「本を書くなんて一度も考えたことがなかったけど、今の僕たちには時間だけはたっぷりあるから、やらない手はないだろう?」と、3月以来仕事のないブランドン・ブラックウェルは言う。

アメリカ政府が最初の外出禁止命令を出した時、ブランドン・ブラックウェルは短い息抜きをしようと考えていた。
プロダクション・マネージャーで、フロント・オブ・ハウス兼モニター・エンジニアで、小規模事業者の彼は、ここ7年間エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、カミーラ・カベロ、ビッグ・ショーンなどのツアーに参加してきた。4カ月前のあの時、リゾとスーパー・ボウルの仕事を終えて、ニュージャージーの自宅に戻ったばかりで、次の仕事の準備を始めようとしていたところだった。

ブラックウェルが帰宅したのは2月20日。それから少しして、アメリカ国内でたくさんの人が集まる大規模な集会が禁止され、彼の仕事の予定もすべて消えた。あれから4カ月経っても相変わらずツアー仕事はないのだが、器用に何でもこなせるエンジニアの彼はかつて考えたことすらない新たなプロジェクトで大忙しだ。ゲーマーに大人気のライブ配信プラットフォームTwitchでフォロワーを増やし、株式市場で有利なデイトレードをするための勉強をし、児童図書の出版に向けて準備を進めている。

カレッジ時代の彼は熱心なゲーマーで、「Call of Duty」をプレイする自分の姿を映像に収めていたほどだ。現在、Twitchで攻略方法を解説しながら、ハイライト部分をYouTubeで公開している。「こうすることで仕事のスケジュールがある気分になるんだ。それに、これは実質的にライブ制作だから、仕事をしたい気持ちとエンジニアとしての欲求の二つを満たすことができるよ」と、29歳のブラックウェルがローリングストーン誌に語った。まだ収益化できてはいないが、彼がツアーバスに戻った頃には利益をあげるようになり、彼のマーケティング計画の一部になり得ると期待している。

「僕が持っている機材は小さいからツアーにも持って行けるし、ホテルの部屋にも設置できるし、ツアー中に配信することも可能なんだ。
ツアー中のストリーミングだと普通の配信環境とは異なる効果が出るはずだ。普通は自宅からストリーミングするよね。でも、僕の場合は今日と明日では違う州にいたり、違う国にいたりするから、フォロワーはストリーミングを通してそれを体験することになる。僕自身、これが他の普通のストリーマーたちと一線を画する要素になると思っているよ」と、ブラックウェルが説明してくれた。

今は「待つ」というゲームの最中

多くのライブ・ミュージックのスペシャリスト同様に、ブラックウェルもフリーランスで仕事を受けており、収入のほとんどを数週間や数カ月単位で行われるツアーに頼っている。そのため、コンサートの中止が続く間も何らかの収入を得るために、外出禁止期間中に株取引も始めた。様々な株券のスイングトレードとデイトレードで、ツアー中に得る週給の半分に相当する利益を得ていると言う。

ブラックウェルは「まだ初心者だけど、少なくとも何らかの収益になるし、何もないよりもマシだ。株取引で週給の半分かそれより少し多いくらいの利益を今後も得られたら、それで生活費はまかなえるので、貯金を取り崩す必要がなくなるんだ。ただね、株取引にはリスクが伴うし、特に今は株式市場が不安定だからね」と述べた。

ブラックウェルには先を見越して数年間かけて蓄えてきた貯金があったため、今回の出来事にもパニックを起こさずに済んだが、彼よりも若いエンジニアや資金的な余裕のない同期のエンジニアたちは業界を去らざるを得なかった。まだCOVID-19のワクチンの完成が見えないため、ツアー・スタッフとして仕事をしている人々は戦々恐々としている。
次の仕事まで何週間、何カ月、何年待つのか予測できないのだ。

ニュージャージー出身のブラックウェルはポジティヴな気持ちでいたいと言う。彼自身が最も驚いている新たな活動は何といっても児童書籍の執筆だ。これはライブ・ミュージック業界を描いたもので、彼の婚約者の発案だ。

笑いをこらえながら「ちょっと作家の真似事をしているだけだよ」とブラックウェル。「以前の僕には頭をよぎることすらなかったクリエイティヴな方面に突入している感じだね」と。

子どもたちは音楽を聴いたり、学んだりするのが大好きだが、彼らは素晴らしいライブがどんなふうに出来上がるのかを知らないと彼は指摘する。「子どもたちは会場に行って、ライブを観て、あとは帰宅するだけなんだ。ほんと、それだけ。ライブ・ミュージックの仕事が何か知らなければ、彼らはサウンド・エンジニアの存在すら知らないわけだよ。実際、子どもの頃の僕だって知らなかった。でも、あの頃もう少し知っていたら、もっと早い段階でこの仕事に興味を持っていたと思うんだ」と説明した。
この本がきっかけでライブ・ミュージックの仕事に興味を持つ子どもが増えることを彼は願っているのだ。また、ツアーの仕事をしている親を持つ子どもたちが親の仕事を理解する助けとなると期待する。

「本を書くなんて一度も考えたことがなかったけど、今の僕たちには時間だけはたっぷりある。やらない手はないだろう?」と、ブラックウェルは楽観的な態度を保ったまま、すべての状況が整った時にツアーが完全復活すると信じている。今は「待つ」というゲームの最中だと。

「今はみんなが現実からの逃避を必要としている」

そして、ブラックウェルが続けた。「考えすぎると気が変になるから、深く考えないないようにしているんだ。心の中で2021年にツアーに戻れると信じているよ。そして、911のあとのことを思い出すんだよ。当時、僕は12歳で、自宅であの事件の一部始終を見た。人生で一番悲しい出来事だった。あの頃したかったことは違う世界に連れて行ってくれる映画を観て逃避することとか、とにかく目の前で起きていることから目を背けたい一心だった。
それと同じで、今はみんなが現実からの逃避を必要としているんだよ」と。

【画像】コロナ直撃、全米各地のライブハウスの声(写真ギャラリー)
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