「俺はあらゆる形態の過激主義を嫌悪している。自分とは異なる人々が存在するっていう事実から目を背けるなんて馬鹿げてる」(ブルース・ディッキンソン)

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昨年、新型コロナウイルスのパンデミックによって世界が急停止した時、2つのことがブルース・ディッキンソンを安堵させていた。
1つはアイアン・メイデンが通算17作目のアルバム『戦術』を2019年に完成させていたこと、もう1つは自主隔離の日々を「一緒にいたいと思える相手」、つまり彼のガールフレンドと過ごせたことだ。しばらくの間、それは彼にとってプラスに作用した。

「最初の何カ月かは天気も良くて、思いがけず休暇をもらったような気分だった」。ビデオ通話に応じてくれた彼は、いつも通り高めのテンションでそう語った。「パリに住んでるガールフレンドのアパートで隔離生活を強いられてたんだけど、申し訳程度のバルコニーがついててさ。毎日夕方の5時になると上階の住人がサックスの練習を始めるんだけど、曲が『ファイナル・カウントダウン』で演奏はお粗末そのものだった。
拷問みたいなもんさ」

世界が徐々に元の軌道に戻りつつある現在、63歳という年齢を感じさせないエネルギーに満ちたパフォーマンスで知られるヴォーカリストのディッキンソンは、現場に復帰する準備を着々と進めている。彼はソロでスポークンワードのショーを度々開催していたが(8月にはワクチン摂取済みだったにも関わらずコロナウイルスに感染し、ショーのキャンセルを余儀なくされた)、アイアン・メイデンも来年夏に予定されているヨーロッパツアーの準備に着手した。そして先日、バンドは待望の新作『戦術』(原題『Senjutsu』)をリリースした。82分に及ぶ2枚組の本作に収録された全10曲は、戦争を題材にした歌詞や不屈の精神、3本のギターが生み出す重厚な音の壁まで、まさにアイアン・メイデンの真骨頂だ。ディッキンソンのヴォーカルは、数十年前に元フロントマンのポール・ディアノの代役として加入した時と変わらないエネルギーとスピリットに満ちている。

『戦術』のいくつかの曲に対する彼の認識はオフの期間中に変化したが、ディッキンソンがギタリストのエイドリアン・スミスと共作したアップリフティングでヘヴィな「不吉な予感」はその最たる例だという。
「去年のロックダウン中に、ツアーのせいで見れずじまいになってたTV番組を片っ端からチェックしたんだ」。彼は同曲のミュージックビデオのアイデアを思いついたきっかけについてそう語る。「『サンズ・オブ・アナーキー』をイッキ観してた時、ヨハネの黙示録の四騎士が全員バイク乗りだったらすごくクールだと思った」。彼はそのアイデアを元にして、バンドのマスコットであり「終わりの時」を象徴するゾンビのキャラクターEddieのデザインに携わった元ピクサーの重役たちと共に、アルバムの他の曲のイメージについても固めていった。また本誌の取材に対し、彼は善と悪についての考え、それをバンドの曲に反映させる方法について語ってくれた。

「不吉な予感」は「ネブカドネザルの物語の続き」

ー「不吉な予感」のミュージックビデオには「ベルシャザルの饗宴」以上に多くのメッセージが込められているように思えます。
あのビデオで表現したかったことは?

それぞれ異なるいろんな物語のハイブリッドなんだ。主役のキャラクターはひとまずダニエルってことにしておくけど、別にガンダルフでもオビ・ワンでもいいんだ。フードを目深にかぶったその男は貧しく抑圧された大衆の味方で、彼がならず者たちをなぎ倒すところはモーセの紅海横断のオマージュなんだ。このビデオの場合は、紅海っていうより緑海だけどね。

「不吉な予感」はベルシャザルの饗宴のことだけど、あれは自分が野獣に変身すると信じ込んで雑草を食べ始める気の狂った王様、ネブカドネザルの物語の続きなんだ。ヤギに変身した悪役を壁に身を打ち付けるっていうあのビデオのアイデアはそこから来ていて、ヨハネの黙示録の四騎士が悪いやつらとエリートと雑魚どもに鉄槌を下すっていうストーリーに適ってるんだよ。


ーあなたが共同作曲した「過ぎ去った未来の日々」と「戦術」の2曲の歌詞は、審判の日をテーマにしています。世界の終わりについて、あなたはどんな考えをお持ちですか?

