俳優の浅野忠信が、年内をもって所属事務所のアノレを退社する運びとなった。同社の公式サイトを通じて浅野は、「今後は以前から継続していた私の会社DOMOIZUにて、より一層集中し自分の活動を続ける」と独立を発表し、「引き続きマネージメントはアノレに協力していただきます」と業務提携について記している。
浅野はNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』に出演するなど俳優として活躍するほか、2013年に結成したバンド「SODA!」のボーカルとして音楽活動も展開している。

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 浅野は、1988年放送のドラマ3年B組金八先生PART3』(TBS系)で俳優デビュー。1990年公開の映画『バタアシ金魚』で脇役として出演すると、以降は映画を中心に数多くの作品に出演し、人気俳優の地位を築き上げた。

 私生活では、1995年3月に映画『PiCNiC』(1996年6月公開)でW主演した6歳年上の歌手・CHARAと結婚。同年7月、長女でモデル・SUMIRE、1999年12月に長男で俳優・佐藤緋美が誕生し、21歳にして父となった。子育てのかたわら、夫妻は互いの作品に出演し合うなど、理想の夫婦として注目を集めていた。


 ところが2009年7月、浅野は所属事務所のサイトにてCHARAとの離婚を発表。CHARAも自身のホームページに浅野と同様のコメントを掲載し、「二人でよくよく話し合った末、これからも尊敬し合い尊重し合って行くために、別々の道を歩こうということになりました」と経緯を説明。直接的な離婚の原因には触れずにいた。

 だが、浅野と14歳年下のモデル・ダイアナチアキとの不倫が離婚の原因であると同年同月発売の『女性セブン』(小学館)が報じたのだ。同誌は、2人が行きつけのクラブで恋人のように振る舞い、友人も交えて旅行に出かけたと報道。また、2008年末には2人が都内のフレンチレストランに入り、白昼堂々とキスを交わしていた現場をキャッチしていたという。

 
 これを受け、浅野の所属事務所はチアキが「友人の1人」と主張し、「離婚とは全く関係ない。(離婚は)すれ違いの積み重ねによるもの」と疑惑を一蹴。一方、チアキの所属事務所は「一切把握していない」とした。

 「教育熱心なCHARAとは対照的に、浅野は家を空けることが多かったよう。2009年8月に配信された一部ネットニュースによれば、2人の交際は離婚以前から周知の事実で、たびたびクラブなどで遊んでいるところを目撃されていたといいます。当時、浅野は音楽方面に傾倒し、テクノDJやハードコアバンド・SAFARIに参加するなど、クラブやライブハウスを頻繁に出入りしていたよう。
ですが、浅野の音楽が業界では低評価だったといい、葛藤の日々を送る中、モデルのかたわらクラブでDJやガールズバンドで活動するなど、浅野と音楽への関わり方が似ていたチアキと出会い、すぐに2人はひかれ合ったとか」(芸能ライター)

 2009年7月、離婚直後にCHARAはシングル「breaking hearts」をリリース。その歌詞には「ねえ、私に集中してる? 頭の中が私でいっぱいになってる?」「ねえ、1つでは足りない? 2つあげたっけ? 私を消す為に?」と、浅野の不倫を匂わせるような赤裸々につづられた歌詞が話題を集めた。
 
 不倫の真相は不明なところだが、2010年4月発売の『FRIDAY』(講談社)では、2人がデート中に相合い傘をする様子や、浅野の車で浅野の自宅マンションに帰る姿が写真とともに掲載され、交際が明らかとなった。だが、2012年2月に浅野は女優・仲里依紗との熱愛を同誌にスクープされている。

 2020年9月、『女性自身』(光文社)は浅野が18歳年下の女優・中田クルミと白昼堂々、密着し合うデート姿を激写。記事では、2人の交際は6年に及ぶと伝えた。
現在、交際の継続は不明だが、50歳を目前とする浅野の魅力は今なお健在のようだ。