身勝手な人類の一員としてペットを飼うということ(2)

       

 僕が子供の頃に、人を噛んで殺処分された犬のゴローや、事故死するなどしていなくなった猫たち。こうして思い出してみると、可哀想なことをしたと思う。決して虐待していたわけではない。けれどもペットを飼っていることそれ自体が、まるで虐待であるかのようなことまでいう人もいる。しかし実際に何もしてやれないからには、飼っているかどうかに関わらず、誰もが身勝手な人間の一員に過ぎないだろう。

 殺処分に当たる保健所の職員は、何もしてくれない人たちの尻ぬぐいをしているのであって、飼い主だけを責めたところで状況は変わらない。ましてや「愛犬チロの敵打ち」と称し、元厚生事務次官らを殺害した小泉毅被告のように、行政を憎むのはお門違いだ。

 全国で殺処分されるイヌやネコは、1年間で30万匹前後にも及ぶそうである。うち3割が犬で、7割が猫。ここ10年で半減してはいるが、減っているのは犬ばかりで、猫は横ばい。8割が生まれて間もない子猫だそうである。事故や病気や飢えで死んでいく野良猫が不憫で、去勢や避妊手術をボランティアで行っている人もいる。自分で飼えればいいのだが、それにも限界がある。

 手術を受けさせるのも人間のエゴに見えるかもしれないが、少なくとも既に生まれている命が天寿を全うできるだけでもマシだろう。殺処分数が4年連続で全国ワースト1位だった福岡県の動物愛護センターでは、昨年8月から去勢や不妊手術を無償で行うようにしたそうである。

 もし国家が殺処分せずに全ての犬猫を飼うとしたら、どうなるだろう。100匹の猫を飼う社長令嬢なる人がテレビ出演し「月100万円かかる」と言っていたことがある。1匹当たり1万円ということになるが、さらに3割程度にまで抑えたとしても、10年で300万匹なら、毎年1,200億円。国家予算が90兆円として750分の1。多いと見るか少ないと見るか、難しいところだ。

 身勝手な飼い主は身勝手ゆえに、どんなに飼うなと言われても飼っては捨てるだろうし、何らかの理由で飼い主の下を離れ、そのまま処分されることもある。動物は自由に生きられるのが理想かもしれない。しかし野性の熊でさえ里に降りてくるこのご時世。人間と共生しながら代を重ねてきた彼らが、野性環境で問題なく生きていけるかは疑問に思えてならない。

 だからこそ僕らには責任がある。もはや誰が悪いという話ではなく、これは人類全体の罪なのだ。自分だけは悪くないなんて、言い逃れることはできない。誰もが等しく罪を背負って生きていくべきなのである。できれば罪なき彼らの世話に一生を捧げながら!(工藤伸一)

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2011年1月29日の社会記事

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