BTS(防弾少年団)が、所属事務所ビッグ・ヒット・エンターテイメントの新規株式公開(IPO)によって手に入れた収益が多いか少ないかはさておき、他の大手音楽会社の所属アーティストが夢にも思わないほどの金額であることは間違いない。

大人気K-POPグループ・BTS(防弾少年団)の所属事務所であるビッグ・ヒット・エンターテイメント(以下、ビッグヒット)は、10月15日に株式の一部を韓国株式市場に売り出した。
1株でもいいからBTS株を購入したいと考える熱狂的なファンによって株式購入需要が跳ね上がった結果、ビッグヒットの株価は、開始と同時に1株=235ドル(約2万5000円)という数値(1株=117ドルという株式公開価格の倍)を記録し、同社の時価総額は76億ドル(約7960億円)となった。

今回のIPOの数週間前、ビッグヒットはBTSの7人のメンバーに対し、計47万8695株の普通株を付与していた。そのため、同社の看板グループであるBTSは、15日には1億800万ドル(約113億円)相当の株式を手にする結果となった。メンバーひとり当たりが保有する株式の評価額は1540万ドル(約16億円)になる。その一方、同社の創業者であるパン・シヒョク代表が保有する株式の評価額は28億ドル(約2900億円)を超えた。

パン氏がビッグヒットの株式の36.6パーセントを保有しているのに対し、BTSの比率は1.4パーセントに過ぎないという点をめぐり、一部では議論が起きている。
だが、BTSが録音された音楽に対する権利と所属事務所の株式を保有しているという事実そのものが珍しい。他の音楽会社は、なぜビッグヒットのように大物アーティストに株式という報酬を与えないのだろう? そして仮に与えるとしたら、提示するべき公平な金額はどのくらいになるのだろう?

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ドアーズなどを輩出したエレクトラ・レコード(以下、エレクトラ)の伝説的な創設者、ジャック・ホルツマン氏を筆者がインタビューした際、ホルツマン氏は、セオドア・ビケルというたったひとりのアーティストの人気によって1950年代末には9万ドル(現在価値:約83万ドル)の借金を抱え込んでいたエレクトラが救われたというエピソードを語ってくれた。当時のホルツマンは、ビケルに「感謝のことばを浴びせまくった」だけでなく、同レーベルの所有権5パーセントをプレゼントした。1970年、ホルツマン氏は後にワーナー・ミュージック・グループ(以下、ワーナー)となる企業にエレクトラを1000万ドルで売却。ビケルの5パーセントは、約50万ドル(現在価値:約330万ドル)に現金化された。

感謝の気持ちからきたホルツマン氏の行為は、当時に限られたものではない。
The 1975が所属する、ロンドンが拠点のインディーズレーベル、Dirty Hitの例を挙げよう。The 1975がアメリカでプラチナアーティストとしての地位を確立する以前の2012年からバンドはDirty Hitと契約している。Dirty Hitの財政申告を見ると、バンドメンバーが同レーベル(Dirty Hitは、アルバム3枚の制作を前提に2019年にThe 1975と再契約した)を部分的に所有していることがわかる。メンバーひとり当たりには、18株の普通株が付与されているのだ。

米コバルト・ミュージック・グループ(以下、コバルト)の財務書類に目を通すと、サー・ポール・マッカートニー、ドクター・ルーク(ルーカス・ゴットワルド)、マックス・マーティン(MXM Music)といったアーティストたちがコバルトの株式を保有していることがわかる。現在コバルトが10億ドル以上の価格で売りに出されていることを踏まえると、スウェーデンで生まれた英スタートアップ企業が世界最大の独立系音楽会社の仲間入りを果たす前から同社に賭けていたサー・マッカートニー、ドクター・ルーク、マーティンという創業当時からのクライアント3人に、財政面での報酬が与えられる日はそう遠くないのかもしれない。


