運動も勉強も苦手で、見た目も普通の高校生・町田くんが、その「博愛精神」によって周りの人たちの人生を変えていくという、安藤ゆき原作の少女漫画『町田くんの世界』が、『川の底からこんにちは』や『舟を編む』の石井裕也監督により映画化された。

主人公の町田一くんと、町田くんとは正反対の”人が嫌いな”同級生・猪原さんを演じるのは、これが映画初出演となる新人の細田佳央太と関水渚。
そして、彼らの同級生を演じるのは岩田剛典や前田敦子、大賀、高畑充希ら実力俳優という、野心的かつ異色の青春ストーリーだ。

誰をも平等に愛するがゆえに、「特別な誰か」を傷つけてしまう町田くん。そして、彼とは対照的にスカしたイケメンだが、心に深い傷を抱える氷室雄(岩田剛典)。「愛」とは何か、「人を好きになる」とは一体どういうことなのか。誰もが一度は突き当たる、そんな難問について、改めて深く考えさせられる作品に仕上がっている。

今回、2度目の「タッグ」となる石井監督と岩田剛典に、制作の裏側や「衝撃のクライマックスシーン」についてなど、ざっくばらんに語り合ってもらった。


─石井監督は、このオファーを受けるまで漫画を読んだことがなかったそうですが、実際に読み込んでみてどんな印象を持ちましたか?

石井:カルチャーショックを受けました。異世界のものを見たというか。かといって拒絶しようと思わなかったのは、「人が人を好きになるとはどういうことか?」っていうことに、ものすごく素直に向き合っていて。35歳にもなって、そんなこと考えもしていなかったのですが(笑)、これは人間にとって極めて大切な問いかけだと、改めて気づかされた感じでしたね。驚きとともに、考えさせられました。

─岩田さんは、『町田くんの世界』の原作を読んで、どんな印象をお持ちになりましたか?

岩田:僕も石井監督と同じく、ほとんど読んだことのなかったジャンルの内容だったので、このファンタジックな要素が含まれる作品を実写化するとなった時に、どのくらい馴染んでいくのかな?というところに興味がありました。


石井:いろんなやり方があると思うんですけど、僕としては町田くんを「絵空事のキャラクター」にはしたくなかったので、彼をどう描くかがポイントになりましたね。方法論として、彼をファンタジックに描くことも出来たと思うんですけど、それだと自分がやりたい映画にはならないと思ったんです。

─とはいえ、登場人物たちはかなりカリカチュアライズされているというか。特に岩田さん扮する氷室や、前田敦子さん扮する栄は、かなりコメディ要素の強いキャラクターでした。そういった、ファンタジックな部分と写実的な部分のバランスにはこだわりがあったのでは?

石井:映画のストーリーとして、基本的にファンタジックな世界観から始まって、それをどんどん写実的な表現へと寄せていってるんです。例えば町田くんは、物語が進むにつれて「人間らしく」なっていく。
それとともに、彼の見ている世界も現実感が増していく。そして、最後はそれが暴発する形で「凄まじい奇跡」へともう一度振り戻されるというか。

『町田くんの世界』石井裕也監督と岩田剛典が語る「愛」の哲学

©安藤ゆき/集英社 ©2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

『町田くんの世界』石井裕也監督と岩田剛典が語る「愛」の哲学

©安藤ゆき/集英社 ©2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

─凄まじかったです(笑)。

石井:そういう流れを作ることで、バランスを取ったという感じですね。

─今回、フィルム撮影にしたことは、今お話しいただいた表現方法にも関係していることですか?

石井:今の文脈での理由というのはあまりないのですが、今回は町田くん役の細田佳央太くん、ヒロイン猪原さん役の関水渚さんという、演技経験が全くない2人の新人がいて、彼らの身体的な躍動というものを瑞々しく収めたいという気持ちがあって。そのためにはフィルムがより適していると思ったんです。
それと、僕は彼らに人生で初めてのフルパワーを求めたんです。もう二度と出来ない演技や動きを、フィルムで残してあげたいというような、そういう気持ちもありました。

─フィルムで撮ることによって、具体的にはどのような効果があるのでしょう。デジタルに比べて情報量が豊富だとか?

