ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。クルアンビン、ジェイムス・ブラウン、細野晴臣、ヴルフペック、Jingo、デヴィッド・T・ウォーカーの楽曲考察に続き、第7回となる今回はカーペンターズの「(They Long To Be)Close To You(遙かなる影)」を徹底考察する。


今回の「モヤモヤリズム考 - パンツの中の蟻を探して」はカーペンターズの「(They Long To Be)Close To You(遙かなる影)」を取り上げます。「棺桶に入れてあの世に持っていきたい1曲は?」と尋ねられたらひとまずこの曲を挙げたいと思います。それほど好きな曲です。「Close To You」がカーペンターズのシングルとして世に放たれて今年でちょうど50年が経ちました。バート・バカラック、ハル・デヴィッドという稀代の名コンビが生んだこの名曲が輝きを放ち続けているのはなぜか。決して明確な答えのある問いではありませんが、その回答のひとつとしてリチャード・カーペンターによるリズムないしグルーヴの変更が功を奏したと言えそうです。


皆さんよくご存知の曲だと思うので「Close To You」を鼻歌で少し歌ってみてください。どうですか。ハネてましたか。ハネてましたよね。シャッフルの曲なので当然メロディはハネています。ここで「ハネる? シャッフル?」という方のためにかいつまんで説明しましょう。


なにかの講習や研修、説明会などを受けにどこかの貸しホールへ行った際、3人がけのテーブルの真ん中の席を空けて前から詰めて座るように案内されたことがあるかと思います。この座り方は研修や講習を請け負う業者の間で「シャッフル座り」と呼ばれています。というのは嘘ですが、1拍をテーブルに見立てた場合、真ん中を空けて両端に二人座ればシャッフルと同じ構造になると言えます。このテーブルが4列で1小節となります。早い話、「タッタタッタタッタタッタ」というスキップの足取りと同じリズムがシャッフルです。スキップのように弾むリズムなのでシャッフルのことを「ハネる」というわけです。
席の例えで言うならば「タッタ」の「ッ」が真ん中の空けておく席に該当します。

バカラック&デヴィッドの曲にはシャッフルの名曲が多く存在します。例えば、B・J・トーマスの「Raindrops Keep Fallin on My Head(雨に濡れても)」、同じくB・J・トーマスの「Everybodys Out of Town」、ハーブ・アルパートの「This Guys in Love with You」、フィフス・ディメンションの「One Less Bell to Answer(悲しみは鐘の音と共に)」、ジャッキー・デシャノンの「What the World Needs Now Is Love(世界は愛を求めている)」(※3拍子のシャッフル)、バカラック本人の歌唱による「Hasbrook Heights」(お気に入り!)など。言うまでもなくカーペンターズの「Close To You」もバカラックの「シャッフル名曲集」のひとつなわけですが、元々この曲はシャッフルではありませんでした。

カーペンターズの「(They Long To Be)Close To You」がヒットしたのは1970年のことでしたが、実はその前にも別の歌手によって何度か録音されています。初出は1963年のリチャード・チェンバレンのシングル「Blue Guitar」のB面でした。
リチャード・チェンバレンは「ドクター・キルデア」という医療ドラマの主演で知られる俳優です。チェンバレン版の編曲はバカラック本人によるもので、聴いてみるとお分かりいただけると思いますが、こちらのアレンジではリズムがハネていません。「タタタタ…」という8分刻みのリズムです。カーペンターズ版と比べると感傷的で哀切なムードが漂っています。メロディの譜割もカレン・カーペンターと比べると音価が長く、相対的に見てやや間延びしたような印象を受けます。また、イントロもなく、ボーカルのアウフタクトで始まります。
バカラックの自伝によれば、自分のアレンジもチェンバレンの歌唱もまったく気に入っていないようで、自分の仕事のうちで最もひどい出来とまで言っています。

リチャード・チェンバレンに続いて、バカラック&デヴィッドのミューズとも言えるディオンヌ・ワーウィックも「Close To You」を歌っています。こちらは1964年のアルバム『Make Way for Dionne Warwick』に収録されています。アレンジ面ではチェンバレン版とさほどの違いはありません。ミックスがやや控えめと言ったところでしょうか。

同年、「Wishin and Hopin」、「I Just Dont Know What to Do with Myself」、「The Look Of Love」などを取り上げ、イギリスにおけるバカラック&デヴィッド作品の名手としても名高いダスティ・スプリングフィールドも「Close To You」をレコーディングしています。
しかし、こちらの音源は1967年のアルバム『Where Am I Going?』に収録されるまで塩漬けされていました。ダスティ版はラテン的なシンコペーションが感じられるややファンキーでテンポも早めのアレンジですが、ハネてはいません。

