
しかし、農水省にもこれを審議した審議会の委員もなぜこのようなことが起きるのか分かっていないようだ。今も農水省は需要が上振れしたのはインバウンドによる需要増を考慮しなかったのだと言っている。要するに、プロがいないのだ。そもそも、減反を廃止するのであれば、不確かな需要の推計を示す必要はない。作況指数の公表を取りやめたのなら、これもやめるべきだ。
■コメ不足は人災「責任を取らせよう」
冒頭で説明したように、備蓄米がなくなれば、米価は再び上昇に転じる。コメ問題は終わっていない。
石破内閣は、コメ政策を見直して増産には舵を切ると言う。一方で農水省は米価が下がることを懸念しているという。減反を廃止するなら米価が下がるのは当然だ。つまり、石破内閣が増産というのは、生産調整を前提として米価が下がらない範囲で生産を増やすと言っているだけだ。このような微温的なコメ政策の変更が、石破総理の続投の理由になるとは考えられない。本気で正しい政策をやり遂げたいなら。減反を廃止して米価を下げ、影響を受ける主業農家に限って直接支払いすることで、かれらに農地を集積させ農業の構造改革を推進すると、なぜ勇気を出して言わないのか?このままでは、何をやりたいのか分からなかった総理で終わりそうである。
同時に重大なことは、農水省の国民への背任的行為である。森友事件でも財務省が公文書を改ざんしたと指摘された。しかし、国民への影響からすれば、コメ問題は森友事件の比ではない。それなのに農水省は国民に多くの被害を与えたという認識を持っているのだろうか?
これは明らかに農政トライアングルが引き起こした人災である。国民のための食料・農業政策を実現するためには、農水省がなぜ国民を騙し続けようとしたのかしっかり検証をするとともに、その責任を問うべきである。
2001年にBSEが発生したときの消費者を軽視した対応や2008年の汚染米事件での杜撰な対応については、政府や農水省内に調査検討委員会が設置され、検証と今後の対応が提案された。今回も同様の対応を行うべきではないのか。
BSEや汚染米と異なり、今回は農水省自身が引き起こしたものであり、より同省の責任が問われなければならない問題である。
しかし、農水省の責任が明らかになると、それを実行させたJA農協や自民党農林族議員の責任も明らかになる。結局、いつまでたっても、減反・高米価政策をやめさせることはできない。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
小泉農相が放出している備蓄米がなくなれば、価格はまた上昇に転じるだろう」という――。
■コメ問題は終わっていない
コメの小売価格が5キロ3500円程度に低下したことから、コメ問題は決着したといわんばかりの報道がなされている。
しかし、これは小泉進次郎農相が備蓄米を特売的に5キロ2000円程度で売り出したため、平均価格が下がっているだけである。従来の銘柄米の価格は、まだ4300円程度でほとんど低下していない。備蓄米がなくなれば、平均価格は4000円台に上昇する。7月27日までの1週間に小売店で販売されたコメの平均価格は、前の週と比べて40円高い5キロあたり3625円と、小幅ながら10週ぶりに値上がりに転じている。
しかも、2023年までは銘柄米でも2000円程度かそれを下回る水準だったことを考えると、現在の4000円を超える水準は異常である。
他方で、JA農協は、農家に通常年の2倍以上の概算金(出来秋に払う仮渡金)を提示している。これに農協の諸経費を上乗せすると、史上最高水準となっている現在の玄米60キログラム当たり2万8000円と同じくなる。これが精米ベースでは5キロ4300円に相当すると考えると、コメの値段は下がらない。JA農協から買った卸売業者がこれより安く販売すると損失を被るからだ。
米価高騰で麦、大豆やあられ・せんべい用等のコメから主食用のコメへの生産が拡大すると思われたが、新潟などのコメどころでは猛暑と少雨の影響が見込まれている。
今回のコメ不足の原因となった23年産米の時と同じである。また、コメの生産が増えても、JA農協が在庫を増やすことで市場への供給を減らせば、米価は下がらない。
7月23日に行われた日米関税交渉では、アメリカ産米の輸入割合を拡大することで合意した。しかし、これも「ミニマムアクセス枠」(年間77万トン)の枠内でアメリカ産米の比率が増える(45%→65%)だけで、しかも食用には向けないとしている。農林族議員やJA農協の反発を考慮してコメの値段を下げないようにしたのだ。小泉農相は少し前には輸入米を入れてもコメの値段を上げると言ったのに、主張を変えている。
■私の指摘は農水省自身の調査で立証された
我ながら不思議に思うことがある。
昨年来のコメ騒動で農水省がつき続けたウソやデタラメな主張に対する私の指摘や反論が、その後の同省自身の調査ですべて正しいと立証されたのである。役所はめったなことでは誤りを認めないのに、ウソを重ねた結果つじつまが合わなくなった農水省はそうせざるをえないほど追い込まれたのだ。
