心臓の病気を克服して復活したスター選手11人

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サッカー界では、これまでも多くの選手が心臓の病気や異常によってピッチ上で倒れたり、キャリアの継続を断念せざるを得なかったりしている。命を落とした悲劇も少なくない。

一方で、治療や手術を経て再びピッチに戻った選手、現役復帰は叶わずとも新たな人生を歩み始めた選手もいる。



今回は、心臓の問題を経験しながら、生命の危機を乗り越えた名選手たちを特集する。



クリスティアン・エリクセン



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デンマーク代表の司令塔として長く活躍してきたクリスティアン・エリクセン。トッテナムで世界屈指のプレーメーカーとして評価を高め、インテルではセリエA優勝も経験した。



彼は2021年に行われたEURO2020のフィンランド戦で、試合中に突然ピッチへ倒れ込んだ。チームメイトたちが周囲を囲む中で救命処置が行われる場面は、サッカー界に大きな衝撃を与えた。



その後彼は植込み型除細動器を装着。イタリアでは規定の関係でインテルを退団することになったが、ブレントフォードでプレミアリーグ復帰を果たし、さらにマンチェスター・ユナイテッドでもプレーした。2022年のワールドカップにもデンマーク代表として出場しており、まさに奇跡的な復活を遂げた。



2026年6月にはデンマーク代表の親善試合中に再び倒れる場面があり、改めて心配の声が広がった。幸いにも体調は安定した状態だと伝えられているが、彼のキャリアは今も健康状態と向き合いながら続いている。



イケル・カシージャス



レアル・マドリーで長く活躍したことで知られる「聖イケル」。スペイン代表としても2010年のワールドカップ、2008年と2012年のEUROを制し、史上最高級のGKとして名を残した。



2015年にレアル・マドリーを退団したあとはポルトガルへ渡り、FCポルトの守護神を務めていた。

しかし2019年5月1日、トレーニング中に心筋梗塞を起こし、緊急搬送されることになった。



幸いにも命に別状はなく、手術を受けて退院。2か月後にはトレーニング場にも戻ったが、トップレベルでの現役復帰には至らなかった。2020年8月に正式に引退を発表している。



その後はレアル・マドリー財団の仕事など、古巣に関わる活動も行ってきた。現役最後の時間は突然断たれる形となったが、彼がゴールマウスで築いた実績は揺るがない。



サミ・ケディラ



ドイツ代表の名MFサミ・ケディラも、心臓に問題を抱えた経験を持つ選手の一人だ。



シュトゥットガルトで頭角を現し、2010年のワールドカップ後にレアル・マドリーへ移籍。さらにユヴェントスでも活躍し、ドイツ代表としては2014年のワールドカップ優勝メンバーとなった。豊富な運動量、戦術理解、重要な場面での得点力を備えたMFとして、長くトップレベルでプレーした。



彼はユヴェントスに所属していた2019年、心房性不整脈が見つかり、治療のために心臓の手術を受けている。クラブは手術が成功したことを発表し、ケディラはその後ピッチに復帰している。



晩年は負傷にも苦しみ、2021年にヘルタ・ベルリンで現役を引退。

心臓の手術が直接キャリアを終わらせたわけではなかったが、トップアスリートであっても突然大きな健康問題に直面することの難しさを感じさせた。



引退後は解説者やサッカー界での活動を行っており、冷静な分析力でも存在感を見せている。



ヌワンコ・カヌ



アーセナルでプレーしたことで知られるナイジェリアの長身ストライカー、ヌワンコ・カヌ。アヤックスでブレイクし、1995年にはUEFAチャンピオンズリーグ制覇も経験した。



その後、1996年のアトランタ五輪ではナイジェリア代表の金メダル獲得に貢献。しかしインテルへ移籍した直後、深刻な心臓の問題が明らかになった。医師からは「キャリアは終わった」と言われるほどの状態だったという。



それでも手術は成功し、カヌは現役復帰を果たす。そしてアーセナルへ移籍すると、アーセン・ヴェンゲル監督の下で独特のテクニックと長いリーチを生かし、プレミアリーグでも大きな成功を収めた。



彼の復活は、サッカー界における最も有名なカムバックストーリーの一つである。また、この経験をきっかけに、心臓病を抱えるアフリカの子どもたちを支援するための「Kanu Heart Foundation」を設立。現役引退後も、彼の名前はゴールやタイトルだけでなく、多くの命を救う活動とともに語られている。



ファブリス・ムアンバ



アーセナルのユースで育成されたコンゴ民主共和国出身のMFファブリス・ムアンバ。若くしてバーミンガム・シティへ移籍し、そこで評価を高めたあと、2008年にボルトン・ワンダラーズへ加入した。



事故が起こったのは2012年3月。FAカップのトッテナム戦で、ムアンバは突然ピッチ上に倒れ込んだ。心臓の鼓動も呼吸も停止している状態で搬送され、極めて深刻な状況だった。



しかし懸命な救命処置の末、2日後に意識を回復。命を取り留めたこと自体が奇跡的とされた。ただ、医師の判断もあり、選手としての現役復帰は断念。24歳という若さでキャリアを終えることになった。



その後のムアンバは心肺蘇生やAEDの重要性を広める活動に関わってきた。ピッチに戻ることはできなかったが、指導者としての活動に加え、サッカー協会の役員として自身の経験を生かしている。



ダニ・カルバハル



レアル・マドリーで長くプレーしてきた右サイドバック、ダニ・カルバハル。決して派手な選手ではないものの、攻守両面の安定感と勝負強さで、スター揃いのチームを後方から支えてきた。



