シニアデビューから2年、彼女はまさに順風満帆だった。だが、さらなる飛躍を期して迎えた今季、思うような時を過ごすことができずにいた。

グランプリファイナル出場を逃し、全日本選手権は6位。そして挽回をかけて臨んだ四大陸選手権で5位、今季を象徴するような結果に終わってしまった。
だが、坂本花織は、必ず復活する。苦しみの中でもがき続けた日々は、きっとつながるはずだ。盟友の三原舞依と共に、笑顔で過ごす未来へと――。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

大学生となり、練習方法を変えて臨んだ今シーズン

坂本花織の最大の魅力は、スピードだ。バランスを崩さないのが不思議なほど深く傾けたエッジでリンクの隅まで使う坂本のスケーティングには、迫力と爽快感がある。

武器であるジャンプの飛距離も、卓越したスケーティングの勢いそのままに踏み切っているからこそ出るのだろう。

しかし、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ今季の全日本選手権・ショートプログラム後、ミックスゾーンで坂本は次のように語っている。

「今回、『なんか全然スピード出ないな』って思いながら滑っていて」

見る者からすれば十分にスピードのあるスケーティングだったが、坂本本人には違和感があったということになる。今思えば、勢いに乗れないままシーズンを終えてしまった今季の坂本を象徴するような言葉だった。

坂本はシニアデビューした平昌五輪シーズン、全日本選手権で2位となり、激戦を制して五輪出場枠を勝ち取った。出場した五輪で6位に入賞、翌シーズンも四大陸、世界選手権に出場した。

シニアに上がってから充実した2シーズンを過ごし、大学生となって迎えた今季、坂本は自主性を重んじた練習をするようになった。しかし、練習方法の変化に対応するのは難しかったのかもしれない。グランプリシリーズでは2戦連続で4位となりファイナル出場を逃し、復活を期して臨んだ全日本選手権ではショートで3位につけながらも、フリーでミスを連発し総合6位に終わった。坂本は、全日本・フリー後のミックスゾーンで、涙にくれながら今季前半を振り返っている。

「今までは(中野園子)先生の言った通りにずっとやってきた。今年は『大人になるにつれて、自分の考えも持たないといけない』ということで、すべて先生の考えだけじゃなくて、自分の意見も混ぜ合わせながらやってきて、それがなかなか……。

多分自分の考えてやっていることが間違っていて、それが今シーズン全部出てきてしまっている。これをきっかけに、次はしっかり勉強して、来シーズンは自分にとっていい方向に考え直さないといけないなと思いました」

4回転やトリプルアクセルを跳ぶロシア勢がジュニアから上がってくる今季を前にして、シーズンオフの坂本はトリプルアクセルに取り組んでいる。ジュニアの時にも練習していたもののけがをしたことでやめていた大技をすぐに習得することはできず、結局今季試合で跳ぶことはなかった。ともあれ、今季に入り驚異的な勢いで高難度のジャンプが投入され始めた女子シングルの渦中で、戦い方が分からなくなるのは当然ともいえる。全日本で「今世界で急速に点数が伸びていて、難しい状態になったのはそれが関係ありましたか?」と問われた坂本は、「若干あるけど、自分に集中すればよかったなってすごく思いました」と答えている。

意欲的な振付への挑戦、表現へのこだわり

今シーズンの坂本は、ジャンプだけでなく表現面でも挑戦をしていた。今季のプログラムは、ショート・フリー共にアップテンポの曲に乗せた難しい振付だ。

昨年6月のアイスショーで、今季初めて依頼したシェイ=リーン・ボーンの振付による『No Roots』を披露した坂本は「ショートはステップが本当に難しくて、何回もこけたりとかしていて……やっとこけずにできている状態なので、もうちょっと練習して、切れよくやりたいなと思っています」と吐露している。

また、映画『マトリックス』の曲を使うフリーは、平昌五輪シーズンから坂本のプログラムを手がけるブノワ・リショーの振付だ。坂本は6月当時、「(振付が)ブノワさんなので全部難しいんですけど、頑張りたい」と語っている。最初から最後まで全速力で駆け抜けていくようなプログラムで、坂本の疾走感のあるスケーティングが生きると同時に、ジャンプも含めて完遂するのはハードであることは想像に難くない。

全日本の前日練習で、坂本はプログラムを滑り切ることを意識してきたと語っている。

「今シーズン、ショートもフリーも結構アップテンポの曲なので、ずっとフルで動き続けるっていうのがすごくきつかったりもする。

前はそこで諦めてしまうことが練習で多々あった。それをやめない限り最後まで全力で滑れないので、そういうのを練習しました」
「見ていて『かっこよかった』とか『すごかった』とか、『あっという間だった』って言わせるような、引き込めるような演技をしたいなと思っています」