俺自身は世界の終わりは本質的に存在しないと思ってるけど、今目の前にある現実を不快に思っている人々は、そういう概念に安らぎのようなものを求めてるんだよ。

現実の複雑さから目を背けようとする人々にとって、破滅的な未来像っていうのは自分のアイデンティティの一部になりうるんだよ。最近よく耳にする、反ワクチンとかそういうプロパガンダを掲げている人々がいい例さ。聖書を読むまでもなく、破滅的な未来像を描いたものって至るところにあるから、そういうのを信じようとする人々がいることは理解できるよ。人間は半ば定期的に、そういうのを自ら作り上げてきた。
2000年にはバグによって世界が終わるって言われてただろ? 小惑星が地球に衝突するっていうのもあった。世界の終わりを描いたシナリオは無数に存在するけど、どれひとつとして現実になっていないからね。

今俺はオックスフォード大学の心理学の教授で、サイコパス研究とかの第一人者でもあるケヴィン・ダットン教授と一緒にポッドキャストをやってるんだけど、興味深いことに番組のゲストの1人が聖書学者で、世界の終わりと破滅的な未来像を専門に研究している終末論者だったんだ。どっかの山頂で定期的に集まって「もうすぐ世界が終わる」なんて言ってる人々について議論したんだけど、興味深かったよ。もちろんその予言は外れるわけだけど、そいつらは懲りずにその翌年にも集まってこんな風に話してるんだ。「どうやら少し計算間違いをしていたらしい。
だが世界は確実に終わる」

世界の終わりっていうイメージは、曲のテーマなんかには持ってこいだと思うよ。悪魔と神様、善と悪、そういう白と黒の対比はドラマチックだからね。でも俺自身は曲を書く時、少しひねくれたユーモアを加えるようにしてるんだ。

ブルースが神学に惹かれる理由とは?

ー「過ぎ去った未来の日々」の歌詞に、それはどういった形で現れているのでしょうか?

あれはグラフィックノベルが原作の映画『コンスタンティン』のストーリーに基づいてるんだ。キアヌ・リーヴスが演じるキャラクターについての曲と言っていい。彼は神の意思の従って救いを求めながらこの世をさまよい歩いてるんだけど、その神様ってとんでもなく巧妙なナルシストだと思わないか? 人を巧みに操作するナルシシズムっていう概念は『ヨブ記』にも出てくる。「お前の人生を台無しにしてからお前を愛してやる」なんて、一体どんなサイコパス野郎なんだって感じだろ? ポッドキャストではそういう議論をしてる。俺は少しひねりを加えたかったから、主人公は神の要求に応じるどころかブチ切れてるっていう設定にしたんだ。「一体どんな権利があって、お前は俺にこんな厄介ごとを押し付けるんだ?」っていうのが、このキャラクターの基本的なスタンスなんだよ。

誰も気づいてないだろうけど、俺は「イカルスの飛翔」(1983年作『頭脳改革』に収録)でも似たようなアプローチをやってるんだ。イカルスの物語の要旨は「父親の言うことを聞かないと酷い目に遭う」ってことだけど、あの曲では父親が悪役になってる。「若者に翼を与え空を飛ぶことを教えれば、それがどういう結果を招くかぐらい分かるだろ?」っていうね。

ー最近のあなたからは神学への関心が見て取れます。ご自身はどういった哲学をお持ちですか?