しかし、マスコミもテレビ等に出演したコメの専門家と言われた人たちも、農水省の虚偽の主張をなぞるような記事やコメントを出していた。
「新米が供給されると価格は下がる」とか、「流通業者が価格騰貴を当て込んで買い占め・売り惜しんでいる」とか、「“流通の目詰まり”がある」とかなど根拠のない事実を報道していた。「流通の目詰まりを理由として備蓄米を放出するのは初めてだ」と農水省の言うままを報道した。
役所は正しいことを言っているはずだと思い込み、一歩退いて客観的に観察しようとする姿勢がなかった。
後ほど詳しく解説するが、農水省の調査で「流通の目詰まり論」が否定されたのだから、今年行った備蓄米の放出はすべて違法に行われたことになるはずだ。しかし、いまだに、この点を問題として取り上げるマスコミも政党もいない。
■マスコミには正しい報道をしてほしい
残念なことに、農水省のウソを見破れる人はいなかった。
これらについて詳しい内容を知りたい方は、出版したばかりの小著『コメ高騰の深層』(宝島社新書)をお読みいただきたい。コメ問題を検討する政府の審議会のメンバーや国会議員の人たちも、何が問題だったのかが、この本でよく理解できるはずだ。
もちろん、私に特別な能力が備わっていたわけではない。私が使ったのは、農水省が公表している基礎的なデータと需要と供給の簡単な経済学である。
需要が増えたり供給が減ったりすれば、価格は上がる。逆の場合には価格が下がる。しかし、この中学校で習う基礎的な知識が、コメ問題を報道するマスコミ関係者にほとんど理解されていなかった。そのため、私は取材に訪れるマスコミ関係者にこれを十分に解説してから、コメ問題を説明しなければならなかった。
マスコミ関係者がこの簡単な経済原則が理解できていれば、農水省のウソは簡単に見破ることができたはずである。
また、農水省を担当している記者も、私が「農政トライアングル」と呼ぶ既得権グループがなぜ、高米価・減反政策に固執するのか、農政についての大きな構図を理解していないようだった。高米価・減反政策で零細な兼業農家を滞留させたことが、JA農協が金融事業で繁栄する基礎となっているのである。
しかし、これも、私が書いた『農協の大罪』(宝島社新書)や『国民のための「食と農」の授業』(日本経済新聞出版)などを読んでいれば、なぜ農水省がコメは不足していない等の虚偽の主張をするのかという動機を見破ることは簡単だったはずである。
■「令和のコメ騒動」の真相
これまでの展開をまとめよう。
生産者が販売する2021年産米の価格が玄米60キログラム当たり1万3000円に低下して以降、農水省とJA農協は減反を強化して米価を引き上げようとした。23年産米は作付け前から減反強化で対前年比10万トン減少していた。
さらに、登熟期に猛暑の影響を受け、玄米から精米にする過程で流通から排除される白濁米などの被害粒が約30万トン発生した。合計40万トン程度の供給不足が生じた。
コメは本来当年10月から翌年9月にかけて消費される。23年産米の供給が足りない分、24年8~9月にかけて24年産米を先食いしたので、10月時点で既に24年産米は40万トン不足していた。
この結果JA農協や大手卸売業者の民間在庫は25年3月備蓄米が放出されるまで前年同月比で40万トン減少した。
生産者が販売する玄米60キログラム当たりの米価は25年5月に2万8000円という史上最高の水準まで高騰した。
■ウソにウソを重ねた農水省
減反強化と猛暑で23年産米の実供給量が減少していることは分かっていたはずなのに、農水省は「コメは不足していない」と言い張った。24年夏のコメ不足を、「南海トラフ地震臨時情報の発表で家庭用の備蓄需要が急増したからだ」と農水省は説明した。しかし、それなら家庭への在庫増加で民間在庫量は減少しているはずなのに、そうではなかった。
農水省は、24年夏の大阪府知事からの備蓄米放出要請を拒否し、卸売業者が在庫を放出しないからだとして、責任を卸売業者に押し付けた。在庫には金利や倉庫料の負担が伴う。それでも取引先への供給、端境期や不作時への対応などで在庫は持たざるをえない。
自由に在庫を処分できるなら、米価高騰の中で卸売業者は大きな利益を上げたはずである。同省がかたくなに不足を認めようとしなかったのは、備蓄米を放出して米価が下がることを避けようとしたからだ。
農水省は「9月になれば新米(24産米)が供給されるので、コメ不足は解消され米価は低下する」と主張した。だが、逆に価格が上昇すると、こんどは「流通段階で誰かが投機目的で米をため込んでいて流通させていないからだ」と主張した。この量はJA農協の在庫の減少分21万トンだと主張した。
しかし、24年産米の生産は18万トン増えている一方25年1月の民間在庫の減少は45万トンなので、63万トンが溜め込まれているはずだった。いずれにしても、同省は、生産は増えているので供給は不足しているのではなく、投機目的による“流通の目詰まり”、“消えたコメ”に問題があるという主張を展開した。
■二度の調査で農水省はウソを認めた
