[ナガコが見た!ミュージックビデオ日本史]Vol.06 2000年代に突入し、邦楽MVにも訪れた目まぐるしい変化とは?

[ナガコが見た!ミュージックビデオ日本史]Vol.06 2000年代に突入し、邦楽MVにも訪れた目まぐるしい変化とは?
       
txt:林永子 構成:編集部日本のミュージック・ビデオ(以下:MV)シーンを超近視的に目撃してきた映像ライターの林永子が、その歴史を振り返る本連載もいよいよ怒涛の2000年代に突入。21世紀の到来とともに、邦楽MVにも訪れた目まぐるしい変化とは何か紐解いていこう。


多角的な変革期映像を活用した音楽表現を実験的に行った黎明期より、主にテレビメディアで機能する音楽販売促進ツールとしての需要を加速的に高めた90年代を経て、00年代の邦楽MVを待ち受けていたのは多角的な「変革」だった。関連する要素は概ね以下である。

(1)音楽産業の動向
(2)映像機材の変化
(3)インターネットの台頭

この大枠により、以下に大きな変革が訪れた。

  • MVの制作環境およびスキーム
  • 視聴プラットフォームの移行(テレビからPC・携帯電話へ)
これらの構造を背景に、前時代を刷新する革新的なMVが数多く誕生した。その2000年代の代表作および制作者について、3回にわたって時系列で紹介するとともに、上記の構造背景についても詳述する。


00年代の邦楽シーンまずは、(1)音楽産業の動向について。90年代の音楽バブルより一転。CDの売上が低迷した00年代は、デジタル音楽配信への移行やインターネット上での音楽データの取り扱い等も含めて、それまでの音楽業界の既成概念が刷新される気運にあった。CDの売上は1998年頃にピークに達した以降減少傾向を辿ったが、2000年は複数曲がダブルミリオンを達成し。年間売上ランキングの10位台までミリオンヒットが続いたことから、依然として隆盛期にあった印象を受ける。

90年代後半にデビューした女性シンガーたち(宇多田ヒカル、倉木麻衣、椎名林檎、bird、浜崎あゆみ、MISIA等)の活躍もめざましく、それぞれの魅力を最大限に引き出すMV表現にも注目が寄せられた(例 宇多田ヒカル「Wait&See ~リスク~」Dir:竹石渉、浜崎あゆみ「SEASONS」Dir:竹石渉、椎名林檎「ギプス」Dir:番場秀一、椎名林檎「罪と罰」Dir:木村豊、MONDO GROSSO「LIFE Feat.bird」Dir:武藤真志、MISIA「Everything」Dir:上村右近、等)。

また、音楽専門チャンネル「スペースシャワーTV」が開催した祭典「MVA00」では、CGを用いたダンス表現が話題となったL’Arc~en~Ciel「STAY AWAY」(Dir:上田拓&多田琢)がBEST VIDEO OF THE YEARを獲得。ドラマ仕立てのユーモラスな演出としてはT.M.Revolution「魔弾~Der Freischutz~」(Dir:三木俊一郎)も印象深い。

個人的には、同年惜しまれつつも解散したBLANKEY JET CITY「不良の森」MV(Dir:番場秀一)や、電気グルーヴ「Nothing’s Gonna Change」(Dir:田中秀幸・ピエール瀧)の美しい3DCGアニメーション等が記憶に残っている。田中氏は同年、「慎吾ママのおはロック」MVも手がけている。その振り幅も魅力のひとつだ。


MVの制作者たち90年代よりMVを主に制作していたレコード会社の映像部や制作プロダクションについては、本連載のVol.4で詳述した。2000年~01年には新たに、以降のMVシーンを牽引する大手プロダクションの「祭 MAZRI」と「P.I.C.S.」が参入。両社ともに複数のプロデュースラインと所属ディレクターを有する。

「祭 MAZRI」は、CM制作会社「TYO」から派生した音楽映像に特化したプロダクション。MVやライブ映像の制作のみならず、ライブイベント「MAZRIの祭」を日比谷公会堂で継続的に開催するなど、音楽およびミュージシャンとの深い信頼関係で結ばれた独自の企画を展開し続けている。

