テレビをつけると日韓関係の悪化を伝える報道が目に入ってくる日々だが、韓国をはじめとしたアジアの音楽やカルチャーに大きな刺激を受け、各国の人とフラットな友好関係を築いている日本人アーティストはむしろ増えているように思う。ここに登場するeillも、自身の創造力と表現力を持って世界中を自由に飛び回り始めている人物の一人だ。


昨年「eill」としてデビューを果たし、SKY-HI、Kich a Showなど国内アーティストだけでなく、海外のアーティストやクリエイターからも発見され、その歌声を求められている。デジタル時代において音楽の作品には国境がないことを証明している21歳。今週11月2日にはScramble Fes 2019に出演。11月6日には1stフルアルバム『SPOTLIGHT』をリリースする彼女のグローバルに輝く感性を探った。

―eillさんの面白さのひとつは、日本で「第二次韓流ブーム」が起きたときに多感な中学時代を過ごしてKARAや少女時代から韓国カルチャーにのめりこみ、国内的にはブームが下火になったあいだも韓国カルチャー愛が途絶えることのないままインプットをし続けてきて、そして「第三次韓流ブーム」と呼ばれる今、自分が吸収してきたものと今の時代感をまとったクリエイティブを表現してボーダーレスな活動を実現している、その背景とストーリーだと思います。そもそも中学生のときに、日本のアーティストではなく韓国のアーティストに惹かれたのはなぜだったと思いますか?

eill:当時AKB48とかジャニーズが人気で、私も嵐のCDとか持っていたし、AKBのぷっちょを集めたりもしていたんですけど(笑)、そこにKARAと少女時代という存在がいきなり現れて。
ダンスも上手いし、歌も上手いし、曲もかっこいいし、可愛いし、メイク真似したいし……もう、憧れる要素が詰まり過ぎていたんですよ。そりゃそっち向くわ、みたいな感じで、自然と惹かれちゃってました。学校のみんなが、KARA、少女時代、BIGBANGとかを好きになっていって、ダンスの練習のときに踊ってたりして。でも、そこから私くらいコアになっていった子は周りに全然いなかったです。

―音楽以外、たとえばメイクやファッションなども、韓国から影響受けた部分が大きいですか?

eill:大きいと思います。韓国に行って服も買いまくってたし、高校のときからメイク道具も韓国のものが多いですね。
SNSやInstagramでチェックしたり、BLACKPINKの誰々がこういう服装していたから私も真似する、みたいな。中学生のときは韓国の高校に行く気満々だったので、授業を聞かず、教科書のうしろに別の本を挟んで韓国語を勉強する、ということをずっとやってました(笑)。

―eillさんみたいに、「第二次韓流ブーム」と「第三次韓流ブーム」のあいだも韓国カルチャーを追いかけ続けていた子は、なかなかいなかったんじゃないですか?

eill:そうですね。みんなE-girlsEXILEにいったりしてたかな。でも今は、地元の友達とカラオケに行くとBLACKPINKを歌ったりします。サブスクが始まってから、ボーダーがないんですよ。
同世代の友達は、K-POPも聴くし、洋楽も好きだし、という感じでジャンルレスです。

―eillさんにとって、BLACKPINKの存在も大きいですか?

eill:ドはまり中です。やっぱり曲が、世界的に見てもめちゃくちゃかっこいい。驚きの要素が多いというのはKARAと一緒で、もうはまるしかないんですよね。ドキュメンタリーも全部見ているんですけど、「あ、こんな性格してるんだ」「強そうに見えるけど、赤ちゃんみたいにはしゃぐんだ。可愛い!」みたいな要素が多すぎて、まんまと虜になっています。
あんなに可愛くて細いのに、あんな声で歌って踊れるのもすごいし。

―KARAや少女時代の登場から今に至るまでの韓国の音楽シーンの変化は、eillさんの目にどう映っていますか?

eill:今は、アイドルもいるが、ヒップホップも同じ位置にいる、みたいな感じになっていると思います。Jay Park、Heize、Deanとか。『SHOW ME THE MONEY』というラップ系のオーディション番組が韓国では超人気で。私が好きになった頃はまだ日本で知られてなかったけど、今は日本のクラブに行くとそういう曲もかかるようになりましたよね。あと「アイドル」から「ソロアーティスト」の時代になってきたというか。
昔は、韓国の音楽番組を見ていてもソロアーティストが出ることは少なかったし、あっても「アイドルのひとりがソロデビュー」ということが多かったと思うんですけど、今はソロアーティストの時代になってきたなと思う。「韓国と言えばK-POPアイドルでしょ」みたいな時代はもう終わったなと思います。