2017年9月にレアル・マドリーとの契約を2022年まで延長した直後、ウイルス性の心膜炎によって心臓に問題を抱えていることが発覚した。一時は長期離脱やキャリアへの影響も心配されたが、治療を受けて無事に回復。

慎重なリハビリを経てピッチに戻っている。



その後もレアル・マドリーでチャンピオンズリーグ制覇に貢献し、スペイン代表としても重要な存在であり続けた。特にベテランとなってからも大舞台で高いパフォーマンスを見せ、心臓の問題を乗り越えたあともトップレベルを維持した選手の代表例と言える。



アンヘル・コレア



アトレティコ・マドリーで長く活躍したアルゼンチン人FWアンヘル・コレア。サン・ロレンソで台頭し、2014年にスペインへ渡ることになった。



しかし、アトレティコと契約を結んだ直後、心臓に腫瘍が見つかった。手術が必要となり、アメリカで治療を受けることに。もしそれがうまくいかなければ、トップレベルでのキャリアが終わっていた可能性もあったという。



それでもコレアは無事に復帰し、2015年にアトレティコでデビューを果たした。その後はディエゴ・シメオネ監督の下で、途中出場から流れを変えるアタッカーとして重宝され、ラ・リーガ優勝、ヨーロッパリーグ制覇などに貢献。アルゼンチン代表としても2022年のワールドカップ優勝メンバーとなった。



2025年には10年以上を過ごしたアトレティコを離れ、メキシコのティグレスへ移籍。心臓の腫瘍発覚から始まった欧州でのキャリアは、結果的に歴史に残る長い物語となった。



ルベン・デ・ラ・レー



レアル・マドリーの下部組織時代から次世代のスター候補と評価されていたMFルベン・デ・ラ・レー。ヘタフェで成長を見せたあと、レアル・マドリーに買い戻されるという経験をしている。



スペイン代表としてもEURO2008の優勝メンバーに名を連ね、将来を大きく期待されていた。しかし、レアル・マドリーに復帰してからわずか数か月後、2008年10月のコパ・デル・レイ、レアル・ウニオン戦で突然ピッチ上に倒れてしまう。



入院のうえ検査を受けた結果、心臓に重大な問題があることが判明。復帰を目指して長く検査を続けたものの、最終的には医師の助言を受け入れ、25歳で現役を引退することになった。その後は指導者の道へ進み、レアル・マドリーの下部組織などで経験を積んでいる。



ダレイ・ブリント



マンチェスター・ユナイテッドでもプレーしたことで知られるオランダ代表DF、ダレイ・ブリント。父ダニー・ブリントが活躍したアヤックスで育成され、ユナイテッドを離れたあとは古巣に戻ってキャプテンも務めた。



2019年12月に彼は心筋炎を抱えていることが発覚。植込み型除細動器を装着しながらプレーを続けることになった。2020年8月のプレシーズンマッチでは試合中に体調不良で倒れ込む場面もあり、周囲を大きく心配させたが、幸いにも深刻な事態には至らなかった。



その後もブリントは現役を続け、オランダ代表として2022年のワールドカップにも出場。決勝トーナメント1回戦のアメリカ戦ではゴールも決め、心臓の問題を抱えながらも大舞台で結果を残した。



彼のキャリアは、医療技術と慎重な管理のもとで、心臓に問題を抱えた選手がトップレベルに戻れる可能性を示したものだ。リスクと隣り合わせではあるが、ブリントはその中で自分のプレーを続けてきた。



リリアン・テュラム



フランス代表のレジェンドである名DFリリアン・テュラム。1998年のワールドカップ、2000年のEUROを制した黄金世代の中心人物であり、右サイドバック、センターバックとして世界最高峰の守備者だった。



パルマ、ユヴェントス、バルセロナで活躍し、フランス代表最多出場記録を長く保持した名選手である。しかし、彼が引退を決意するきっかけとなったのは心臓の問題だった。



2008年、バルセロナ退団後にPSGへの移籍が噂されていたが、メディカルチェックで心臓に異常がある可能性を指摘された。診断は完全に確定的なものではなかったとされるが、兄が心臓発作で亡くなっていたこともあり、テュラムはこの時点で現役引退を決断した。



その後は人種差別反対や社会問題に関する活動、著述、講演などを通じて影響力を発揮している。ピッチ上では圧倒的な守備者だったが、引退後は社会に対して強いメッセージを発信し続ける存在となった。



アイトール・カランカ



アスレティック・ビルバオやレアル・マドリーで活躍したスペイン代表DF、アイトール・カランカ。堅実なセンターバックとして長くキャリアを続けた選手だが、若い頃に心臓の問題で長期欠場を余儀なくされた経験を持つ。



1997年にレアル・マドリーへ移籍したあと、その1年後に特発性心筋心膜炎を患っていることが発覚した。当時のメディアではかなり深刻な状態だと報じられたが、実際には休養と投薬によって回復できるものだったという。



ただし、心臓に関わる問題である以上、慎重な対応が必要だった。カランカは1998-99シーズンの大部分を欠場することになり、キャリアの重要な時期に大きなブレーキをかけられた。



それでも復帰後はレアル・マドリーでチャンピオンズリーグ優勝を経験し、のちに指導者としても成功。ジョゼ・モウリーニョのアシスタントとして再びレアル・マドリーに戻り、その後はミドルズブラなどで監督を務めた。心臓の問題を乗り越え、選手としても指導者としても長くサッカー界に関わり続けた人物である。



怪我や病気で「若くして引退を余儀なくされた選手」10名



※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。



筆者:石井彰(編集部)

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