まともな人間であろうってことは意識してるけど、それ以外には特にないんだ。でも、俺はあらゆる形態の過激主義を嫌悪している。自分と異なる人や集団の存在から目を背けるなんて、まさに愚の骨頂だ。俺は自分を穏健なリベラル派だと見なしていて、そういうコンセプトの大半を信じてる。政府は能無しで、大抵のことは市民が管理した方がうまくいくってこととかね。その一方で、人々が偏屈になって互いを思いやることができないような状況では、毅然とした態度をとるべきだとも思ってる。でもそういう考え方のどれひとつとして、宗教的な価値観とは無関係なんだ。俺は教会には行かないし、祈りを捧げることもしないからね。

ー『戦術』に収録されている「漆黒の時」で表現しようとしたことは?

あれはチャーチルを題材にした曲なんだ。彼は多くの過ちを犯し、人間的にも欠点がたくさんあったけど、彼は世界中を恐怖に陥れた独裁者ヒトラーに立ち向かった。多くの識者から反対されていたにもかかわらずね。政府の人間の半分は彼の行動を支持しなかったけど、喧嘩腰でアル中で常に不機嫌なあの年寄りはこう言い放ったんだ。「だめだ。私はもううんざりなんだ。やつの思い通りにはさせない。絶対にな」

でも彼が多くの間違いを犯したことも事実で、「王座のそばで裸になっている」っていうサビの部分はそれを表現している。黒い犬に付きまとわれるっていう部分は、彼が鬱に苛まされていたことを示してるんだ。あと、曲の冒頭とエンディングの両方で波打ち際の音を使ってる。イントロの方は、ネプチューン作戦が終わってイギリス軍が撤退したダンケルクで録った。どっちのビーチも、異なる理由で血の色に染まったという点が共通しているんだよ。

40年前のオーディションについて

ー今年の9月、あなたがアイアン・メイデンへの加入オーディションを初めて受けてから40年の節目を迎えます。

「初めて」っていう部分が気になるけど、君の言う通りなんだろうね。

ーネット上の情報によると……、

「ネット上の情報」、またそれだ。こないだ俺の総資産額について書いてあるサイトを目にしたんだけど、スティーヴ・ハリスの4倍の額になっててさ。自分でも知らないうちに、俺ってバンドの曲の大半を書いてたらしいぞって感じだよ。大抵はガセネタだけど、年代や日付については合ってるものも多いんだよな。だから多分40年経ったってことなんだろうね。

ーそのオーディションについて、覚えていることはありますか?

オーディションは2回受けたんだ。1回目の場所は単なるリハーサルルームだった。4曲覚えてくれっていわれたんだけど、アルバム2枚しか出してないんだし、どうせなら全部覚えてやろうと思った。結局バンドの曲をたくさんやったんだけど、他にもシン・リジィやディープ・パープルの古い曲のカバーもやった。その後バンドは、前のシンガーのポール(・ディアノ)と一緒にスウェーデンでのツアーに出た。俺とのセッションがすごくいい感じだっただけに、やりにくいだろうなって思ってたよ。そしたら案の定、ツアーから戻ってきた彼らにこう言われたんだ。「前のヴォーカルはクビにした。君の実力を改めて確かめたいから、今度はレコーディングスタジオでオーディションさせてくれ」。それで現場に出向くと、今は亡き偉大なマーティン・バーチ(プロデューサー)がいた。スタジオで俺は、メンバーが日本で一発録りした4曲のオケ音源に合わせて歌った。評価は文句なしで、俺はその日のうちにバンドに加入することが決まった。その後はどっかのシアターでやってたUFOのコンサートに行って、メンバー全員で浴びるほどビールを飲んだ。その後のことは知っての通りさ。加入した翌日から今まで、ずっと全力疾走さ。

ーそして今のあなたがあるわけですね。

そうだ、まだ生き永らえてる。

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from Rolling Stone US

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