続く録音はティファナ・ブラスのリーダーかつA&Mレコードのボス、ハーブ・アルパートによるものです。先述の「This Guys in Love with You」に続くヒットを狙っていたアルパートはハル・デヴィッドを訪ねて「何かいい曲ないか子猫チャン」と聞いたかどうかは定かではありませんが、知られざるバカラック&デヴィッドの曲を求めたところ、デヴィッドはディオンヌ版の「Close To You」を聴かせたとのことです。ヒットのポテンシャルを感じたアルパートは実際に録音しますが、プレイバックを聴いているときにフィル・スペクターの片腕としても知られる名エンジニア、ラリー・レヴィンに「おまえさんの歌はひどい」と言われて自信を失い、お蔵入りにしてしまいました。このときの録音は2005年にリリースされた未発表音源集『Lost Treasures』で聴くことができます。こちらはブラジルのサンバっぽいリズムで、これまでの録音よりもぐっとテンポが上がっています。「Close To You」の陰と陽の陽の部分を全面に出したアレンジといえます。個人的には好きですが、やや陽気が過ぎるような気がしないでもないです。

自分の作品として発表することを諦めたアルパートは「Close To You」をカーペンターズの元へ持っていくことにします。彼らはA&Mとサインし、1969年にアルバム『Offering』でデビューしたものの、さほど成功できずにいました。リチャード・カーペンターはアルパートからメロディとコードが書かれたリードシードを渡されて、一つの条件を除いて好きなようにアレンジして良いと言われます。その条件とはヴァースの最後にピアノだけで演奏される単音の下降フレーズを入れることでした。アルパートはこの箇所をフックと考えていたようです。またアルパートはインスピレーションの妨げになってはいけないと思い、自身の音源を聴かせなかったとのことです。

アルパートほど熱を上げていなかったリチャードではありましたが、彼は「Close To You」をシャッフルで調理することにしました。完全に結果論でしかありませんが、このアイディアこそが「Close To You」のブレイクスルーとなったと言っても過言ではありません。

ハル・デヴィッドによる「Close To You」の歌詞は、人気者に恋をした者がレトリックを駆使して意中の人を讃える内容です。とにかく彼ないし彼女は恋して浮足立っているわけです。「Close To You」はいわゆる「曲先」だったそうですが、バカラックのアレンジはメロディに含まれるセンチメンタリズムを引き出すもので、歌詞の内容を踏まえるともはや「好きすぎて辛い…」と言った感じがあります。一方、リチャードのアレンジはメロディの持つ哀切さを足取り軽やかなシャッフルで中和させつつも恋をしたときに鳩尾が締め付けられるような感触も残しているといえましょう。ちなみに、ポール・ゾロによってまとめられた「インスピレーション」というインタビュー集によれば、ハル・デヴィッドはカーペンターズの「Close To You」をA&Mもう1人のボス、ジェリー・モスに聴かされたときに「私が思い描いていたものが欠けているような気がした」と語っています。後々、全米1位のヒットを記録したことで驚かされたそうです。

チェンバレン版との比較でメロディの譜割及び音価が異なると既に述べました。カレンの音価およびタイミング・コントロールも素晴らしい。チェンバレン版は音価が長く重厚かつリズムがぼんやりとしていましたが、カレンの歌唱はシャッフルのグリッドがはっきりとしており、足取りも軽く、空中を旋回するような躍動感すらあります。話はやや脱線しますが、ヘッドホンを用いてボーカルを意識して聴くと今でいうASMRのような生々しさを感じられます。

最後に少しリズム隊の話をします。演奏しているのはご存知ハル・ブレインとご存知ジョー・オズボーンです。実にシンプルかつ気の利いた演奏です。スネアを使わずに強めのハットをバックビートの代わりにしているのがまたすごい。スネアが入っていたら「Close To You」の持つ浮遊感がやや減って、腰が据わった感じになったのではないかと思います。

今回の「モヤモヤリズム考 -パンツの中の蟻を探して」はメロディの素晴らしさを引き出すリズムについてのお話でした。現在のポップスの制作においては、トラックありきでメロディを考えるのが一般的かと思います。そうした状況を踏まえると、「Close To You」がヒットに至るまでの話がなかなか味わい深く感じられるのではないでしょうか。


鳥居真道
ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター

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