先日Twitterで拡散された4部構成のTikTok動画が波紋を呼んでいる。とある米国人男性が満席の旅客機内で、隣の女性が猫に授乳していると不平を洩らす姿を収めたものだ。


【動画】問題のシーン

飛行機で怒り狂う人々の動画ほど、インターネットが愛してやまないものはない。マスク着用やワクチン義務により、空の旅が以前にも増して緊迫したものになった新型コロナウイルスの時代はとくにそうだ。カレン(訳注:周囲に迷惑をかける白人女性を総称するインターネット・スラング)が何も知らないフライトアテンダントや乗客に食ってかかり、その後当然の報いを受ける姿を見るのは小気味いい。

だが拡散コンテンツについて教訓があるとすれば、信じがたいような動画はおそらく真実ではない、ということだ。

オンラインコンテンツに見慣れた玄人の眼には、この「猫に授乳する女性」動画が仕組まれている、すくなくとも出所が怪しいことを示すヒントだらけだ。2つの座席の間に不自然な空席があるし、窓の日よけはすべて下りている。
明らかにプロ級の画質、非の打ちどころのないタイミングで怒り出す隣席の客。だが理由はどうあれ、人々は疑いもせず、どうしようもない白人女性の行動に信じられないと言って動画をシェアした。「笑いすぎて死にそう」というTwitterユーザーの投稿は、記事掲載の時点で7500件以上もリツイートされている。先ごろ、シラキューズ発アトランタ行きのデルタ航空の機内で毛のない猫に授乳しようとしていた女性が警備に逮捕されたらしい、という実際のニュースが話題になったことも、今回の動画の信憑性を高めていたようだ。

この動画はもともとTikTokから発信されたものの、実際はコンテンツクリエイターGoochのFacebookページに12月18日に投稿されていたと思われる。9万8000人のフォロワーを抱えるこの人物はサーカス団リングリング・ブラザーズの元ピエロで、「仕込みドラマ、風刺、パロディ、マジックの種明かし、事前収録の動画、その他エンターテインメント」を投稿している(Gooch本人もローリングストーン誌に宛てたメールの中で、TikTokで拡散された動画は自分のアカウントから盗まれたものだと認めた)。
Goochのページにあがっている大半の動画は、飛行機が舞台になっている。たとえば12月16日に投稿された「機内の無礼な女性に天罰」という動画には、赤ん坊の隣の席になったことに抗議する女性が登場する(見たところ、赤ん坊は授乳動画の猫と同じ毛布にくるまれている)。

やらせ動画が作られる理由

拡散動画で猫に授乳している黒髪の女性は、アーティスト兼ソングライター兼コンテンツクリエイターのテイラー・ワトソンと瓜ふたつだ。ワトソンは以前、キッチンカウンターの上にチーズソースやワカモーレといったトッピングをぶちまけてナチョスを作る、という変わった料理法を披露する「フードハック」動画で話題になった。彼女のFacebookページには授乳動画はあがっていないが、12月12日には明らかにやらせとわかる別の動画が投稿されている。Goochの動画とそっくりの機内が舞台で、彼女が口論する男性乗客は授乳動画に出てきたのと同じ男。
彼女自身も、授乳動画と同じ白いコートに黒のパンツ姿だ(ワトソンとGoochにコメントを求めたが、記事掲載の時点で返答はなかった)。

念のために言っておくと、Goochは授乳動画を実際にあった出来事としては売り出していないようだ。元ネタとなったFacebook投稿のキャプションには、このページの動画はすべて「娯楽目的のみ」で「仕込みドラマや風刺、パロディ」が盛りこまれ、「実在の人物や出来事との類似点があるとすれば、単なる偶然にすぎません」との但し書きが書かれている(だが今月初めに拡散した実際の猫授乳事件を考えると、この主張はいささか微妙だ)。

とはいえ、この動画が実際に機内で撮られたかのように見せようという意図で撮影されているのは明らかで、動画の女性も周囲の乗客に撮影するなとたしなめる。機内での諍いを仕組んだ動画が実際に拡散したケースは、これが初めてではない。先月には、ワクチン未接種の乗客の隣に座るのを拒んだ女性にパイロットが対峙する、という動画がTikTokで拡散した。
反ワクチン派はこれを実際にあった出来事だと思いこみ、ワクチンを接種していない乗客に対する「差別」に立ち向かえ、というメッセージを掲げて動画をシェアしたが、ローリングストーン誌が報じたように、実際にはコンテンツクリエイターのPrince Eaがプロの役者を使って制作したやらせ動画だった。動画は映画データベースIMDBにも登録され、クリエイター本人によってメイキング動画もInstagramに投稿された。

自分の意に沿う動画をとりあえずシェアする

反ワクチン動画(IMDBには『Covid Flight』という絶妙なタイトルで登録)のメッセージは明白だ。この動画をシェアした人々は、自らの信条を広めようとするがあまり、冷静に動画の出所に疑問を抱くことができなかった。「人々は自分の意に沿うものや、以前ソーシャルメディアで拡散した動画と似たようなもの、場合によっては気分を良くしてくれるようなものを目にして、ろくに考えもせずメッセージを広めています」と、クレムソン大学でソーシャルメディアの誤情報を研究するダレン・リンヴィル准教授も以前ローリングストーン誌に語った。

猫の授乳動画の場合――あからさまな政治色はかけらもなく、つぶらな瞳の猫のぬいぐるみだったというオチからもわかるとおり、むしろおふざけ――ねらいはもっとストレートかもしれない。
空の旅や、傲慢な乗客や、不安が高まるこの時代の不条理さを浮き彫りにした、おもしろ動画に過ぎないのだと。この手の動画の多くがそうであるように、拡散目的で作られたとわかってしまうと面白みが半減する。だから人々は出所や本来の意図などお構いなしに、シェアボタンを連打するのだ。

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from Rolling Stone US

1/4 Im dying. ”Is it a cat or baby!?” ”She is breastfeeding a cat.” from @alessiavaesenn on tik tok. Its worth it. pic.twitter.com/VKWmA0NwMO— Marshall Allman (@MarshallAllman) December 21, 2021

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