2012年にはチバユウスケのソロプロジェクト「SNAKE ON THE BEACH」の楽曲をモチーフとしたロック・ムービー「赤い季節」(監督:能野哲彦)を制作プロデュース。現在は所属ディレクター(井上強、番場秀一、野村徹)に加え、レップクリエイター(小松荘一良、掛川康典)も参加している。

「P.I.C.S.」の設立は2001年。その前身は、80年代よりビデオアーティストとして活躍し、現在は多摩美術大学情報デザイン学科の教授をつとめるクリエィティブディレクターの寺井弘典が在籍していたMTV JAPANのオンエアプロモーション部(チャンネルのブランディングや番組パッケージ等を制作)である。

1994年より「MTV STATION ID CONTEST」(MTVのロゴを使用した10秒の映像を公募)を開催し、受賞したクリエイター(井上靖雄、内野政明、中尾浩之、西郡勲等)が同部に所属するなど、若手育成にも貢献。2001年からはクリエイティブプロダクションとして独立し、数多くのMV、CM、オリジナルコンテンツ、ブロードバンドデザイン、OOH、大型イベント映像等を幅広く手がけている。

監督が自社プロダクションを運営する「ディレクターズ・カンパニー」の代表例としては、1999年に「Yellow Brain」を立ち上げた丹下紘希。2001年頃に手がけた数々のヒット作(桑田佳祐「白い恋人達」、CHEMISTRY「PIECE OF A DREAM」、MISIA「Rhythm Reflection」、Mr.Children「youthful days」等)が話題を呼んだ。

同時期には、eastern youth「踵鳴る」「静寂が燃える」、Cocco「星に願いを」MV等を演出した井上哲央が自社プロダクション「Colorfield」を設立。のちにCHEMISTRY「Point of No Return」や浜崎あゆみ「Moments」「Marionette」等のヒット作MVを演出している。

また、同2001年は、90年代にポストプロダクションのエディターからディレクターに転身した「teevee graphics」の小島淳二が、砂原良徳「LOVEBEAT」やキリンジ「ムラサキ☆サンセット」等、モーショングラフィックス作品を続々と手がけ、邦楽MVの刷新に一石を投じた。

エディター出身でInfernoアーティストおよびディレクターとして活躍している人物といえば、田所貴司、野田智雄、Higuchinsky等が挙げられる。田所氏は同年アイドル不作の時代と呼ばれた90年後期にデビューしたモーニング娘。「恋愛レボリューション21」を演出している。同ハロー!プロジェクトはユニット企画(たんぽぽ、プッチモニ、ミニモニ。等)も含めて、現在まで続くアイドル人気の礎を築いた。

その他、オレンジ色のツナギのスタイリングが印象的だったRIP SLYME「STEPPER’S DELIGHT」(Dir:groovisions)や、不思議な絵本の合成アニメーションが秀逸なACO「星ノクズ」(Dir:木村豊)を筆頭に、CDジャケット等を手がけるグラフィックデザイナーがMVを演出するケースも増加した。

3DCGアニメーションが高く評価されたm-flo「Dispatch feat. Dev Large, Nippy & Vincent Galluo」(Dir:ELECROTNIK)や、ミニマルながらも洗練されたCornelius「Tone Twilight Zone」「I Hate Hate」(Dir:辻川幸一郎)等、個人および少数精鋭チームで制作されたアート色の強いMV事例も徐々に増えていった。

ビデオアートとしては、テクノのルーツに迫るドキュメンタリー映画「モジュレーションズ」の公開記念ライブのリミックス音源を宇川直宏(現DOMMUNE)が映像化したDVD「Scanning of Modulations」が時代を牽引する代表作として挙げられる。


映像機材の移行と制作スキームの変化ここで改めて、2)映像機材の変化について触れたい。

00年代、映像制作機材はデジタル移行の渦中にあった。編集はリニアからノンリニアへ。グラフィックデザインにおけるDTP革命より約10年ほど遅れて、合成編集ソフト(After Effects、Final Cut等)や3DCGソフトが流通したことにより、個人の所有するPCでの映像制作が可能となる。

これにより、映像制作スキームにも変化が起こる。それまでは、撮影、照明、編集等、各セクションのプロが集合する大人数での制作体制が常態だった。だからこそ到達できるスケールの映像美があるとして。デスクトップ制作環境はその敷居の高さを覆し、個人あるいは少数精鋭メンバーによる新規参入のチャンスの門戸を大いに広げた。

