2019年9月に書籍『なぜアーティストは壊れやすいのか?』を出版した、音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦。同書では、自身でもアーティスト活動・マネージメント経験のある手島が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスの基本を語り、アーティストや周りのスタッフが活動しやすい環境を作るためのヒントを記している。
そんな手島が、日本に限らず世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」をスタート。第12回は「ダイバーシティ」をテーマに、産業カウンセラーの視点から考察する。

メンタルヘルスの問題に向き合うときに大切な考え方がいくつかありますが、そのうちのひとつが「ダイバーシティ(多様性)」です。2020年2月2日に行われたスーパーボウルのハーフタイムショーにはジェニファー・ロペスとシャキーラが出演しましたが、シャキーラは「この国に受け継がれるものを思い出させてくれるでしょう。それはダイバーシティ(多様性)であり、それをパフォーマンスで祝福したいです」と話しました。

ダイバーシティとは、人は多様な存在で、様々な特性を持った人がいて様々な考え方や価値観があり、それらを尊重するということです。
ここで気をつけておきたいのは、多様性はそれ自体は良いものでも悪いものでもない、ということです。ただ、人が”世界は多様である”ということを”事実として認めること”が大切なのです。どんなことでも事実を事実として受け容れなければ、そこにはなんらかの歪みや間違いが生じてしまいます。事実としてそのまま受け容れて、すべてが尊重される最善の方法を考えていくということです。

ダイバーシティの源流は、1950年代から本格化するアメリカ合衆国の公民権運動(1964年公民権法成立)に遡ることが出来ます。ごく簡単に言うと、公民権運動によって白人とアフリカ系アメリカ人(黒人)の平等が認められるようになることで、男女、LGBTQなども含めた、その他の様々な不平等も見直されるようになり、ダイバーシティの重要性が注目されるようになったのです。
そしてその公民権運動と音楽はとても深い関わりがあります。

1863年、南北戦争の最中にリンカーン大統領は黒人奴隷の解放を宣言します。ちなみに、この戦争のときの北軍の軍歌『リパブリック讃歌』は、日本でも様々な替え歌になって広まっています。この曲名を聴いてもどんな曲が頭に思い浮かばないという方も、『ごんべさんの赤ちゃん』やヨドバシカメラのCMソングなどと聞けば「ああ、あのメロディか」とわかるのではないでしょうか。このように、歴史が私たちの身近で意外なところに、時には音楽とともにその痕跡を残していることがあります。

南北戦争後、アフリカ系アメリカ人が公民権、投票権、議会で働ける権利、公職につける権利などが実現します。
しかし、それを受け容れられない南部の白人たちを中心とした抵抗により、合衆国憲法を無効にしてしまう差別的な法や規則がつくられはじめます。「ジム・クロウ法」と呼ばれる州法がそれにあたります。その「ジム・クロウ」という名は、白人がアフリカ系アメリカ人に扮して歌う差別的なコメディ『ミンストレル・ショー』でのヒット曲「Jump Jim Crow」に由来します。1932年には、ビリー・ホリディが歌う「奇妙な果実」がヒットしますが、その歌詞はアフリカ系アメリカ人が白人のリンチによって殺害された事件を暗喩したものでした。

1950年代にはエルヴィス・プレスリーが登場します。アフリカ系アメリカ人の音楽であったロックン・ロールを、白人である彼がかつての『ミンストレル・ショー』とは違って、アフリカ系アメリカ人の音楽に対しての多大なリスペクトとともに「黒人のように」歌ったのです。
それはアメリカ社会に衝撃を与え、彼は保守的な層から多大な反発を受けましたが大変な人気を獲得します。

