今年、2年連続9回目の高校サッカー選手権大会への出場を決めた京都橘高校が、この10月から新たな取り組みを始めている。月額500円で、マネージャーが主体となって撮影した毎週末の試合写真や試合前のロッカールームの様子などが見られる公式有料サイト「TACHIBANAクラブ」の運営だ。

TwitterやFacebookなどSNSでの発信を活発化させるチームが増えてはいるが、有料サイトの運営は、サッカーだけでなく高校スポーツ界を見渡しても先駆的な取り組みといっていい。開始から3カ月で50人以上もの人が登録するなど、上々の滑り出しを見せている京都橘の「TACHIBANAクラブ」立ち上げの理由に迫る。

(文・写真=森田将義)

高校サッカー界初! 京都橘がユニホームにスポンサーをつけた理由

2015年、京都橘高校サッカー部のユニホームが大きな話題を呼んだ。高校サッカー界で初めてとなるスポンサードを受ける企業のロゴをユニホームにつける試みは、高校スポーツの枠組みを超えた画期的な取り組みだった。

京都橘のユニホームスポンサーに名を連ねているのは、NIKE、全日本空輸株式会社(ANA)、キリンビバレッジ株式会社(KIRIN)、西川産業株式会社(東京西川)、吉本興業株式会社の5社。チームが金銭を受け取るのではなく、5社が数年に1度公式戦用のユニホームを作成する際の費用を分担し、そのリターンとしてユニホームに企業名を入れてきた。

狙いは、選手とチームの負担軽減だ。

公式戦に登録する選手全員のユニホーム一式、しかもホーム用とアウェイ用をそれぞれ買いそろえるとなると費用はばかにならない。本来なら、チームや保護者が負担しなければならない費用をスポンサーが受け持ってくれるメリットは大きい。部活動を運営するための費用は年々増えている。高校サッカーの高度化が進み、試合を分析するソフトの導入や、外部コーチを呼ぶ際の費用、コンディショニングや身体作りのための費用、他にも、遠征に出掛ける際に借りる観光バスの料金も数年前の倍近くまで跳ね上がっているという。

「選手にとってプラスになることをすると、お金がかかる」
米澤一成監督が、保護者や後援会の負担を少しでも軽減できればと考えた末にたどり着いたのが、ユニホームにスポンサーを入れるという方法だった。

企業からスポンサードを受けたことによって、京都橘の毎月の部費は練習後の補食にかかる費用も含めて、3000円という安さで済んでいる。

日々の遠征にかかる費用などは別途必要だが、選手権常連、全国に名を知られるサッカー部としては破格の安さといえるだろう。

一大イベント・選手権ではスポンサー露出ができない

 「企業とチームが“Win-Win”の関係が理想。企業名がいろいろな場所で目に触れるなど、スポンサーさんにもメリットがないといけない」

米澤監督が言うように、サポートをする企業にもメリットがなければスポンサードは成り立たない。取り組みを始めた2015年は幸いにも、高校年代最高峰のリーグである「高円宮杯プレミアリーグ」に在籍していたため、年間を通じて一定以上の露出が見込めた。また、当時は高校屈指のストライカーとして注目を集めたFW岩崎悠人(現・湘南ベルマーレ)が在籍していたのも大きかった。テレビ・雑誌でユニホームを着た姿が取り上げられる機会も多かったが、彼のような多くの人に注目される選手は、毎年のようには現れない。

しかも、高校サッカーが一番注目される全国高校サッカー選手権大会とそれに次ぐ注目度の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)は、全国高等学校体育連盟(高体連)が主催しているため、企業名が入ったユニホームは着用できない。

仮に選手権でスポンサーロゴ入りユニホームを着用できたとしても、県予選を勝ち抜けるとは限らない。選手や結果に左右されず、スポンサーに満足してもらう方法はないか? 米澤監督が考え付いた新たな試みが、サッカー部のオフィシャルサイトの作成だった。

これまでも部のホームページはあったが、部員一覧や過去の戦績、最新の試合結果が文字として載るだけの簡易的なものだった。より多くの人に見てもらうため今年7月に大幅リニューアルし、選手やマネージャーによる日記、Jリーグの舞台で活躍するOBの情報を小まめに更新するようになった。