結果、モーショングラフィックスやCGアニメーションを自ら手がける若手映像クリエイターが台頭。演出はもちろんのこと、自ら絵を描き、CGも制作し、撮影も行い、合成編集するといった具合に、ひとりまたは少数チームで何役もこなす人材も現れた。彼らは完成データを放送用のマスターテープに落とし込む最終納品段階でのみ、ポストプロダクション(編集施設)を利用した。その合理性を指し、若者のポスプロ離れが囁かれた。

また、その持ち前の機動力は新世代のミュージシャンとの親和性も高く、芸能色の強い前時代的な邦楽MVとは一線を画したスタイリッシュなMVが数多く誕生した。

その演出担当は通例にならうと、演出担当はディレクターと呼ばれるが、彼らが制作に携わる比重は分業制と比較しては破格に大きい。よって自ら手を動かす彼らを映像クリエイター、映像作家と呼ぶケースが台頭し始めた。そして、まさしく彼らを記録・紹介する年鑑として出版され、2018年からはオンライン運営されている「映像作家100人」の初版が発売されたのが2006年のことである。


オリジナル映像ムーブメント00年代前後には、以前より活躍していたMVのトップクリエイターが、映画、ドラマ、オリジナル作品等を続々と発表・販売するムーブメントも起こった。以下、事例をまとめる。

劇場公開映画:中野裕之「SF サムライ・フィクション」(1998)、竹内鉄郎「WiLD ZERO」(1999)、高橋栄樹「trancemission トランスミッション」(1999)、Higuchinsky「うずまき」(2000)、須永秀明「けものがれ、俺らの猿と」(2000)、薗田賢次「狂気の桜」(2001)、川村ケンスケ「記憶の音楽Gb」(2002)、井上靖雄「隣人13号」(2005)、ウスイヒロシ「いちばんきれいな水」(2006)等

日頃よりMV等でタッグを組んでいるミュージシャンと映像クリエイターが映画を制作するケースが軒並み増加した。また、2000年には、BS-i開局記念のオムニバスドラマ「地球大爆破」が放映され、通常のドラマではお目にかかれない実験的かつユーモラスな演出の数々が話題となった(ディレクター:サイモン・テイラー(TOMATO)、関口現、竹内スグル、田中秀幸、フランク・サクラメント)。

2002年には短編オムニバス映画「Jam Films」が公開(ディレクター:北村龍平、篠原哲雄、飯田譲治、望月六郎、堤幸彦、行定勲、岩井俊二)。オープニングCGは80年代より活躍する映像作家であり、現在は多摩美術大学情報デザイン学科メディアアートコースの教授を務める原田大三郎だ。

2003年には、「Jam Films2」(井上秀憲、小島淳二、高橋栄樹、丹下紘希)が、2005年には「Jam Films S」(阿部雄一、石川均、薗田賢次、高津隆一、手嶋領、浜本正機、原田大三郎)が公開された。

「Jam Films2」の小島監督作品「Japan culture lab. / 机上の空論」は、ラーメンズの小林賢太郎とのユニット「NAMIKIBASHI」の作品であり、後に「THE JAPANESE TRADITION ~日本の形~」としてシリーズ化され、2006年にDVD発売。teevee graphicsは、ラーメンズ、テイトウワ、ヒロ杉山、谷田一郎等とともに制作した作品集「VIDEO VICTIM」(2001)、「VIDEO VICTIM 2」(2005)もDVD発売している。

他方、CMディレクターで映画監督の石井克人(「鮫肌男と桃尻娘」(1999)、「PARTY7」(2000)、カンヌ国際映画祭監督週間のオープニング作品となった「茶の味」(2004年)等)を中心としたDVDマガジン「Grasshoppa! VOL.1」(2002年、ディレクター:伊志嶺一、小原秀一、小池健、タケイグッドマン、武中貞宗)も、後に続くシリーズ展開を含めて人気を博した。