石井:それに加えて「ゆらぎ」があるということですね。デジタルだと完全に固定され、出来事や風景を容赦なくパキッと記録できるんですが、フィルムには「煽り」があって「ゆらぎ」が生じるんです。「容赦のあるルック」になるというか。
僕がフィルムを好きな一番のポイントはそこにありますね。

岩田:僕も何本かフィルムで撮影してもらったことがあるのですが、やっぱり上がってきた作品を観ると「おお、やっぱりいいな」ってなりますよね。何が違うのかは、僕自身そんなに知識がないのでうまく言葉で伝えられないのですが。

─なかなか言語化できないよさがありますよね。「グッとくる」というか(笑)。

石井:そうなんです。


成人の役者のほうが、「青春」や「高校生」を対象化して演じられる

─氷室という、コミカルだけど影のある複雑な役どころを演じるにあたって、どんなことに気をつけましたか?

岩田:氷室は、学園一の人気者で、それ故の「葛藤」や「闇」も抱えていて。脚本を読んだら、面白いセリフも散りばめられていて、すごく遊び甲斐のある役だなと思ったんですよね(笑)。石井監督とご一緒させていくのが今回で2回目だったので、今自分が持っている全てを出し切ろうっていうモチベーションもありましたね。役作りという部分では、高校生を演じるにあたって「高校生の要素ってなんだろう?」ということを考えました。それは「自由で型にはまっていない」というか。大人になっていくと、いろんな所作が型にはまっていってしまうんですよね。そこをいかに取り外していけるかが重要だったと思います。

─今、岩田さんがおっしゃったように、今回、高校生役を岩田さんや前田さん、高畑充希さんら役柄とは実際に年齢の離れた役者が演じている「違和感」というのは、石井監督としてもある意味織り込み済みだったのかなと思うのですが。その辺りはどんな意図があったのでしょうか。

石井:そこは話せばキリがないくらい理由があるんですけど(笑)、今の話の流れでいうと、岩田君が今「高校生とは?」を考えたって言いましたけど、それって「高校生」というものを対象化して見られているということなんですよ。

─確かに。

石井:それは、本当の高校生には出来ないことなんですよね。逆説的になりますが、そういう意味では成人の役者のほうが、「青春」や「高校生」を対象化して演じられるっていう。ただし、当然そこには戸惑いもあるし、逡巡というか、迷いが演技に出るじゃないですか。当然そうですよね。ただ、それさえも映画の力に転嫁できるというか、僕はフィクション映画の可能性を信じていますから。中卒の俳優が弁護士を演じられるし、億万長者の俳優がホームレスを演じられる。「凄まじく誠実なウソ」が、フィクションの力だと思っているので。

今、「織り込み済み」というふうにおっしゃいましたけど、確かに色々と疑念を持たれることは想定していて(笑)。ただし、それは表面的なものであって、映画で描くべきはもっと奥深くにあるんです。これも逆説的になりますが、可視的なことをやりながら、目に見えないものを見せるのが映画の醍醐味だと。そういう、表面的な部分で戸惑いのあるお客さんに対し、どういうものが提供できるか?というチャレンジが出来るんじゃないかと思ったんですよね。

─なるほど。今回、主演の2人はまさに「青春」真っ只中の「高校生」だからこそ、それを対象化して見られる役者とぶつけることでダイナミズムが生まれているわけですよね。

石井:その通りです。

─岩田さんは、2人と共演してどう思いましたか?