ボブ・ディランには公民権運動に関わる曲がいくつかあります。アフリカ系アメリカ人の少年が白人に惨殺されたエメット・ティル殺人事件に関して歌った「The Death of Emmett Till」や、アフリカ系アメリカ人の大学入学を巡って内戦のような騒ぎとなった「オックスフォードの戦い」を取り上げた「Oxford Town」、そして有名な「Blow In The Wind」は公民権運動について歌われたものでした。希代のソウル・シンガーであったサム・クックはこの曲に刺激されて「A Change Is Gonna Come」を書いたと言われています。

他にもピート・シーガーやカーティス・メイフィールド等から、公民権運動に関する曲は多数発表されています。また、ザ・ビートルズも公民権運動に賛同し、大きな力となったアーティストでした。
1964年に彼らの初のフルスケールでのアメリカ・ツアーが行なわれましたが、公民権法成立後にも関わらず、南部のフロリダ州ジャクソンビルでのコンサート会場だったゲイター・ボウルでは、人種別に席が分けられていました。それに対し彼らは「人を差別するなんて愚かでばかばかしいことだ。人間を動物と同じように扱ってはいけない。僕ら四人だけでなくイギリス国民は全員同じ気持ちさ。僕らのコンサートや僕らの国でこんなことは決して起こらない。もしあったとしたら、僕らはそんな人々の前でプレイしない」とその境界を取り払うまでコンサートの開始を拒否します。
プロモーターはバンドの要求を受け入れ、人種別の観客席を廃止しました。公民権法が成立するまでには、非常に長い時間と多くの苦難を乗り越える必要がありましたが、その歴史と音楽も伴走していたことは、憶えておきたいことだと思います。新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、自身の公演を中止(延期)した米津玄師さんは、ツイッターで「混乱に乗じた悪質なデマや差別的表現に加担してしまわないよう、僕らだけでもなるべく冷静に努めましょう」とメッセージを出しました。こうしたところにも、差別にNOと言ってきた音楽の歴史が受け継がれています。

公民権法成立後、有色人種や女性等が採用や昇進に関して差別された場合、雇用者を告訴できるようになりました。当初は反発もあったものの、告訴されることを回避したい雇用者は、次第にこれらの法に照らして問題がないように対応しはじめます。1990年代になると、将来の変化に対応するために「経営における多様性の受容」への関心が高まります。そして2000年代に入ると、経済のグローバル化と世界規模でのMBA(企業合併・吸収)が盛んになり、その結果、"異なる文化を持つ地域でいかに成果を上げるか、異なる仕組みや文化を持つ企業と合併した場合にどのようにしてマネジメントしていくのか"ということに対応することが必要となり、特に日本の場合は少子高齢化による労働力人口の減少に対応するためにも、「ダイバーシティ・マネジメント」の考え方を企業が取り入れていくようになります。現代においてダイバーシティが唱えられるのは、ビジネスとしても必要だし、有効だからという一面もあるのです。

ただし、ダイバーシティは、ビジネス的なことも含めて、なんらかの価値がそこに見出されるから認められ、尊重されるものではありません。人が多様であることは事実であり、その事実を認め、すべての人の存在を無条件に認めるということ、そしてその都度皆が尊重されるやる方を考えていくことが大切です。それにはまだまだ困難なこともあるかもしれません。しかし、私たちには、少しずつでも社会を良くしてきた歴史と積み重ねがあります。同じように、少しずつでも良い方向に向かうよう、考え続けていくことが大事なのだと思います。

参照
『2020年のスーパーボウル・ハーフタイムショーが画期的だった理由』
HUFFPOST 2020年02月04日Yuko Funazaki Cole Delbyck
https://m.huffingtonpost.jp/entry/superbowl-halftimeshow-2020_jp_5e39155ac5b687dacc724f9d

『ロン・ハワード監督のドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK − The Touring Years』からわかる10の真実』
RollingStone JAPAN JORDAN RUNTAGH 2016/11/06 
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/26998/1/1/1


<書籍情報>
世界は多様だという事実が尊重されるべき、公民権運動から始まるダイバーシティの源流


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

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