以上のように実験的かつ斬新な映像トライアルが盛んに行われた時代。その勢いの相乗効果により、MV作品や制作者たちの人気にも拍車がかかった。


CDの売上の減少傾向産業を巻き込む規模で音楽映像表現の拡張を試みるベテラン勢と、圧倒的な熱量を武器に革新的な映像表現を追求する若手クリエイターの活躍により、MVを含めた日本の映像文化が活性化した時代。その創造的な土壌の開拓と同時に、CDの売上が減少し始めた。

2002年、ミリオンセラーは年鑑ランキング1位の浜崎あゆみ「H」(3曲のシングルを全A面として収録)のみ。2003年のSMAP「世界に一つだけの花」はダブルミリオンを記録するものの、以下はミリオンに達せず、売上低迷期を迎える。が、MVは映像カルチャーの人気を象徴する存在として、意欲的に制作された。

2002年のランキング上位作は、宇多田ヒカル「traveling」(Dir:紀里谷和明)や元ちとせ「ワダツミの木」(Dir:川崎幹雄)、Dragon Ash「Life goes on」(Dir:須永秀明)、GLAY「Way of Difference」(Dir:牧鉄馬)等。

.窪塚洋介が出演したMr.Children「君が好き」(Dir:丹下紘希)や、「MVA03」にてBEST VIDEO OF THE YEARを受賞した桑田佳祐「東京」(Dir:信藤三雄)のような物語仕立ての演出も話題を集めた。

EGO-WRAPPIN’「くちばしにチェリー」(Dir:番場秀一)MVも人気作。この曲は日本テレビ系列で放映されていた連続テレビドラマ「私立探偵 濱マイク」の主題歌であり、同作には映画監督やMVのディレクター等が起用されていた(Alex Cox、青山真治、石井聰亙、岩松了、緒方明、須永秀明、竹内スグル、萩生田宏治、中島哲也、前田良輔、行定勲、利重剛)。

同年はCorneliusのDVD「Five Point One」(全曲5.1chサラウンドシステムでリミックス)も発売されている。「DROP - Do It Again」を筆頭に収録MV作品を手がける辻川幸一郎は、同年カヒミカリィ「Trapeziste」やUA「閃光」、翌年にはsketch show「ekot」「mars」等のMVを手がけ、その比類なき独創性に世界から注目が寄せられた。

余談だが、2002年は当方が主にMVおよびそのクリエイターたちについて取材・記録を行う「MVライター」としての活動を開始した年である。月刊「コマーシャル・フォト」「ブレーン」「PICT-UP」等で執筆していたのだが、本連載の情報はその活動によって得たものだ。

「MVライター」になって最初に行ったのは、「表記はMV、呼称はミュージックビデオで、統一すること」だった。プロモーションユース(PV)のみではなく、テレビ曲にストックされている単なる音楽情報素材(クリップ)でもない。ミュージシャンと映像クリエイターのコラボレーションによる「作品」だと強く主張したい意図が、そこにはあった。

東京都写真美術館でのMV展

2002年末には、P.I.C.S.の寺井弘典氏プロデュースによる大規模なMV展「MUSIC VIDEO:A Vehicle for New Sensitivity ミュージックビデオ/新しい感受性をのせて」が東京都写真美術館で開催(2002年12月22日~2003年2月20日)。当方も制作のお手伝いをさせていただいた。

同イベントでは、洋楽のエポックメイキングな作品から邦楽の話題作まで、合わせて約70タイトルのMVをプロジェクターで上映。会場には複数のビーズクッションを配置し、観客がリラックスして閲覧できる仕様とした。

上映ブースの外には、「ミシェル・ゴンドリー・レトロスペクティブ」と題したコーナーがあり、Daft Punk「Around The World 」の美術セットを再現すると同時に、ミシェル・ゴンドリー本人によるビデオメッセージも展示。別の上映ブースでは日本のMV制作プロダクション(OKNACK、GOIS、SEP、Birth、P.I.C.S.等)のショーリールも紹介した。

MV作品や制作者のクリエイティビティに着目した展示を美術館で行う企画とあり、その映像表現の豊かさや驚きのアイデアを芸術として堪能する素晴らしい機会となった。いわゆるMVファンではない家族やカップルも数多く来館し、大画面のプロジェクションで上映されたMVを楽しむ様子が今も記憶に鮮明に残っている。