岩田:とにかく、まっすぐな演技をされていましたね。現場での様子は対照的ではあったんですけど。関水さんは、あーでもない、こーでもないとすごく悩みながら撮影に挑んでいたし、細田くんは吹っ切れているというか。自分の中にイメージが定まっていて、それを現場で微調整する程度で済むくらい町田くんになりきっていました。僕は町田くんと向き合うことの多い役柄だったんですけど、なんていうか、エネルギーを感じましたよ。瞳孔が開いてました。

─(笑)。監督は、2人に対してどんな演技指導をされたのですか?

石井:町田くんにとって重要だったのは「何も分からない」ということだったんです。なので、彼が「分からない」状態であるように仕向けていた部分があって。撮影前の練習期間から、「分からない状態でいい」「分かったフリをしないでほしい」ということを、そういう言葉遣いではなかったけど伝えましたね。

例えば、NGを出したときに「今の僕の芝居、ダメでしたかね?」みたいなことを、途中で言うようになってきたので、「そういう新人俳優らしからぬ態度は、一切やめて欲しい」と強く言いました。「君が客観的な見方をするようになったら、町田くんという存在から離れていく一方だから」って。とにかく、ワケわかんない状態でまっすぐ素直にぶつかってきてくれればそれでいいと。そういう演技指導でしたね。

「恋」も「愛」もエネルギーとしては同じ。

─本作は、「愛とはなにか」「人を好きになるとはどういうことなのか」を考えさせられる映画だと思いました。「誰かを特別に思うこと」が愛なのか、「誰かを通して世界を愛すること」が愛なのか、町田くんも映画の中でずっと葛藤しているわけで。

石井:毎回、自分の映画の英語字幕制作には携わるようにしているんです。別にそんなに英語が話せるわけでもないのに、どうしても首を突っ込みたくて(笑)。つまり、この台詞がどう英語に翻訳されるか?を踏まえた上でいつも脚本を書いているんですよね。今回の場合、「恋」と「愛」は同じ「Love」に訳されるので、英語ではその違いのニュアンスを上手く出せないことが分かっていました。なので、そこは僕が「愛とはなにか」「人を好きになるとはどういうことなのか」を考える基軸になっていた気がしますね。

この映画を完成させた今、思うのは、僕の感覚にも「恋」という言葉はないというか。英語圏寄りの考え方なんでしょうか。「恋」も、同じ「愛」の表現の仕方の違いというか、エネルギーとしては同じだと思うんですよね。それが広く満遍なく対象に向かっていくのか、あるいは対象を狭めていくかの違いなだけな気がして。別に「愛」に対して詳しいわけじゃないですけど、どちらかというと対象を限定した愛の方が煩悩は生みやすいですよね。

─おっしゃる通りです

石井:ややこしくなるし、戦争も起こり得るでしょう。ただし、受け取った側はそちらのほうが幸福に感じるのではないかと思うんです。満遍なく愛されるワン・オブ・ゼムより、自分だけが愛されている方が幸せなのかなと。ただ、どちらが優れている、劣っているということではなくて、そのバランスが重要なのかなあとか。色々考えちゃいますよね。……って、いいんですか、「愛」についてこんなに語って(笑)。岩田くんが話してくださいよ。

岩田:いや、深いですよね(笑)。「愛とはなにか?」ですか……。

─岩田さん演じる氷室も、自分の気持ちを気づくまでに時間がかかるというか。人はどのタイミングで恋に落ちるのだろう? ということを考えさせられました。

岩田:そうですねえ。いや、町田くんのように自分の感情が分かっていないわけではなく、分かっているけど分からないフリをしている感じだったと思うんですよね。自分の気持ちを受け入れる勇気というか。そこは1枚の壁があって。でも、その壁ができた時点で「恋」が始まっているわけですよね。それを受け入れたときに「愛」に変わるのかとか。……なんだか哲学みたいになってきましたね(笑)。