韓国でオーディションを受けた理由

―さきほど「韓国の高校に行く気満々だった」という話もありましたが、中学生の頃から「韓国で歌いたい」という夢を抱いて、実際に韓国でオーディションを受けたり、韓国人のボイストレーナーに習ったりしていたんですよね。

eill:そうです。最初は憧れが韓国にしかなかったんですよ。日本にはそこまで憧れがなかった。
だから自分のなかで「韓国でしか歌いたくない、韓国語じゃなきゃ嫌だ」となっていて。それで14歳のときから韓国語でオーディション受け始めたんですけど、歌が上手くなかったので、日本に住む韓国人の先生に教えてもらうようになって。その先生に「曲も作りなさいって」言われて、歌詞も書くようになるんですけど……日本語なわけじゃないですか。韓国語でも書いていましたけど、自然と出てくるのは日本語で。そうなったときに、自分の歌う場所は日本だって気づいたんですよね。自分で書いた曲を自分で歌いたいと思ってからは、日本でオーディションを受け始めました。それが高校1年生のときです。

―高校生の頃は「ENNE」名義で活動をされていて、「eill」として作品を発表し始めたのは去年からですよね。「eill」としてスタートしてから一気に広まった印象があるのですが、ご自身としてはいかがですか?

eill:去年の6月までは曲すら出してなかったので。そう思うと、この1年でいろんなフィーチャリングとかも呼んでいただけるようになったし、作品を出すことで少しずつだけど聴いてくれる人が増えていくものなんだなって。びっくりしてるし、感動だなあ。

―この1年でいろんな人に見つかって評価を受けるようになったのは、もちろん「ENNE」時代の経験やスキルの積み上げによるものもあるとは思うんですけど、具体的になにかを変えたからうまくいった、という部分もありますか?

eill:「ENNE」名義のときは、ほとんど配信リリースをしてなかったんですよね。基本、ライブハウスでライブをして、その場所で音源を売る、という感じで。eillからは、「ライブよりも配信」みたいな。SNSと同じように、自分が思っていることを呟くみたいに出す、ということをeillでは大切にしていきたいと思っていて。やっぱりサブスク時代だから、届けたら、届いた! みたいな(笑)。

―「呟くみたいに曲を発表する」という言葉はすごく面白いですね。曲作りにおいてはどうですか? なにか意識を変えた部分はありますか?

eill:私、ピアノで曲を作るんですけど、前の名前のときはほぼ一人でピアノで作っていたんです。でもeillでは、最初はピアノで作るんですけど、そこにバンドメンバーのみんなでセッションしたアレンジが加わったりして、視野がブオオンって広がりました。自分で街に行って録った音を使ったり、「普通だったら、これはしないかな」みたいなことも「やってみよう!」みたいなテンション、心構えで曲作りをするようになりましたね。

―「普通や常識の”枠”から一歩だけはみ出る」って、ポップスの必須条件ですよね。eillさんって、この先はどういう立ち位置のアーティストになりたいと思っていますか? 個人的には、宇多田ヒカルさんや西野カナさんのような、メジャーシーンで活躍して大衆に聴かれる歌を届けながら、同性から憧れる存在になり得るシンガーだと思っているんですね。それは、活動全体を見ていてもそうだし、ライブを観るとより強く思います。

eill:私も、同じことを思っていて。今は、「ディープ」というか、「シティ・ポップ」とかって呼ばれる場所にいると思うんですけど、自分から出てくるメロディとか、ピアノと向き合って出てくる曲は、今のeillのものだけじゃないんですよね。昔からR&BとかK-POPも大好きだけど、根幹にあるもの、自分が気持ちを持って書く曲は、すごくJ-POPだったりする。今もそのあいだを意識して作ってはいるんですけど、もっと言葉が伝わりやすい音楽も歌っていきたいと思っています。でも、だからと言って、ピアノで弾き語れる曲だけではなくて、ダンスミュージックとかも歌いたい。人って、生きているあいだにいろんな感情や瞬間があるじゃないですか? 夜遊びしてるときとか、夜遊びから帰ってきて少し寂しくなるときとか……「今はこのeillだ」「今はこのeillだ」みたいな感じで、それぞれの瞬間に組み込んで聴いてもらえる音楽を作りたいなと思っています。

―eillさんって、本当にいろんな国のいろんなジャンルの音楽を聴かれていると思うんですけど、そのなかで「J-POPらしさ」とはなんだと思いますか?

eill:歌詞ですね。私、アニソンもすごく好きなんですけど、アニソンって変なことを言ってるんですよ。「にゃー」とか「好きだよん」とか(笑)。海外だとそういう要素ってあんまりないのかなと思っていて。J-POPって、「本当にここにいる」みたいな感じがするんですよね。アニソンとかも、本当に自分の真横でアニメのキャラが言ってる、みたいな感じがする。だからJ-POPでは言葉が一番大事なのかなって思うようになりました。

