<遠藤誉が斬る>対日戦後民間補償運動と童増の「保釣運動」とのねじれた関係――先鋭化する中国の反日姿勢

<遠藤誉が斬る>対日戦後民間補償運動と童増の「保釣運動」とのねじれた関係――先鋭化する中国の反日姿勢
戦時中、日本に「強制連行」されたとして、中国人の元労働者等が日本企業を相手に中国で訴訟を起こし、3月18日、北京市第一中級人民法院(地裁)は提訴を受理した。これは日中国交正常化以来、初めてのことだ。写真は同日記者会見する中国人元労働者と遺族代表。(Record China)
       
戦時中、日本に「強制連行」されたとして、中国人の元労働者等が日本企業を相手に中国で訴訟を起こし、3月18日、北京市第一中級人民法院(地裁)は提訴を受理した。これは日中国交正常化以来、初めてのことだ。

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これに対して菅官房長官は「日中間の請求権の問題は日中共同声明(1972年)の発出後、存在していない」と述べた。その通りで、実は中国政府自身もこれまでは同じ見解から、中国国内における「対日民間賠償要求」を抑えつけてきたのである。

それではなぜその方針が変わったのか、そしていつから変化し始めたのか。
今回は、この推移と問題の底辺に横たわっている中国の国家戦略に迫ってみたい。

対日戦後民間賠償を最初に言い出したのは童増(どうぞう)という男である。北京大学大学院法律学専攻の修士課程を1986年に出た童増は、88年に「西ドイツが、ユダヤ人には損害賠償を求める道義的権利があるのを認め、生存者に620マルクを支払うことに同意した」というニュースを知った。そこで童増は中国でも同様のことができるのではないかと考え、91年に「日本に対して1800億米ドルの国家賠償を求める」上申書を全国政治協商会議の代表に依頼して全人代に提出するよう働きかけた。ところがあっさり拒絶された。「72年の日中共同声明」という中国政府方針に反するというのが理由だった。

中国政府はこの頃まだ日中友好を重んじ、国が決めたことに対してボトムアップという形で民間人が政府を動かそうとする動きを非常に嫌った。反政府のベクトルを持つとして警戒したのだ。そのため童増は当時勤めていた国家老齢委員会から追放され、離婚という憂き目にさえ遭っている。

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2014年3月24日の中国記事

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