コバルトは、ソングライターが自作の著作権を保有することを認めている会社として有名だが、クライアント獲得を目的とした「弊社の(株式の)一部もどうぞ!」的なアプローチは、音楽著作権を購入する企業にも適応される。今年の初め、長年にわたってジャスティン・ビーバーとのコラボレーションを行ってきたソングライターのPoo Bearは、自作カタログをアグレッシブな獲得で知られる英Hipgnosis Songs Fund(訳注:IP投資と楽曲のマネジメントを専門とする企業)に売却した。今年の7月、Poo Bearは、音楽業界の分析を専門とするMusic Business Worldwide(MBW)のインタビューでHipgnosis Songs Fundの創設者であるメルク・メルキュリアディス氏からカタログの著作権の代償として同社の株式を一部提供したいと提案されたと語った。「カタログを売却した後もその一部でいられる——私にとってはこれがすべてでした」とPoo Bearは話す。さらには、次のように続けた。「他社がこのような提案をしたことは、いままでないと思います」。


Poo Bearが言う「他社」とは、知名度にかかわらず、ソングライターやアーティストに株式という報酬を未だに与えていない大手音楽会社を指しているのかもしれない。その原因のひとつは、こうした企業が所有するカタログの膨大さにある。たとえば、ドレイク、テイラー・スウィフトビートルズ、クイーンのどのアーティストに株式を付与するか、ユニバーサルミュージック・グループ(以下、ユニバーサル)にいったいどうやって決めろと言うのだ?

しかしながら、ビッグヒットが抱えているアーティストは何もBTSだけではない。それでも、同社は相当な株式を7人のメンバーに付与した。世間を騒がせているBTSの所属事務所の株式保有問題は、音楽業界のパラダイムシフトを促し、それによって人気アーティストとの交渉中はもちろん、再交渉の際も株式の一部を彼らに譲渡せよという圧力が大手音楽会社にかかるようになるのだろうか?

3大レコード会社のユニバーサル、ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、ソニー)、ワーナーは、保有するSpotify株を売却して得た資金の一部を所属アーティストに還元することに同意していた。だが、この期に及んで大手3社は、ビッグヒットの事例にも取り組まなければならない。
大手音楽会社が自社の株式を売却し、多額の現金を銀行に預けたらどうなるだろう? この場合、Spotifyが上場したのと同様に、レコード会社が抱える大物アーティストたちには、企業価値を高めたことへの個人的な貢献に対し、大金の分け前を棚ぼた式に手に入れる権利があるのだろうか?

これは、理論上の質問ではない。ユニバーサルの親会社である仏ヴィヴェンディは、今年の初めに中国のテンセントが主導するコンソーシアムにユニバーサルの株式10パーセントを33億ドル(約3500億円)で売却した。それだけでなく、報じられたところによれば、同コンソーシアムは2021年1月にさらに10パーセントを手に入れるつもりだ。ヴィヴェンディは、2023年までにユニバーサルの新規株式公開を行い、同社を「手放そう」と計画している。ワーナーは6月にNASDAQ上場を見事に成し遂げ、初日から企業価値が跳ね上がるのを目の当たりにした。

大手レコード会社は、大金をめぐるこうした大きな動きが生じる前の段階でアーティストに株式を「無償」で付与するなど、ビジネスとしてまったく理にかなっていないと反論するに違いない。
会社の株式をアーティストにばら撒くという行為は、由緒ある大手音楽会社ではなく、Hipgnosis、Dirty Hit、エレクトラ、コバルトといったスタートアップ企業が創業直後の数年間に行うものだと主張するだろう。さらに大手レコード会社は、ビッグヒットの今年上半期の収益の87.7パーセントにBTSが貢献した点を指摘し、収益に対してここまで圧倒的な影響力を持つアーティストは、ユニバーサル、ソニー、ワーナーには存在しないと言い張るかもしれない。

しかしながら、ビッグヒットのIPOによってBTSメンバーが億万長者になるのを目の当たりにしたアーティストと彼らの顧問弁護士には、別の言い分があるはず——交渉の場に新たな話題がもたらされることになるだろう。

著者のティム・インガムは、Music Business Worldwideの創業者兼発行人。2015年の創業以来、世界の音楽業界の最新ニュース、データ分析、雇用情報などを提供している。ローリングストーン誌に毎週コラムを連載中。

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