また、2003年にはKPOキリンプラザ大阪で開催された「大ロック展」(邦楽のレコードジャケット展。一部にMV上映コーナー設置)にて、17名(井上哲央、井上靖雄、宇川直宏、UGICHIN、ウスイヒロシ、川村ケンスケ、末田健、須永秀明、竹内スグル、竹内鉄郎、丹下紘希、辻川幸一郎、原田大三郎、番場秀一、牧鉄馬、山口保幸、八若道洋)の作品を上映する機会を賜った。

2004年にも同所開催のイベントで、編集者の後藤繁雄氏がプロデュースした「MUSIC GRAFFITI JAPAN」に参加。CDジャケットのグラフィックデザインとMVの両者を手がけるクリエイター(宇川直宏、木村豊、小島淳二、groovisions、佐内正史、信藤三雄、TYCOON GRAPHICS、タナカノリユキ、田中秀幸、辻川幸一郎、生意気、野田凪、原田大三郎、牧鉄馬)の作品を展示上映した。


多様化するMV表現脱線してしまった。時節の代表作の話題に戻ろう。2003年には、ワンカット撮影で生歌唱を同時録音した森山直太朗「さくら(独唱)」(Dir:牧鉄馬)のMVが視聴者に強いインパクトを与えた。一枚絵のシンプルなフレームより生の歌声の迫力をより効果的に抽出する演出を試みた牧氏は、同年GLAY「Way of Diggerence」や平井堅「Life is…」のMVも手がけている。

一枚絵のインパクトといえば、2001年にJUDY & MARYを解散し、2002年にソロデューしたYUKIの「センチメンタルジャーニー」(Dir:野田凪)。YUKIと同じヘアメイク・スタイリングの大勢のエキストラが一人の動作のストロークを再現する、センセーショナルな演出が話題を呼んだ。

同年、椎名林檎はアルバム「加爾基 精液 栗ノ花」の世界観を映像化した「短編キネマ 百色眼鏡」DVDをリリース(出演:小雪、小林賢太郎、大森南朋、椎名林檎)。演出は主題歌「茎(STEM)~大名遊ビ編~」や「迷彩」のMVとともに番場秀一が手がけた。

映画のように世界観を作り込んだり、広告としてのアイキャッチ効果を狙って強いキービジュアルを強調したり、様々な演出方法によって音楽やミュージシャンの魅力を拡大化する中、トラックに合わせて様々な動画をサンプリングするケツメイシ「始まりの合図」(Dir:山口保幸)のような、時代に則した音感表現も登場した。

その山口氏は、ビデオアーティストとして80年代よりMV等の制作を開始し、2002年にプロダクション機能をもつアートサーブエリア「OMB」を設立。同社に当時若干21歳で参加した清水康彦は、Hi-5「ability」「1.2.3.4.」「TOKYO LIFE」等、デスクトップ制作環境を活かした新世代のMVクリエイターとして活躍した。

また、アニメーション作家の村田朋泰を起用したMr.Children「HERO」(2002年)や永田ナヲミが砂で描画したキセル「砂漠に咲いた花」(2003年)等、アニメーション作品も多数制作され、音楽家・映像作家の高木正勝による「rehome」のようなアート作品も現れた。

他方、プロモーションビデオとしての王道を行きつつ、広告映像表現としてのチャレンジを欠かさないシンガーが浜崎あゆみである。マキシシングル「&」の収録曲からは、「ourselves」(Dir:丹下紘希)「Greatful days」(Dir:須永秀明)「HANABI~episode ll~」(Dir:丹修一)のMV三部作が誕生。同時期に、同アーティストの異なる楽曲を複数のディレクターが演出する方法論もMV制作の定番のひとつである。


次回は2004年から2004年に入ると、なんとミリオンヒットがゼロとなり、本格的なCDの売上低迷期に突入。これに伴い、主にレコード会社の宣伝費より捻出されるMVの制作費も大幅に削減されることとなる。

一方で、世界的なデジタルフィルムフェスティバル「RESFEST」「onedotzero」や広告賞等にて日本のMVが高評価を得、話題作を手がけたクリエイターの人気および期待値は上昇し続けた。結果的にMVの制作環境は健全とは言い難い状況に陥ってしまうことになるのだが、それについては次回詳述する。

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2019年11月29日のIT記事

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