14日に無事帰国を果たした梁さん。当時の緊迫した様子を中国青年報に語った。震災当日は東北大学の図書館でレポートを書いていたという。最初は数秒の揺れだったが、数分後に再び大きな揺れ。「防災訓練を思い出し、すぐに机の下にもぐった」。そのうち、揺れはどんどん大きくなり、机の位置が大きくずれ、床が棚から落ちてきた本で埋め尽くされた。「その時初めて、これは大変だと思った」という梁さん。
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それからさらに数分後、揺れが少し収まった時、警備員が駆け込んできてその場にいた人たちを避難通路に誘導した。建築が専門だという梁さんはその途中、柱に亀裂が入っていないことを確認し、安心したという。その時はまだ、落ち着いたら図書館に戻ってレポートの続きを書こうと悠長に構えていた。
学生たちはパニックになることもなく、落ち着いて広い駐車場に避難した。ところが、しばらくすると講義棟3階の化学実験室から火の手があがる。隣の林にまで燃え広がる勢いだ。山肌をむき出しにした裏山からは小石が転げ落ちてくる。その時、誰かが叫んだ。「山崩れが起きるぞ!」。
その日の夜7時頃、思いがけず在日留学生仲間から電話がかかって来た。それから思い立ったように何度も大連の実家に電話をかけ、2時間後にようやくつながった。家族には「大丈夫だから」と伝えた。大学が自分たちの消息を尋ね回っていると聞き、心が温かくなった。だが、その後電話は2度とつながらなかった。