石井:いやあ、すごくいい話だ(笑)。

─自分の気持ちを受け入れるまでに壁が出来てしまうのは、相手に拒絶されるのが怖いからなのか? とか、それってそもそも相手に何かを「求める」ことだから、それは無償であるべき「愛」とは別物ではないか? とか、そんなことまで考えさせられました(笑)。

岩田:なるほど、確かにそうですね。

石井:振り返ってみると、10代の頃や20代前半までは「愛」を公言すること、それ自体が恥ずかしかったですよね。人に対してもそうだし、自分が打ち込んでいるもの……スポーツとか音楽とかに対しても「愛してる」などと自覚することにも躊躇いがあった。ただ、それが最近になって取っ払われてきたんです。自分が少女漫画を映画化すると決めたからなのかもしれないですけど。

それに、言うまでもなく全ての音楽や映画は、突き詰めれば「愛」がテーマなんですよね。そんなこと言うのはやっぱりすごく恥ずかしいですけど(笑)、でもそこにしか帰結しないですよね。それは「異性愛」とは限らず、広い意味での「愛」ということですが。……という結論でいい?

岩田:大丈夫です(笑)。

─ありがとうございます(笑)。そして、やはり衝撃的だったのはクライマックスの展開でした。いろんな思いがあって、あの表現にたどり着いたと思うのですが……。

石井:この文脈で話すとすれば、もう答えは出ていますよね(笑)。「愛とはなんだ?」ということです。このテーマは、何十時間、何百時間と考えたところで答えは出ないんですけど、そのくらい壮大なものであるし、こんな言い方をすると「逃げてる」と言われるかも知れないけど、やっぱり「奇跡的なものである」としか言いようがないんですよね、解明できないから。

だとすれば、町田くんが「愛ってなんだろう?」と悩み続け、その答えを出すシーンでは「壮大な奇跡」を起こしたくなったというか……起こしてあげたくなったんですよね。「空も飛べるはず」という、スピッツの曲じゃないけど。そういう気持ちって、決して比喩ではなくみんな感じるんじゃないかな。それを、勇気を振り絞って映像化したということです。

─岩田さんは、あのシーンについてどんなふうに思いましたか?

岩田:いやあ、もちろんビックリしますよね(笑)。誰もが予想だにしない展開ですし。ただ、このストーリーがまとまる形に想いを馳せると、「なるべくしてなった」という気もするんですよね。

─確かに。衝撃的ではあるんですけど、「めちゃくちゃな展開だ!」とは僕も思わなかったんですよね。それはきっと、この映画が単なる「絵空事」ではないが「凄まじく誠実なウソ」を散りばめたフィクションであるという、絶妙なバランスで成り立っているからなのかなと。人はなぜ「絵空事」つまりファンタジーを求めるのか? を考えたとき、きっとファンタジーという手法を用いなければ描けない「リアル」が存在するからだと思いました。

石井:おお、なるほどね。その通りだと思います。いやあ、面白いですね。

─オムニバス映画『ウタモノガタリ-CINEMA FIGHTERS project-』(2018)のうちの一篇「ファンキー」に続き、今回2度目のタッグとなるお二人ですが、次はどんな作品を一緒に作りたいですか?

岩田:石井監督が作る作品はいつも刺激的で、「次にどんな役をいただけるんだろう?」と思うとワクワクします。前回もそうでしたが、ほんと予想だにしない作品を世に送り出す方なので、僕はもうどんな役でもご一緒できる機会があるなら願ってもないという感じですね。

石井:いい男は、悩んでいる姿が色っぽいということだと思っているんです。だから岩田くんにはどんどん悩んで欲しいし、今回以上に悩みを抱えるような役で、次はご一緒したいなと思っています(笑)。

『町田くんの世界』石井裕也監督と岩田剛典が語る「愛」の哲学

『町田くんの世界』
全国劇場にて公開中
配給:ワーナー・ブラサース映画
©安藤ゆき/集英社 ©2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

http://wwws.warnerbros.co.jp/machidakun-movie/