日本にもパクリ大国だった「黒歴史」がある―中国メディア

日本にもパクリ大国だった「黒歴史」がある―中国メディア
近代世界史全体を見てみると、「模倣品」製造は新興工業国が先進国に追いつき追い抜くための「必殺技」となっており、今や製造業大国となっている日本でさえ模倣品大国だった「黒い歴史」がある。写真は日本。(Record China)
中国はこれまで、西洋諸国から「海賊版大国」、「模倣品大国」とのレッテルを貼られてきた。しかし、近代世界史全体を見てみると、「模倣品」製造は新興工業国が先進国に追いつき追い抜くための「必殺技」となっており、今や製造業大国となっている日本でさえ模倣品大国だった「黒い歴史」がある。日本の経験から、「グレーゾーン」を歩んで、海賊版や模倣品を製造していると、短期的には利益を出すことができても、長い目で見ればそれには限界があることが分かる。「模倣品」を作る現状に満足せずに、それをスタート地点として経験を積み、イノベーションに取り組むことこそが、「模倣品大国」から、「製造業大国・強国」へと進歩する道であると言えるだろう。環球時報が伝えた。

■模倣に明け暮れた戦前戦後

近代、各国が工業化と現代商業社会に次々と歩みを進める中、先んじた者が後から追いついた者を「模倣品」製造者と非難することはありふれた歴史における一種の現象であったと言える。例えば、18世紀末から19世紀中期にかけて、工業革命時代へと真っ先に歩みを進めた英国の人々は、ドイツ人が英国の機器や商品を模倣していると叱責し、「ドイツ製」が「模倣品」の代名詞になっていた時期があったほどだ。しかし、その後ドイツは大規模な工業化を推し進め、瞬く間に「模倣品」という汚名を返上した。第二次世界大戦前には、ドイツは、世界の全ての工業技術関連の特許をほぼ独占するまでになっていた。また19世紀後期、明治維新を経た日本の工業は、西洋諸国と比べると依然として立ち遅れていた。短期間で列強に追いつくため、日本はまさに「物から制度に至るまで」の一切において欧米を模倣することで、たちまち「模倣品大国」という名を手に入れることとなった。日本商業史の研究者らも、20世紀初頭から第二次世界大戦前まで、日本は「模倣に明け暮れている」、「知的財産権を無視している」と世界から非難されていたと認めている。もちろん、当時はまだ知的財産権をめぐる世界統一基準はまだなく、それがさらに日本の大々的な「模倣」に拍車をかけ、その責任を問われることもなかった。...続きを読む

あわせて読みたい

レコードチャイナの記事をもっと見る 2018年8月12日の中国記事

新着トピックス

中国ニュースアクセスランキング

中国ランキングをもっと見る

コメントランキング

コメントランキングをもっと見る

海外の人気のキーワード一覧

新着キーワード一覧

このカテゴリーについて

中国の政治、経済、外交、事件などをお届け中。