【追悼】全日本プロレス黄金期の番人、馬場元子元社長逝去

 全日本プロレスの創立者で、1999年1月に亡くなられた故・ジャイアント馬場さんの夫人で、全日本の社長も務めていたこともある馬場元子さんが、14日に肝硬変で亡くなられていたと全日本が発表した。78歳だった。

 元子夫人は馬場さんが存命中、長きに渡って全日本のハード面を仕切っていたこともあり、業界内では「怒らせてはいけない人物」と恐れられていた一方、外国人選手には「ミセスババ」として慕われる存在だった。しかし、選手のグッズなどは元子夫人が代表を務める別会社ジャイアントサービスが管理していたことなどから、日本人選手やスタッフとの衝突はたびたびあったとされ、それが原因となり、1990年の天龍源一郎らによるSWS(メガネスーパーが作った新団体)への大量離脱や、馬場さんが亡くなられた後に勃発した三沢光晴社長の退社と、プロレスリング・ノア旗揚げによる団体としては致命傷とも言える大量離脱劇を起こしている。

 所属選手が川田利明と渕正信、太陽ケア、そして、スタン・ハンセンら外国人選手。スタッフもレフェリーの和田京平、リングアナの木原文人ら数名しか残留しなかったが、元子夫人は「馬場さんが作った全日本プロレスを潰すわけにはいかない」と、これまで決して許すことがなかった天龍源一郎と電撃和解。また、日本テレビが独占放映契約を打ち切ったことにより、馬場さんの時代からテレビ局の問題から鎖国路線を敷いていたため、WWE

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