「本当の繋がりというか、手を取り合える人を大事にしたい」

―これまでも、韓国のシンガーK.vshとプロデューサーのHye Sungと共作した「ONE」や、同じく韓国のヒップホップアーティスト・RheehabとOceanと共作した「721」を発表してきましたが、最近では日韓LGBT・DJユニットのneufneufへの客演参加や、オーストラリアの大型YouTuberとのコラボ(詳細は後日解禁予定)など、さらに海を超えた共作や活動が活発になってきています。そういったクリエーションを通して、他国の同世代に感じる、日本人とは違う考え方やエネルギーって、どういうものがありますか?

eill:深く考えないというか、シンプルに「これ、よくね!?」みたいなバイブスで生きている人が多いかもしれないです。しかもそれにすごく自信を持っている。「これで大丈夫かなあ」みたいな感じがないです。グワァっと歌って、これでいいだろ! みたいな。洋服を作ってブランドをやっている友達も韓国にいるんですけど、その子も「私の服が一番可愛い」って言ってるし。私はそういうふうになかなか思えないので、強いな、すごいな、と思います。でも、いいものに対してはめちゃくちゃ褒めてくれて、「お前の声マジでいいから」みたいなこともちゃんと言ってくれるから、そういうところから自信をもらいましたね。

―今日の取材で何度か「サブスク時代」という言葉が出ましたが、国境などないかのように世界中の人とコミュニケーションをとったり、音楽を聴き合ったりしているeillさんの活動のあり方は、新時代の大きな希望だなと思います。

eill:実はまだ発表できないものもあって。『Tomorrowland』とかに出てるアメリカのDJから声をかけてもらったんですよ。いつどう出せるかわからないけど、レコーディングは全部終わってます。それもApple Musicで聴いて、何人かの女性シンガー候補のなかから私を選んでくれたみたいで、「マジか!」ってなりました(笑)。この前日本に来ていたので、一緒に『進撃の巨人展』に行ったりして、ずっとアニメの話を一緒にしてましたね(笑)。すっごく楽しかったです。やっぱり、バイブスなんですよ。

―じゃあ逆に、日本に対してモヤモヤとかもどかしさ感じる部分ってなにかありますか?

eill:うーん……私、今21歳で友達も大体同じ世代なんですけど、いわゆる大人たちを信じ切れていないところが結構あって。なにが本当かわからないから、どう大人になっていいかもわからなくなってたり。私は選挙に行く派なんですけど、なにを信じていいかわからない、なにが正しいのかわからない、だから選挙も行かない、みたいな子も多いですね。自分がなにをしたいかがわからないって悩んでる子も多くて。私も今アルバムを作っているので自分と向き合う時間なんですけど……自分も最終的になにがしたいのかがわからなくなることはあるし、どう頑張ってもわからないことってあるなと思うんですよね。でも少し救いとなるのは、友達とかと手を取り合って「大丈夫だから」って繋ぎ止め合うことだと思う。最近私のなかで、大切な人とか友達を大事にしようという気持ちが強くなっていて。Instagramだけの繋がりとかじゃなくて、本当の繋がりというか、手を取り合える人を大事にしたい。どの時代もそうやって生きているんだろうなとも思うんですけどね。

―そういった今のeillさんのマインドも、新しいアルバムには反映されてそうですね。

eill:幕開けたeillから、舞台に上がっていって、そこでなにを歌うのかというステップアップの意味もあるし、eillの本当の姿、色が見える作品になると思います。

eill
東京出身。10代の頃から清水翔太のコーラスやPAELLAS、SKY-HIなどの楽曲に参加。2018年10月に1stミニアルバム『MAKUAKE』を発表した。11月6日にはアルバム『SPOTLIGHT』をリリースする。
https://eill.info/#top

<INFORMATION>

21歳のeillが見たリアル「救いとなるのは、友達と手を取り合って繋ぎ止め合うこと」

『SPOTLIGHT』
eill
スペースシャワーミュージック
11月6日発売

「Scramble Fes 2019 supported by Rolling Stone Japan」

2019年11月2日(土)東京・渋谷TSUTAYA O-EAST
時間:OPEN 14:30 / START 15:30 / CLOSE 21:30 ※予定
出演:iri・eill・TENDRE・クボタカイ・VIDEOTAPEMUSIC・betcover!!
※2ステージ制
チケット前売り:3800円(税込・別途ドリンク代)

各プレイガイド

イープラス:https://eplus.jp/scramblefes2019/
LINEチケット:https://ticket.line.me/events/3960/
ローソン:https://l-tike.com/scramblefes2019/
ぴあ:https://w.pia.jp/t/scramblefes2019/

イベント公式ホームページ:http://tsutaya.jp/scramblefes2019/