タレントの東国原英夫氏が17日、宮崎市内で記者会見を開き、任期満了に伴う宮崎県知事選への立候補を正式表明。東国原氏は2007年から2011年まで同県知事を務めており、キャッチコピーを暫定的に「シン・どげんかせんといかん」と宮崎なまりを交えながら疲弊した地方経済の回復を訴えた。
一方で、東国原氏が知事時代の副知事で4選目をめざす現職の河野俊嗣氏は17日、自身のフェイスブックで「『今さら』なぜ宮崎県知事なのか、よく理解できない」と東国原氏の出馬表明にもの申した。

 東国原氏は、タレント・ビートたけしの弟子入りを志願し1981年、たけしの付き人第1号となる。1983年、たけし軍団の一員となり、そのまんま東(以下、東)の芸名で一躍、人気芸人の座を射止めた。1986年、たけし軍団と共に講談社を襲撃(フライデー襲撃事件)し、暴行罪で現行犯逮捕されたが不起訴処分となる。翌87年、活動自粛中に執筆した推理小説『ビートたけし殺人事件』(太田出版)がベストセラーとなり、1988年にTBS系でドラマ化。ドラマには自身もたけし軍団の面々と共に出演し、ヒロイン役には女優・かとうかずこ(現、かとうかず子)が抜擢され、1990年3月に結婚。
当時、類を見ない異色のカップルとして大きな話題に。後に1男1女をもうけるも2006年2月、離婚に至った。

 ​>>安倍元総理補佐官の公費不倫騒動、「おじいちゃん」理由に関係を否定? コロナ禍でうやむやか【芸能界“ドロ沼”不倫ファイル】<<​​​

 離婚当時、夫妻は報道各社にFAXを送付。離婚の理由について「お互いの未来の方向性や生き方・考え方に相違点が生じ始めた」とし、夫婦間の溝を埋められなかった現実を告白した。これまで幾度となく離婚危機が伝えられてきた夫妻。その原因のひとつに、“未成年淫行疑惑”騒動がある。


 1998年10月、東はサービスを受けた風俗店の女性従業員が未成年だったことから、警察が店を摘発するため、協力を要請。当時、警察からは「あなたが(女性が未成年だったことを)知らなかったのは分かっています。店を摘発するため協力してください」と頼まれ、「そのまんま東さんは有名人ですから、裏で協力していただいたことが、マスコミに漏れることはありません」と念を押されていたことを2017年8月放送の『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~』(テレビ東京系)に出演した際、東が明かしている。

 事情聴取の数週間後、飲食店で昼食をとっていた東は、例の風俗店が摘発されたニュースを目にしたという。このとき、東は「自分の協力で摘発されたから何か気持ち良かった」と高揚感を感じたというが、その直後、画像処理を施された写真と共に「美人女優を妻に持つお笑いT軍団のそのまんまH」と、東と言わざるを得ない形で報道がなされたのだ。

 「イメクラへの出入りは、法的に問題があるわけではありませんが、マスコミは“淫行事件”として報道。
世間の目は厳しく、東は自主的に謹慎することとなり、稼ぎ頭のかとうに代わり学校行事への参加を余儀なくされたといいます。保護者の目は冷たく、あげくの果てには『パパ、淫行って何?』と子どもから聞かれたよう。かとうは平常心を保ち、冷静だった一方で、淫行のレッテルを貼られた東は、芸能人生が終わったと示唆。政治家を目指して2000年4月に早稲田大学へ」(芸能ライター)

 ところが2006年2月、かとうは都内で離婚会見を開き、「家庭を顧みず政界入りの夢を追う夫についていけなくなった」などと離婚の理由について述べた。翌07年1月、東は自身の故郷・宮崎県知事に就任した。

 冒頭の出馬の際、東国原氏は2015年9月に再婚した妻について「別れないらしい」と話し、「すごく応援してくれた、意外。
前(かとう)とはちょっと違うね」と安堵。さらに、かとうとの長男が選挙の応援で宮崎入りすることを明かし、「すごくない?」と目尻を下げた。再出馬を、かとうも応援していることだろう。