サイトを充実させるため、部の様子がダイレクトに伝わる写真の掲載数を増やそうと考えたが、ここには誤算があった。

「素人で恥ずかしい話なのですが、一眼レフがあんなに高いとは知らなかった。

思っていたより、桁が一つ多かった」

選手の負担を減らす取り組みによって、カメラ購入にかかる費用を保護者などに負担してもらうのは本末転倒だ。そこで始まったのが冒頭で紹介した有料サイトの開設だった。

有料会員限定サイトが選手、チームの成長と自立に貢献

有料会員を募るにあたって意識したのは「他では見られない写真や映像」の掲載だ。これまでは対戦相手からのスカウティングを避けるため、なるべく試合などの情報が外部に漏れないようにしてきたが、メンバーの情報から試合前後、ハーフタイムの様子まで、赤裸々に公開し始めた。

「われわれも、(ジョゼップ)グアルディオラ(マンチェスター・シティ監督)が選手にどんな話をしているのかは見たくなる。他にも普段見られない場所が見ることができたら、ワクワクする人がいるんじゃないかって思った」
米澤監督は「お金を払った人に少しでも満足してもらいたい」と、さらなる情報公開、サイトの充実に意気込んでいる。

コロナ禍の影響で、非公開の試合が増え、子どもの応援に行きたくても、行けない保護者からの有料サイトへの反響は大きい。また、サッカー部の創部自体が学校が男女共学となった2001年と若いチームであるため、OB会がなかったことも取り組みを進めるきっかけの一つになった。

「OBたちに現役生に貢献してほしかった。また、選手権のロッカールームの映像を見て、『俺らも現役の時は、こうやって緊張していたよな』などと懐かしんで、応援してくれたらうれしい」
米澤監督は、有料サイトが現役とOBをつなぐ役割を果たすことにも期待を寄せる。

試合後のインタビューをJリーグさながらに自作のスポンサーボードの前で行うなど、「スポンサーメリット」も忘れてはいない。

こうした取り組みは、選手やマネージャーにとってもプラスがある。

「点を取った瞬間や選手が喜ぶ写真が撮れたらうれしい」と話すのは、試合写真の撮影を行うマネージャーの村上菜希羽さん。記事の作成と更新を担当するマネージャーの作業が、今後社会に出た際に役立つ日が来るかもしれない。

「試合が終わったあとすぐに撮影するので、振り返りができるのは大きい。感じた課題が動画として残っていれば、すぐに振り返りができる」(FW西野太陽、3年)

「監督から、どこまで話して良いかは自分で考えて、選ぶように言われている。実際、チームの戦術をどこまで(話して)良いかは悩む部分。どういう言葉を選ぶのか考えるうちに、人として成長できたと思う」(MF中野晃弥3年)

選手からもプレー面、チームとしての成長にも取り組みのメリットがあるとの声が聞こえてくる。

今後は、学年No.1の俊足を決める50m走動画を撮影するなど、マネージャー発案による企画も予定されており、より多くの人が楽しめる内容になっていくはずだ。

有料サイトを通じて選手の頑張る姿を多くの人に発信できるようになった効果がすでに表れている。サイト開設後は、健康食品を扱う地元・京都の株式会社サン・クロレラ、滋賀県のまいれ整骨院、静岡県で介護・有料老人ホームを運営する株式会社ル・グランが京都橘の取り組みに賛同し、スポンサーに加わった。さらにスポンサーが増えれば、米澤監督が目指す部費の無料化や練習環境の充実も進んでいくだろう。

今後、少子化が進み、私立の学校経営が厳しくなる時代は必ず来る。そうなれば、部活動にまで資金を回せなくなる可能性もある。「いろいろな方に協力いただきながら、部活動が自立していかないといけない時代になっていると思う。学校体育の中のクラブではありますが、地域の人たちに応援してもらうヨーロッパ型のクラブになっていくのが理想」

米澤監督が話す京都橘の取り組みは、これからの高校スポーツにとって一つのモデルケースになっていくはずだ。

<了>