25年2月農水省は江藤農水相(当時)の下でこれまで把握してなかった小規模事業者の在庫調査を行ったが、これら業者はコメを隠すために在庫を増やすどころか、逆に減少させていた。“消えた米”はなかったのである。
農水省は、生産者から外食業者まで合計19万トン在庫が増えているとしたが、生産増加の18万トンに比べ、在庫が1万トン増えたというだけでは米価急騰の説明にはなっていなかった。
小泉農相の下で、再度、集荷や販売を行う全7万業者への在庫調査を行った結果、回答した4400の業者の在庫量は前年比で1000トン多かっただけだった。生産者や、中・外食、小売業者への聞き取り調査でも在庫を抱え込むという“流通の目詰まり”は確認できなかった。コメは不足していたのである。だから値段が上昇したのだ。農水省は自身の二度にわたる調査で虚偽の主張を行っていたことを認めることになった。
そもそも、コメには流通履歴を記録するトレーサビリティ法があるので、同省がこの法律を適切に運用していれば、コメが消えることはあり得なかった。
■農水省の受給見通しが外れるワケ
農水省が公表するコメの需給見通しは、JA農協等が生産者に減反を行わせる根拠となってきた。
しかし、同省は2025年6月までの主食用米の年間需要量が、当初見込みの674万トンから711万トンに37万トンも上振れしたとして、需給見通しの公表を見送った。
需要(消費)が1年でこれほど振れるのはありえない。なぜ、こんなことが起きるのだろうか?
実は、農水省は直接需要量を計測しているのではない。需要量は次の式から推計したものである。
生産量+前期末在庫-需要量=当期末在庫
なので、これを変形すると
需要量=生産量+前期末在庫-当期末在庫
が得られる。
上の式では生産量が増加すれば、その分需要量も増加する。
農水省は前年(23年7月~24年6月)もインバウンド等によって11万トンの需要増加があると主張していた。しかし、インバウンドの増加はせいぜい3万トンくらいに過ぎない。これは、同省が23年産の猛暑の影響を十分考慮しないで生産量を大きく見積もった結果、需要量を大きく推計したことによるものだ。
24年産についても、農水省は生産が18万トン前年より増加したと公表していた。これが現場の感覚と異なると多くの生産者に指摘されて、生産量の把握の仕方を見直さざるを得なくなった。つまり、消費量が多めに出るのは、農水省の生産量の見通しが上振れしているからなのだ。
しかし、農水省にもこれを審議した審議会の委員もなぜこのようなことが起きるのか分かっていないようだ。今も農水省は需要が上振れしたのはインバウンドによる需要増を考慮しなかったのだと言っている。要するに、プロがいないのだ。そもそも、減反を廃止するのであれば、不確かな需要の推計を示す必要はない。作況指数の公表を取りやめたのなら、これもやめるべきだ。
■コメ不足は人災「責任を取らせよう」
冒頭で説明したように、備蓄米がなくなれば、米価は再び上昇に転じる。コメ問題は終わっていない。
石破内閣は、コメ政策を見直して増産には舵を切ると言う。一方で農水省は米価が下がることを懸念しているという。減反を廃止するなら米価が下がるのは当然だ。つまり、石破内閣が増産というのは、生産調整を前提として米価が下がらない範囲で生産を増やすと言っているだけだ。このような微温的なコメ政策の変更が、石破総理の続投の理由になるとは考えられない。本気で正しい政策をやり遂げたいなら。減反を廃止して米価を下げ、影響を受ける主業農家に限って直接支払いすることで、かれらに農地を集積させ農業の構造改革を推進すると、なぜ勇気を出して言わないのか?このままでは、何をやりたいのか分からなかった総理で終わりそうである。
同時に重大なことは、農水省の国民への背任的行為である。森友事件でも財務省が公文書を改ざんしたと指摘された。しかし、国民への影響からすれば、コメ問題は森友事件の比ではない。それなのに農水省は国民に多くの被害を与えたという認識を持っているのだろうか?
これは明らかに農政トライアングルが引き起こした人災である。国民のための食料・農業政策を実現するためには、農水省がなぜ国民を騙し続けようとしたのかしっかり検証をするとともに、その責任を問うべきである。
2001年にBSEが発生したときの消費者を軽視した対応や2008年の汚染米事件での杜撰な対応については、政府や農水省内に調査検討委員会が設置され、検証と今後の対応が提案された。今回も同様の対応を行うべきではないのか。
BSEや汚染米と異なり、今回は農水省自身が引き起こしたものであり、より同省の責任が問われなければならない問題である。
しかし、農水省の責任が明らかになると、それを実行させたJA農協や自民党農林族議員の責任も明らかになる。結局、いつまでたっても、減反・高米価政策をやめさせることはできない。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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