滑り切るだけでつらいプログラムで、しかし坂本は表現面を突き詰めて滑ろうとしていた。全日本を控え、坂本はリショー氏とフリーの振付を手直ししている。

「後半につれてどんどんスピードが落ちていってしまっていたので、そのスピードを出せるようにコースをちょっと変えたりとか、振付を少し変えたりとかして。最後まで『マトリックス』の世界観を出せるように、ブラッシュアップしてもらいました」

全日本のショート後「振付が難しいプログラムですが、だんだんこなせてきた感じはありますか?」と尋ねると、坂本は凛とした表情で答えている。

「なんか『こなせて』しまうと、慣れてきているのかなとは思うんですけど……(自分の演技の)映像見て思うのは『だんだん、振付していた時よりは薄れてきているな』ということ。

慣れないといけないんですけど、慣れて(薄れて)しまうのも駄目だなってすごく思いました」

「こなす」という安易な言葉を使ったことを反省してしまうほど、坂本の言葉は真摯だった。苦しいシーズンを過ごす中でも、坂本はジャンプを優先して表現をおろそかにすることはしなかったのだ。

かけがえのない親友・三原舞依との絆

練習への取り組み方が過渡期にあったこと、トリプルアクセルへの挑戦が実らず、難しい振付にも取り組んでいたこと。これらに加え、坂本にとり最も大きなマイナス要因だったと思われるのは、チームメイトであり親友でもある三原舞依が病気のため休養していたことだ。

坂本は、三原と切磋琢磨しながら成長してきた。初優勝を果たした昨季全日本の際、坂本は4位だった三原舞依との練習が刺激になったと明かしている。

「練習から舞依ちゃんがすごく調子良くて、だんだん自分の出来が不安になってきて、そのまま離されてしまいそうな気がしたので、これはまずいと」

今季女子シングルを席捲しているロシアの3選手がエテリ・トゥトベリーゼ コーチの下で共に練習を積んでいることからも分かるように、同じレベルの選手と一緒に行う練習はスケーターをより高いレベルに引き上げる。しかし、今季の坂本には練習から競い合える大事な存在がいなかった。全日本で不本意なフリーを終え、涙も乾かないままミックスゾーンで取材に応じた坂本は、三原がいないのが不調の原因かと問われ、次のように答えている。

「今シーズン、練習の時から、つらくなったらやめてしまうという癖がついてしまって、それがこの試合(全日本)、大事なフリーの時に出てしまったかなってすごく思いました。近くに同じレベルの選手がいると『自分も負けないように頑張ろう』ってすごく思えるんですけど、今年は一人でやっていかないといけないのもあった。モチベーションの上げ方がよく分からなくて、そのままこのシーズン半分まできてしまったなと思います」

全日本の行われる東京に移動する前、坂本は拠点とするリンクで三原と会っている。朝の練習をした後にすれ違った三原は、いつものように「応援している」と言ってくれたという。「思っていたより元気そうだったので、よかったです」と言う坂本にとり、やはり三原はかけがえのないチームメイトなのだ。

失意の全日本を終え、坂本は新たな大技として4回転トウループを練習し始める。国民体育大会で初めてフリーに入れた4回転に、四大陸でもチャレンジした。両大会とも転倒したが、坂本本人もトリプルアクセルより跳びやすいと感じている4回転トウループに試合で挑んだことは、来季以降必ず生きてくるだろう。体力を消耗する振付への挑戦もまた、今後の糧となるはずだ。

自身にとり今季最後の大きな国際大会となった四大陸を5位で終えた坂本は、「最初の4回転はほぼチャレンジジャンプなので、もう結果はあれでいいんですけど、それ以外をしっかりまとめるのが大事だったのに、失敗してしまって、なんかすごく悔しいです」と振り返った。

「本当にこれ(四大陸)しかないと思って結構かけてきたんですけど、気持ちと体が一体になって動いていなかったのがすごく残念」

しかし、既に坂本は来季を見据えている。

「もう一度試合で自分のパフォーマンスをすべて出し切ることを、来シーズンはできるように。練習から自信を持ってできるようにしたいなと思っています」

来季の試合では、三原と共に練習を積んだ笑顔の坂本が、全速力でリンクを駆ける姿を見せてくれることを期待したい。

<了>